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高橋課長の憂鬱  作者: 月立淳水
はじまりからおわりまで
12/20

●クジラ

 いよいよ、『海洋生物移民プロジェクト(仮称)』における最大の山場を迎えようとしている。

 佐藤主任をはじめとするプロジェクトメンバーを前に、高橋課長は、コホンと小さく咳ばらいをした。


「さて、みなさん。このたび、地球より輸送することが決まった『商材』について説明する。まず、その長さだが」


 もったいぶって一呼吸を入れる。


「最長で三十数メートルだ」


 途端にどよめきが起こる。


「そしてご存じのとおり、分解して運ぶことはできない。それどころか、生命維持のためにさらに多くの付帯装置が必要である」


 無理だろう、と小さなつぶやきさえ聞こえてくる。


「さて、地上から、星間カノン基地まで物資輸送するためのシャトルは、三十メートル、貨物スペースは最長でも二十メートル程度しかない」


 地上から軌道上までの輸送には、『地上カノン』によるシャトル投擲が使われる。地上カノンは地震動などの影響があるためあまり巨大化できない。シャトルサイズ三十メートルは、そういった制限とコスト効率の妥協点なのだ。


「件の『商材』の調達は私が責任を持つが、ともかく、これを星間船に無事に乗せる方法について、検討をお願いしたい。必要であれば十分な予算が用意される。質問は? なければ解散」


 数名のプロジェクトメンバーはお互いに何かをつぶやきながら、その小さな会議室を出て行った。

 残ったのは唯ひとり、佐藤主任だ。


「……課長、やっぱり無理っすよ。三十メートルにもなるシロナガスクジラ。シャトルに乗らないですもん」


「それを考えなきゃならないのがサラリーマンってもんだ」


「でも、地上カノンはシャトルサイズに合わせてあるわけじゃないっすか。シャトルを大きくしたら今度は地上カノンに収まらないっすよ」


「ま、そうだよな」


「まさか、地球に専用の地上カノン基地を新設するとかって話にならないですよね。用地確保から建設まで……少なくとも二十年と、数兆クレジットかかりますよ。会社が傾くっす」


「ま、それしか無いとなれば、そんな方法になるんだろうな」


「それ以前に社長にあきらめてほしいっすけど」


「ま、一応説明には行ったんだよ」


「あ、そうだったんすか。で?」


 高橋課長はため息をつく。


「サイズの話をしたらな、『お前らは無理な理由は喜んで説明する癖にやれるという話を最初に持ってくることがまったくないな』と怒鳴られたよ」


「だって無理なのに」


「無理を通せってことだ」


「社長だからってなんでも通ると思ってるんすかね」


「そういう性格で会社をここまで大きくした人だからな」


「自分でやってみろっての」


 佐藤主任はぷんぷんと頬を膨らませて見せる。


「お前にゃ期待してないから、気楽にやれ。どうせ責任取るのは俺だ」


「課長……」


「責任取るのが俺だけとは限らんからお前もどっかの事業部に拾ってもらえる準備はしとけよ」


「え」


***


「結局お前の案になったなあ」


「僕もこれ、思いついたときは、自分に驚いたっす」


「妙案だな」


「ボーナス査定よろしく」


「考えとくよ。プラマイゼロくらいになればいいな」


 何やら小さな表を手元の端末に表示しながら、高橋課長。


「プラスマイナス? な、何のことっすか? ちょ、ちょっと、その表見せてくださいっすよ」


「何だよ、お前も自分の失態一覧見て反省する気になったか?」


「なんすかそれ。僕何も失態なんてしてないっすよ……星間船航行中勤務時間内にもかかわらず居眠り、四百二十回、勤務時間内に船上で暇つぶしにゲームをしていた、百七十五回、……え? これ全部?」


「いやあ、いつこのマイナスポイントを使う日が来るかと思ったが、とりあえず、今回ので帳消しで良いだろ」


「ひどい、こんなのずるいっすよ」


「馬鹿言え、今まで見逃してやってたんだ。今回の手柄で無しにしてやるってんだから、利子とお釣りがあってもいいくらいだ」


「納得いかないっす……」


 そんな話をしている彼らの前に、ついに姿を現した巨大な物体。

 一頭目、全長二十七メートル。

 大きさとしては中型のシロナガスクジラ。


 全身を優しく包み込むような布状の特殊素材にくるまれて、大きなクレーンでゆっくりと運び込まれてくる。

 すぐに、脇から、別の真っ白な袋状のものが出てきて、十人がかりで尾の方からかぶせはじめる。

 小型クレーンもせわしなく動き回り、その作業をサポートする。


 中ほどまで白い袋が被ったところで、頭の方からも、似たようなものがかぶせられる。

 袋の節々にはリング状の骨組みが入っていて、少し自由度を確保しながらもしっかりと袋の形を支えるようになっている。

 頭から被せたものが中ほどまでたどり着き、尾の方から被せた袋とかっちりと繋ぎ合わされた。


「クジラ用の宇宙服か。考えたもんだ」


「へへん」


 つぶやいた高橋課長に対して佐藤主任は反り返って威張る。

 しっかりと気密が確認された宇宙服ぐるみの大クジラは、二人の前から再びクレーンで運ばれていった。

 そして、二頭目、全長三十一メートルのシロナガスクジラが現れる。


「さて、俺らは先に、曳航船の方に向かうか」


「りょーかいっす」


 二人は歩きだし、エレベーターを使って地上カノンの最下層に向かう。

 おそらく別のシャトル用エレベーターで、さっきのクジラがゆっくりと下に向かっているはずだ。

 最下層に先に着いた二人は、小型シャトルに乗り込んで、いつもの手順で宇宙に向かって飛び出した。


 斜めに空を仰ぐカノンから撃ち出されたシャトルは宇宙空間で大きな貨物船にすぐに追いつき、ドッキングして、高橋課長と佐藤主任を吐き出す。

 その貨物船は、クジラの曳航のために特別に改造された貨物船で、ロケットを倍増し推進剤を腹にたっぷりとおさめている。

 二人がその貨物船の操舵室にたどり着いたとき、ちょうど地上からの通信が入っていた。


 いよいよ、一頭目を打ち上げる、という連絡だ。

 高橋課長は、頼んだ、と短く応答し、その時を待つ。

 じっと見つめる真っ黒なモニター。


 待つこと数分、モニターの中で変化が起きた。

 突然現れた白い点。

 それは、拡大してみれば、宇宙服を着た巨大なクジラなのだった。


 突然の無重力に驚いてくねくねと動いているが、それはまるで、クジラが宇宙の虚空を泳いでいるようだ。


 アイデアは単純だった。

 クジラをなんとか貨物シャトルに収めようとするのではなく、クジラに宇宙服を着せてそのまま地上カノンで打ち上げてしまえ、というものだ。

 最大で三十メートル強なら、シャトルサイズだ。


 クジラはつまり、宇宙船そのものとなって、カノンの砲身で撃ちだされることになる。


 曳航船は倍増した推進力ですぐに駆けつけ、クジラの宇宙服にテザーをかけて曳航の準備を整える。


 その間にも次々とカノンによる投擲で虚空を泳ぎ始めるクジラたち。

 正確に同じトランスファー軌道に撃ち出された彼らは、何を考えているだろうか。

 その姿は、海の中を泳いでいるのと同じように、雄大な群れを成している。


 何光年もの海を泳ぐ、歴史上初めてのクジラたちだった。


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