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高橋課長の憂鬱  作者: 月立淳水
時系列がバラバラのおはなし
19/20

●サケ

●サケ


 大量のクラゲの詰まったコンテナをはるか数十光年の道のりに送り出した高橋課長は、再び次のターゲットについて悩んでいる。


 何でもいい、と言われるのは、一番困る。


 昔付き合っていた女も似たようなことを言ったものだ。料理を振舞うという女に、何でもいい、と言うと、間違いなくふくれっつらになる。さて、そんな面倒と折り合いをつけて結婚などできるものだろうか。


 横を見ると、女に、何がいい、と訊かれたら、笑顔で『ハンバーグ!』と即答しそうな佐藤主任が、コンテナを降ろしたトラックを口笛を吹きながら運転している。


 ふむ、と唸る。


「佐藤、次の魚は、何がいい」


 考えているのか考えていないのか、佐藤主任の口笛は止まらない。

 だが、少し首をかしげているのを見ると、考えてはいるのだろう。


 そして、口笛が止まり、


「サケでしょう。サーモン!」


「……なぜだ?」


「アジもサバもマグロも獲ったし、あとよく食べる魚で獲ってないのはサーモンくらいっすよ」


「ほう。ところで、今朝の食事は覚えてるか?」


「いちいち覚えてないっすよ。あ、そう言えば、今日は珍しく和定食でしたね。あのホテルもあんな朝食出すんすね。ビュッフェしかないのかと思ってました」


 それから、空中を眺め、


「だから、ご飯に味噌汁に漬物、納豆と卵焼きと、――あ」


「焼き鮭、な」


「いや」


「ま、お前らしい」


「し、失敬な! まるで僕が何も考えてないみたいに!」


 ま、こいつはこいつで結婚できなさそうだな、と高橋課長は笑みを漏らす。


「じゃ、今度の捕獲計画はお前だけで練ってみるか?」


「――え、僕がっすか」


「そうだ、今まで俺が全部仕切ってたからな」


「もしうまくいったら」


「お前はその話ばっかりだな。ま、査定ポイント足してやるよ」


「課長! お任せください! 大船に乗ったつもりで!」


 実際に大船に乗るんだろうけど、と心中でつぶやく高橋課長。


***


「……な、なんすか、何かおかしいところがあるんなら早く言ってくださいよ」


 高橋課長が時々漏らすにやけ笑いは、ついに佐藤主任に見付かったようだ。


「いや、なにもない。で? あとどのくらい行くんだ?」


「僕の調べによると、この川をもう少しさかのぼったところに、回遊したサケが上ってくるんです」


「ほう」


「外洋を泳ぎ回ってるサケを捕まえるのは大変っすけど、この狭い川に集まってきたところなら、一網打尽っすよ」


「なるほど」


 サケマス漁船の話は最後までしないでおこう、と高橋課長は決心する。


 実際に有名なサケの帰巣地として保護区域になっているこの流域は、五十年以上も前に無人化が完了し、適度な林の手入れを除いては一切人の手の入っていない状態が長く続いていた。

 よって、二人の歩く道は、河川沿いのうっそうとした林の中、と言うことになる。もちろん、時々は石と砂でできた広い川原もあり、そのような場所では軽快なステップで進むこともできるが、たいていは藪をかき分けながらの行軍だ。


 ゴミ落とすと罰金っすよ! としたり顔で語りながら進む佐藤主任に、それを言ったら保護動物密猟でとっくにお縄なんだろうけどな、と心の中で突っ込みながら続く高橋課長。


 やがて、ほぼ滝のような急流とそのすぐ下に広がる見通しのいい川原に出る。


「いいっすね、ここ。たぶん、遡上するとき、ここは難所っすよ。だから、この川原の目の前の淵にサケが一旦留まります。そこを一網打尽」


 佐藤主任は大きな網を振り回しながらにこにことしている。


 高橋課長は別の意味で笑いが漏れてくるのを隠そうともせずうなずく。


「じゃ、ここをキャンプ地にしようか。ただな、ここは山奥だろう? ふもととの連絡や補給のために、ベースキャンプが必要だ。俺が戻ってベースキャンプを作るよ。ここはお前に任せる」


「え、いやいや、ちょいと獲って帰るつもり……」


「いや、まだ上ってきてねえだろ、どう見ても。しばらく待つんじゃないのか?」


「……確かにそうっすね。あ、でも、そんなこともあろうかと」


 佐藤主任は大きなリュックを降ろして、袋を一つ取り出す。何かを押すと、パチン、と音がして、見る見るうちにそれは立派なテントになる。


「これと、高カロリー食、十日分。水は目の前にたっぷり。ふふん、準備がいいでしょう」


「さすがだな。よし、これでちゃんと取れたら、ボーナスは考えてやろう」


「っすよね。あ、じゃあ、課長は、ベースキャンプっすか?」


 そうすれば、最悪でも『俺も獲ったんだからおあいこでボーナスはこんだけな』という課長のずるは防げるかも、と下心を出しながら佐藤主任が言うと、


「もちろん。車で入れる一番上のところでサポートしよう。なに、いざとなったら荷運びリモコンヘリで助けに来てやる」


「え? いざ、ってなんすか」


「いざ、は、いざ、だ。山の中だからな、何があるか分からん」


「そうっすね、じゃ、よろしくお願いしまっす」


 言いながら、佐藤主任は持ってきたサバイバルグッズを口笛を吹きながら並べ始める。


 高橋課長は、にんまりと笑ってうなずき、背を向ける。


「あ、そうそう、ここ、いいサケのハンティングポイントみたいだからな、熊、出るぞ、気をつけろ」


「は? 熊?」


「熊」


「ちょ、ちょっと待っ――」


 佐藤主任はあわててテントをたたもうとするがあせって団子状になるばかり。


「がんばれよー」


 そして高橋課長は、足早に、鈴を鳴らしながら立ち去る。


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