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高橋課長の憂鬱  作者: 月立淳水
時系列がバラバラのおはなし
14/20

●ペンギン

●ペンギン


「さささ、寒いー」


「うん、寒いな」


「なんでこんなに寒いんすか」


「極圏だからなあ」


「大げさに言ってるだけだと思ってた……」


 高橋課長と佐藤主任は、地球の南極地方にいた。

 正確には、南極大陸から大きく突き出している南極半島の一画。

 彼らの次のターゲットは、ペンギンだった。


「課長は寒くないんすか」


「寒いさ」


「その割には涼しい顔ですね」


「涼しくない、寒い」


「比喩表現っすよ」


 そう言って、佐藤主任は襟をぐいっと引き上げて大きく身震いする。


「こんな寒いところに動物がいるわけないし。なんか間違ってませんかその図鑑」


「こんなレベルの間違いはさすがにないだろ」


「それにしても寒すぎっすよ」


「以前に行ったどこかの開拓惑星はもっと寒かったがな」


「それとこれとは話が別です! 母なる地球! 発祥の星! 命はぐくむ宇宙のこずえ! 僕らはあまりの寒さでこごえ! 辺りは見渡す限りの極寒! こんなところに鳥なんて冗談! そんな不毛な業務に驚嘆! だけど課長はなんだか鈍感! ペンギンさんはどこですか! ヘイ・ヨー!」


「……」


「ヨー!」


「……」


「ヨー……」


「……」


「ヨ……ヨー」


「……何の真似だそれは」


「……ラップっすけど。最近はまってて」


「そうか、なかなか上手いじゃないか――」


「ほんとっすか! よーし、会社クビになったらこれで……」


「――ラップってのを俺はよく知らんがな」


***


 半島をたっぷり半分ほど縦断したところで、高橋課長と佐藤主任はようやくペンギンの群れを発見した。

 ペンギンと言われて誰もが最初かその次に思い浮かべる、コウテイペンギンだ。

 丸々と太った体を左右に揺らしながらぺたぺたと歩いている。


 白夜のため暗さが時間に追いついていないが、すでに標準時の二十一時を回っているようだ。

 それでも佐藤主任のあくび時計は正確で、ちょうど二十一時を回ったところで大あくびをしている。

 もちろん凍てついた南極の空気はそのあくびを見逃さず、彼の喉に大ダメージを与え、彼は二分ほど激しく咳き込むことになる。


「遊んでないで捕まえて来い」


「げほっ……ぼ、僕がっすか?」


「お前以外に誰がいる」


「このプロジェクトのためにもう二百人からのスタッフが――」


 確かに、二人の後ろには、長い長いスタッフの行列。

 海上には彼らをサポートする母船と強力な採取機能を山盛りにした採取船。

 彼らの隠密行動を保障するために、さらに遠巻きから部外者の接近をチェックする大部隊まで。

 そこまでの大軍団をもってして、捕まえるのは、そこかしこをぺたぺたと歩き回るペンギンだ。


「採取はあくまで俺らの仕事。彼らはサポート。そういうことだ」


「それって、なんか意味があるんすか」


「密漁で挙げられる人数は最小限にしたいんだろ。当初からこの密漁にかかわってるのは俺とお前だけだ。最後の行動の責任は二人で持つことにすれば、あとのスタッフには一切責任が無い」


「……僕らって、要は生贄なんすね」


「ま、そうとも言うかな」


 高橋課長は、言いながら口元に手をやり、ペンギンの群れを眺める。


「だが、もしオウミに、あるいは宇宙中に野生のペンギンが根付けば、賞賛されるのも俺らだ」


「そうっすかねえ。これだけ秘密の行動をとってて。僕らの仕業だって後世に伝わりますかね」


「歴史上にはな、誰にも知られちゃならないはずのスパイの名前が歴史転換の立役者として伝えられた例さえあるんだ」


「スパイが。へえ」


「だから心配するな。お前のやってることはいつか評価される」


「そう思うと悪くないっすね」


 佐藤主任の瞳は突然輝きをたたえ、同じようにペンギンの群れを見つめ始める。


 そして、彼は、よし、とつぶやいて、後ろのスタッフにいくつかの道具を出すよう命じ、ペンギン捕獲の準備を整えると、では言ってきます、としっかりした足取りで踏み出した。


 それを頼もしそうに眺める高橋課長。


 小さくつぶやく。


「ま、名前の残ったスパイはたいてい上役で、実際に動いた小物の名前なんて残らないんだけどな」



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