●ウミウシ
「今回は砂浜ですかー今度は何獲るんすかー」
「ああ、まだ言ってなかったか」
言いながら、高橋課長は図鑑を開く。
「あ、図鑑また見ることにしたんすね」
「あのあと、サンマだのマグロだのブリだの持って帰っただろ」
「はい、マグロはやばかったですね、ちっちゃいのはともかく、あんなでかいのマジで釣っちゃって、やっぱ課長はすごいっす。おかげでしばらくこっちの水族館で預かってもらって水槽特注しなおすはめになりましたよ」
「うんまあ、その嫌味は今度聞くけどな、社長のありがたいお言葉は『こんな普通の魚ばっかり持ち帰ってどうする、とにかく魚にこだわらずになんでもかんでもかき集めて来い』とのことでな」
「散々、美味い美味いって食ってから?」
「今度は食ったかどうかは知らないが。だから、こいつにした」
高橋課長は、広げた図鑑の一ページを佐藤主任に示す。
そのページは、『ウミウシ』を説明していた。
「なんすかこのキモいものは」
「知らん。でも、キモいだろ。こんな変なもの持ち帰れば、さすがの社長も」
「泡吹いてひっくり返りますね。何のプロジェクトかは知りませんが、こんなもん、もういらんわー、ってなりますね」
「……なるといいけどな」
その言葉を聞いて、佐藤主任は周囲を見回す。
「で? こいつ、どこにいるんすか」
その辺の岩場にでもいるのかな? と覗いてみたり。
「一応言ったよな、水に入れる服装で、って」
そう言って高橋課長はジャケットとズボンを脱ぎ捨てた。
筋肉質なのに真っ白でひ弱そうな肢体、腰のあたりに布切れが一枚だけ、という格好。
「ひゃー、変態!」
「変態じゃねーよ、水着だっつてんだろ」
「……こういうことじゃないんすか」
と言って佐藤主任は膝丈のゴム長靴を示す。
「馬鹿。潜るんだよ、ほら、どうせ持ってないだろうと思ってお前の分」
高橋課長は水中ゴーグルとシュノーケルを佐藤主任に投げ渡した。
「あの、僕、水着じゃないんすけど」
「もういいよ、パンツでも、何なら素っ裸でもいい。潜れ」
「訴えてやる」
「うるせえ。いいから潜れ」
しぶしぶ、ジャケット、ズボン、ネクタイ、ワイシャツの順で、佐藤主任は衣服を脱ぎ捨てた。そして手を下着にかける。
「あの、やっぱりパンツは」
「履いてろ! お前の粗末なイチモツなんぞ見たくもない」
「なんで知ってるんすか! 絶対訴えますからね!」
***
「キモい」
「キモいな」
水槽の中に、色とりどりのウミウシ。
「しかも変な紫の霧吹きやがる」
「それウミウシじゃないっすよ」
「分かってるけど、似てるからつい」
「よく見つけましたね」
ついでに入っているアメフラシ。
「それから、他にも、ほらあれ」
高橋課長が示した先には、小さな海老が数匹。
「おー、すばやそうなのによく捕まえましたね」
「大量に泳いでてな。それから、あの虫っぽいやつ」
「うわー、これまたキモい。なんていうんですか」
「知らん」
「……いいんすか」
「何でもいいってんだから、いいだろ」
「キモいのをとにかく捕まえればいいんですもんね。……気になってたんですが、あの一番底でうねうねしてる薄茶色のやつは」
「獲った」
「……最高にキモいすね」
高橋課長は満足げにうなずく。
「それだったら、僕もすごいの獲りましたよ!」
そう言って、佐藤主任はもう一つの大水槽ののぞき窓のカバーを取った。
「ほら、あれ」
彼が指差した先、水槽の底には、体長一メートル半はある、細長くてくねくねとしたものが、じっと体を横たえていた。
「どうすか、かっこいいでしょう」
「……あれ、ウツボな」
「よくご存知で。まさか網で取れると思わなくて。いやー僕の運動神経と動体視力が」
「捨てて来い」
「えっ」
「いいから捨てて来い」
「なんでですか」
「他の奴ら食っちまうだろ」
「苦労して捕まえたのに、殺生な」
「殺生するのはあのウツボだ」