●コウモリダコ
●コウモリダコ
相変わらず、社長の作った『要捕獲リスト』に振り回されている高橋課長と佐藤主任であるが、それでも、ようやくリストの半分くらいをクリアするに至った。
最後に捕まえたのはエチゼンクラゲという巨大クラゲなのだが、珍種に違いないという予想に反して、それは大量発生して漁師を悩ませていた。もっと持っていってくれと漁師に泣きつかれたほどだ。
それをコンテナで宇宙に送り出し、再びリストを検討する。
佐藤主任は、そのリストの中に、どうしても気になるものがいることに、ずいぶん前から気付いている。
けれども、たぶん、口に出したら負けだ。そう思って、耐えてきた。
だがいずれそれに当たる日が来る。
突っ込みは、いつか入れなければならない。
意を決して、貧弱な指を、リストの一部に向ける。
「……課長、これなんすけど」
その指差した先を見て、高橋課長はため息をついた。
それ以上の反応が無いのを見て、佐藤主任は再び口を開ける。
「……『地獄の吸血イカ』って。なんすかこれ」
「……なんだろうな」
「地獄の! 吸血! イカ! ……大声で言っても意味がわかんないんすけど」
「なんだお前のところでは大声で叫んでみると意味が分かるとかいう風習があるのか」
「それはどうでもいいっすよ。ってかそんな風習聞いたこともありませんよ。それよりも、地獄ですよ」
「地獄、だなあ」
「吸血!」
「血を、吸うのかなあ」
「……イカ」
「イカってやつは、面倒なやつが多いなあ」
高橋課長の低血圧っぷりに、今度は佐藤主任がため息を漏らす。
「どこにいるんすか」
「海、だろうなあ。いや、地獄かもしれんな」
「本当にいるんすか」
「社長がノリで入れただけかもしれないってところは、否定できんなあ」
「課長様。僕らがどうすべきかをご指示ください」
「……獲ってこい」
「嫌ですよ」
「あれだ、お前のやってるベルオンだかなんだか言うゲームにでもいるんだろ」
「ゲームと仕事を混同なんて、おかしいですよ」
「じゃあ、地獄にでも行ってくるか? ――ああ、ちょうど、無人惑星の超深度資源調査の調査員募集してたな。まだ惑星の地質活動が活発らしくてな、地獄には一番近そうだぞ」
「ベルオンの地獄に行ってきまーす」
***
「……いました、課長」
大型のゲームコンソールを前に、後ろで煙草を吸っている高橋課長に声をかける佐藤主任。
「なにがだ」
「地獄の吸血イカ」
高橋課長は、立ち上がって、コンソール画面を覗き込む。
画面には、どうみてもタコにしか見えない気持ち悪い生物が映っている。
「深海クエストに参加したら、レアモンスターとして遭遇しました」
シンプルな言葉で佐藤課長は状況を説明する。ゲームのことに関しては、彼は極めて有能になるのだ。
「……タコだな」
「……タコ、っすね」
「それ以外の情報は?」
「捕獲しないとステータス画面を見ることができないんす。初見のモンスターを倒さず捕獲って結構難しいんですよ。如水のメガロドンの異名をとる僕でも上手くいくかどうか」
「なんだそりゃ」
「新しい名前っす。ほら課長が絶滅がどうとか言うから」
「そうか。ちなみにメガロドンも絶滅種、な」
「え」
「いいからさっさとかかれ」
言いながら、高橋課長は手元の小型情報端末に目を落とす。
部下がこんなにがんばってるのに、頼りがいのない人だ、と思うものの、このゲームに関しては、佐藤主任自身ががんばるしかない。
このプロジェクトの成否が、画面の中の自分の分身の腕にかかっていると思うと、むしろ誇らしくもある。
「よっしいくぞー、食らえ、インフェルノ・サンダー!」
佐藤主任が叫ぶと、画面内の『メガロドン』が魔法詠唱ポーズをとり、即座にその両腕から極太の雷撃が伸びる。
と、それは、モンスターに当たる前に何かに弾かれたようにパキンと音を立てて水中に拡散した。
「良く見ろ、耐久性アイコンが1、レアだが軟弱なモンスターだ」
突然、後ろから高橋課長。
え? と思って画面内をみると、いつの間にやら、もう一人のプレイヤーがいて、そのキャラクターが張ったアンチサンダーバリアがモンスターを守っていた。頭の上に表示されたキャラクター名は『タカハシ』。
「かっ、かか、課長!?」
佐藤主任がそれなりに時間をかけて育てたキャラクターの最強オリジナル魔法『インフェルノ・サンダー』をいとも容易く弾き返すとなると、もはやゲーム中最強クラスに違いない。
そんな佐藤主任の驚愕をよそに、タカハシはすばやく水流バインド魔法を詠唱する。水中で発動した水属性魔法は周囲の水との中和作用でダメージ属性を失くす。よって、ダメージゼロで地獄の吸血イカの動きを封じることになるのだ。
「ほら、獲れ」
言われて、佐藤主任はあわててキャラクターを進め、無事に地獄の吸血イカを捕獲した。
そして、ステータスを表示すると――。
「――コウモリダコとも言う、深海にすみプランクトンを食べるおとなしい軟体生物。イカともタコとも分類されない」
補足説明を読み終えて、改めて高橋課長に目をやると、煙草をふかしながら、もう、本を読んでいる。
「そいつの捕獲は俺だったから、実物の捕獲は、任せたぞ」
その後、佐藤主任が血眼になってコウモリダコを探し、見つけ出すのに一ヶ月かかったことは余談である。




