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高橋課長の憂鬱  作者: 月立淳水
時系列がバラバラのおはなし
17/20

●マグロ

●マグロ


「ご期待ください」


「どうした急に」


「いえ、なんだか言いたくなりました」


「どういう意味だ?」


「僕にもさっぱり。でもこれ、案外長い間ネタとして定着してますよね」


「?」


 二人は、養殖業の商材としても大変な人気を持つマグロを次のターゲットと決めた。


 そもそも目的が分からないのだから何を集めていいのか分からない。


 とにかくなんでもいいというのなら、扱いに慣れているマグロがいい。


 ただそれだけの消極的な選択の結果だった。


「でも、養殖マグロを海に放てばいいんじゃないんすか、ねえ」


「まあ普通に考えたらそうだろうな」


 普通に考えればその通りだが、その時、社長が考えていたことを二人はまだ知らない。

 つまり、地球の生態系をできるだけ再現する。

 そのためには、マグロに着いている寄生虫や細菌叢までをもオウミの海にインストールしなければならない。無菌状態で養殖場を泳ぐマグロにはその役割は果たせないのだ。


 その話はいずれ知ることになるが、ともかく、彼らにとっては、現時点では理不尽と言うしかない任務が押し付けられているのである。


「養殖している魚は不要か、と訊いたらな、いや、不要な魚など一種類も無い、と断言してくださったわけだよ、社長様が」


「遠まわしに、養殖魚もしっかり確保して来いって言うわけっすね。うん、頭がおかしい」


「まあ、歳が歳だし、なあ」


 高橋課長の言葉に、佐藤主任も結構失礼な想像を膨らませている。


「大丈夫っすか、将来代替わりして前社長のボ……アレな道楽に散々手を貸してたー、なんつって僕らがいずれ痛い目を見ることに」


「……なるかもしれんが、現社長はあのお方だからな。早いか遅いかの違いだ」


「僕らが助かる道は」


「断じて無い」


「……両親に電話してきます」


***


「さて、これで三日目」


「釣れませんねえ」


「まあ釣れるまで船を出すだけなんだがな」


「毎朝四時にっすか。さすがにきついっすよ」


「そう思うならさっさと寝ろ。お前、昨夜も遅くまで起きてただろう」


「しょうがないじゃないっすか、ギルドメンバーの集合時間があって……」


「……ゲームか」


「いや、ゲームといえばゲームっすけど、もはやこれは一つの社会なんすよ。もう、何百年もそうやってゲームはひとつのコミュニティ、あるいは、第二の世界として、人間のコミュニケーションの幅を……」


「オンラインサービスが閉鎖したら途切れるようなコミュニティが、か?」


「いやいや、ちゃんと個人IDの連携とかもできるようになってるっすし」


「ご苦労なこった」


「いや、これでも僕、ギルドではちょっとしたエースなんすよ? もう、閃雷のエミューと言えばベルオンの世界じゃちょっとした有名人で……」


「エミューと言ったか」


「ええ、いいでしょ、中性的でどっちの性別にも思われる感じで」


「何百年も前に絶滅した鳥だ」


「は」


「お前も絶滅街道まっしぐらってことか、確かにオンラインにしか友達がいなくちゃ子孫も残りそうにないな」


「しっ、失礼な、オフラインにも友達くらい、い、いるっすよ!」


 しどろもどろで言い返す佐藤主任の態度は、確かに、彼の子孫の断絶説をよく裏付けている。


「それよりも課長、いいもの作ってきました」


「なんだ、ヴァルキリー・ランス+3Pとかだったら怒るぞ」


「いやそんな+3Pなんていう超プレミアムな武器じゃなくて……あれ? 課長がベルオンの武器のこと……」


「いいからなんだ」


 釈然としないながらも、佐藤主任は、甲板にかねてより置いてあった謎の荷物の覆いに手をかける。


「これさえあればマグロ問題も解決!」


 そして、彼が覆いを芝居がかった動作で切り落とすと、そこには。


「……マグロ」


「はい、マグロ」


「……の、模型」


「精巧なモデルと呼んでください」


「……で?」


「課長、横に立って。そうそう、で、右手を模型にかけて」


 高橋課長は言われた通りに、その模型に寄り添って立ち、右手を背びれの少し後ろに置いた。


 すかさずカメラを抱える佐藤主任。


「はい、いきますよー」


「待て」


「な、なんすか」


「何のつもりだ?」


「何って……マグロなんてオウミにもいるんすから、後は、地球で獲ったっていう自己満足の世界じゃないすか。だから、記念写真を一枚」


「却下だ」


 高橋課長は、かなり重いはずの巨大な模型を、その尻尾の付け根を掴んで持ち上げ、海に放り込んだ。


「ぎゃー! 貴重なモデルが!」


「こんなもの作ってる暇があるなら、釣りの仕掛けの工夫でもしてろ」


「そんなの、糸と針と餌と、それだけじゃないっすか! もういやっすよ」


「んなわけねーだろ。糸も針も餌も、ついでに言えば深さだの引く速さだの、いろんな要素がある。この三日、俺はずっと昔の文献を見ながらパターンを試してきた。お前はその間、あんな下らん模型作ってたのか?」


「だって、マグロなんてプロでもそう釣れるもんじゃないっつってたじゃないっすか、あの漁師! もうあきらめましょうよ」


「あきらめなきゃいつかは釣れるんだよ」


 高橋課長がそう言ったとき、彼の仕掛けを吊り下げていた大竿が強烈にしなり、ぶるぶると震えだす。


「……ま、あんな感じに、な」


「やっ、すごっ、ほんとにっ! マジですか! やったー!」


「お前はやってないけどな。ついでに、下らん模型を経費で作った分は、ボーナス査定マイナスに加えて制作費分は天引きで」


「……え、ええー!! 無理っすよ! あれ五千クレジットもかかってるんすよ! 僕の給料何か月分か……」


「五せ……ふぅ。とにかく全額自腹な」


「ぎゃー!」

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