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高橋課長の憂鬱  作者: 月立淳水
時系列がバラバラのおはなし
18/20

●ホタルイカ

●ホタルイカ


 高橋課長が次に挙げた課題は。


「ホタルイカ……っすか」


 それは、社長が作ったリストの一画に消えないレコードとしてひっそりと残り続けていた珍魚。


「どんな魚なんすか」


「簡単に言うと、光るイカ、だな」


「はあ、そのまんまっすね」


 無駄なやり取りをしながら、慣れた手順で出発の準備を手早く整える。


「どんなところにいるんすか」


「どうやら、深海にいるらしい。深さ五百メートル程度というから、ダイオウイカみたいなもんだな」


「また深海っすか。イカってのはたいていろくでもないっすね」


「誰かみたいだな」


 高橋課長の嫌味を無視して、


「だったら、例の潜水艇っすね」


「……いいんだが、二~三センチメートルだぞ、潜水艇で追えるか?」


「……無理っすね。もうアレですよ、底引き網とかに偶然かかるのを待ちましょうよ」


「それがそうもいかなくてなあ」


 早く光るイカが見たい、と無茶をおっしゃる社長の顔を思い出す。


「とりあえずいくぞ」


 強引に告げ、高橋課長は春先の海へ向けて採取船を繰り出した。


 そして到着した沖合い。少し波が高い以外には変わったことの無い海原。


 図鑑によれば、この真下、深海五百メートルに、件のホタルイカが生息しているという。五百メートルといえば、数千メートルの深海に比べればずいぶん浅いが、それでも五百メートル。普通の手段で手が届くような相手ではない。


 そこで彼らが考えた作戦一号は、適当に網を投じること。


 うまくいけばかかるかもしれない、と、二十回にわたって投じられた網には、山のように魚と普通のイカがかかっていたがホタルイカはかからなかった。


 作戦二号。一本釣り。


 ホタルイカが何を食べているのかは分からないが、適当な練り餌を針につけて、五百メートルのテグスを伸ばす。要するに、ホタルイカしか生息しなさそうな深度で狙い撃ちにするわけだ。


 もちろん、失敗。


 作戦三号。


「いやいや、作戦三号でもうこれっすか? 絶対嫌がらせでしょ!」


「馬鹿を言うな、嫌がらせで貴重な装備を使わせたりせんよ」


「だからって!」


 佐藤主任に、特殊な潜水服が着せられていた。


 モーター駆動である程度の機動ができ、百気圧まで耐えるという、虎の子の装備。高橋課長の発注で作りはしたが使う機会が無くもてあましていた一品。


 さらに、モーター用電源から引き出した電線には、青白い光が点滅するLEDが数珠繋ぎになって、胴体部分をぐるぐると取り巻いている。


「光るのは、たぶん繁殖のための誘引だろうから、それで誘惑して来い」


「いやいや、たぶん程度の根拠っすか?」


「そうじゃなくても、なんとなく似たようなやつのところには寄ってくるだろ」


「似ても似つかない」


「どちらかと言うと中身が」


「言葉の暴力だ」


 高橋課長は佐藤主任の苦情を無視して、潜水服を吊り下げるワイヤーの引き上げを命じた。すぐに、佐藤主任の体が宙に浮く。ワイヤーを吊り下げたクレーンが横に回転し、佐藤主任の体を海上に浮遊させる。


「いや、やっぱり他の手段があるんじゃないっすか」


「まあ、せっかく備品を使えるんだ、ためし……万全の性能を堪能して来い」


「ためしって言いましたね、絶対言いました!」


 そして上がる水しぶき。


***


 佐藤主任は、その建物の入り口脇に出ている看板を見てへたり込んだ。

 一方の高橋課長は、あーこういうのがあるのかー、とつぶやきながらうなずいている。


 その看板に書かれている文字は。


 『ホタルイカ漁見学ツアー 幻想的なホタルイカの光の乱舞を見てみよう!』


 その建物は、小さな漁業会社。

 観光業者も兼ねたその会社は、毎年、ホタルイカが産卵のために近海に集まる頃に、漁と観光を兼ねた観光漁船を出すのだった。


「……おい、何遊んでる、行くぞ」


「……いや、課長、これなんなんすか。観光ツアーでホタルイカ獲れるんすか。じゃあ僕があの極寒の海に身を投じたのはなんだったんすか」


 泣き出しそうな顔で座り込んだままの佐藤主任。


「あ、寒かったか? 保温には気を使ったつもりだったが、まだ甘かったか。改良の余地ありだな」


「いやいや、僕の無駄骨は?」


「――なあ、佐藤」


 高橋課長は佐藤主任の正面にしゃがみこむ。


「人生に、無駄なことって無いと思わないか」


「なんか良いこと言ってる風にごまかそうとしてる」


「いいか、体内で一番小さな耳小骨でさえ、それが無くなれば音が聞こえないんだ。音が無い世界を想像してみろ。お互いに言葉を交わすこともできず、人は一人きりになって人生を無為に過ごすんだ。一番小さな骨でさえとても大切なんだ。無駄な骨なんて無いんだよ」


「えっ、無駄骨っていう慣用句まで強引に突破しようとしてるし」


「お前がああやって海に潜ったことも、きっと何かの役に立つ。それは俺が保証する」


「ほ、ほんとっすかあ?」


「ああ、少なくとも、あの潜水服の問題点は分かった。いいか、お前のおかげであの潜水服の問題を二つも見つけることができたんだぞ」


「えっ、もしかして、あれも、潜水艇と同じように商品化を?」


「ああ、もちろん、そのつもりで作ったんだ。前回はさすがに俺も不義理なことをしたと反省したんだ。今回は、きちんとお前も連名で、商品企画を提出しようと思っていたんだ」


 それを聞いて、さすがの佐藤主任も不平を言いすぎたか、と反省する。


「そ、そうだったんすね、じゃあ、僕が潜ったことは全く無駄じゃなくて」


 無駄どころか、もしかすると他事業部からの商品化特別ボーナスさえ。


「ああ」


「あ、でも問題点が二つなんすよね、一つはちょっと寒すぎってことで」


「そうだな」


「もう一つは?」


「――ワイヤーで深海に吊り下げられただけの人間は何の役にも立たないってことだ」


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