5.愛人ですか…
ーーーーセイド様の急な訪問から3日3晩たった4日目の朝、わたくしはどうにも解決しない問題を前に頭を抱えていた。
「どうすればいいのかしら? このままいけばわたくし、即結婚よ!」
「そうですね」
「ミラったら、他人事ね!」
ミラが淹れてくれたカモミールティーをちびちび飲みながら、わたくしは行儀悪くもテーブルに突っ伏す。
もう、これは詰んだわぁ……
鞭で打ちすえてくれと言われたほうがまだマシなくらいだ。
「そんなことはありませんわ! ところでお嬢様、お嬢様がセイド様とご結婚なさるとの噂が社交界に早くも広まったようでして…………ご愁傷さまです。愛人申請がきております」
「…………愛人になれ? それとも、愛人にしてくれ?」
「勿論、愛人にしてくれとのことです。勝手ながら、中身を拝見させてもらったのですが…………中身、聞きますか?」
「…………」
「ええと、まずはお嬢様の元婚約者様ですが……『あぁ、ミルドレッド! 君が結婚すると聞いた時には耳を疑ったよ! そして今は毎晩涙で枕を濡らしている。(以下中略) ところで、君にお願いがあるのだが、もしよければ愛人にしてくれ!! もう、奴隷でも家畜でもいい!! 背中にあたる固いヒールの感触や、冷たい床が今でも忘れられない…………』とかなんとかを、比喩をつかったり修飾したりして綴ったお手紙がきています。便箋10数枚にわたる、長編ですが、どういたしましょう」
……泣きたい。
というか、どこまで拗らせたのかしらあの方はーーーー
絶望したように虚ろな目で遠くを見つめるわたくしをしりめに
に、ミラはなおも続ける。
「こちらもありました。これはお嬢様が夜会に出席した際に、鞭片手にお嬢様に迫った方ですね。ええと、要約すれば……『冷たい地面と、下から見上げた貴女の蔑むような表情がたまりませんでした。鞭もイイけれども、ヒールもイイ! 僕は貴女の虜です、愛人でもなんでもいいので、側に……』とかなんとかを丁寧に綴った長編のお手紙ですね」
よく見れば、ミラの手には分厚い紙の束が握られていた。まだまだあるということか……
「いっそのこと、抹消してしまおうかしら? というか、なんなのかしらこの粘り強さというかしつこさは。まるで雑草ね……」
「雑草ですからね……」
結婚よりもまず、こちらの整理をしなければならない気がしてきたわ……想像以上ね、妙な性癖の方々は。
面倒なことこの上ない。
「瀕死まで一回追いやったほうがよくないかしら?」
「むしろご褒美になるかと……」
「あぁ……そうね。そういうモノだものね」
溜め息をついて、ミラから一つ一つが妙に分厚く膨れ上がっている封筒を受けとると、迷わず屑籠に放り込んだ。
愛人なんて、囲う趣味はわたくしにはなくてよ。
それに、わたくしはまだ縁談の解消を諦めていないの。
「もう、これ以上わたくし宛の愛人申請はないのよね? ……あってもわたくしに渡す前に棄ててしまっていいわ」
「わかりました。すべて廃棄しておきます」
「おねがい」
すっかり覚めてしまったカモミールティーを一口飲み、わたくしは溜め息をついたのだった。