第五話 『その人はツンデレと修羅場を連れてきた』
エリシアさんがもう一度訪問して来た。
だが遅かったな。
あの時の俺とは違うぜ。
言葉もまともに喋れるし、物に摑まってなら立つことも出来る。
ははっ。
これで思い通りにならないぜ。
この家の苗字も知った。
レイディアン。
そう、俺の名前はゼオ・レイディアンだ。
なかなかカッコいいじゃないか。
それにしても、体の成長が遅い。
三歳……十八ヶ月で物に摑まってなら立てるって……。
何にせよ、エリシアさんのべたべたに逃れられるんだ。
と、思ったら。
エリシアさんは違うことをしてきた。
俺の最も嫌な、最も苦手なことだ。
娘……エリシアさんが娘を連れて来たのだ。
しかも俺と同い年ときた。
いや、父さんや母さんに見せに来たなら良いんだ。
が、違う。
俺と一緒に遊べ、とか。
「……」
「……」
無理無理。
俺のコミュニケーション能力の低さを分かってないな。
伊達に学校行ってなかったわけじゃないぞ。
それも、精神年齢で表したら、この娘はただの赤ん坊だ。
ロリコンでも喜ばないぜ。
ま、親としては同い年で仲良くして欲しいんだと思ってると思うんだが。
「……」
しかし、何を話せば良いのか分からない。
ええっと……名前は、たしかミニア。
ミニア・エドワールだった気がする。
それにしても、ミニアを見てると触りたくなる。
あの茶髪の中にある猫耳を。
やっぱり子供にもあるんだな。
よく見れば、容姿も可愛い。
さすがエリシアさんの娘だ。
もう少ししっかり見たいな。
あの可愛い猫耳。
が、近づいたら。
「ちかづかないでっ!」
「えっ!?」
俺は数秒止まった。
え?拒絶された?
何歳も年下の赤ん坊に?
ははっ。
そんな馬鹿な。
怒りとかそんなものはない。
ショックだ。
下手したら泣くぞ。
って、普通の子だったら泣くんじゃないのか。
泣いて良いのか?
いやいや、こんなことで泣いたら男じゃないな。
が、俺はもう話したくなくなった。
もう無理だ。
近づいただけでこれだ。
話しかけたらどうなるか。
本当は心の中で俺のことを相当、考えてる以上に嫌っているんじゃないのか?
本当はここにいることも嫌なんじゃないのか。
いかにも不機嫌そうな顔をしている。
「ゼオく~ん?どう~?……って、ゼオ君!?」
そこにエリシアさんが来た。
来た途端俺の所に駆け寄って、頭を撫でてきた。
何故かそれが心地よく感じる。
俺は馴れ馴れしいタイプのほうが話しやすくて好きだな。
「ミニア?どうしたの?」
その後に不機嫌そうなミニアの元へ駆け寄る。
あぁ、少し残念だ。
「おかあさん。ひどい!うそつき!」
ミニアはエリシアさんも拒絶していた。
何だ何だ。
母親には優しくしろよ。
「何嘘付いた?お母さん」
「だって、このひとかわいくない」
むむ?
え?俺のこと?
この俺が可愛くないだと?
じゃなくて、俺が可愛いと言ったのか、エリシアさん。
俺は男だぞ。
いや、赤ちゃんは可愛い、の感覚か。
赤ん坊のミニアには分からないと思うがな。
ってか、俺が可愛くないから不満なのか?
なんなんだ?
何様だ?
俺は少しばかりイライラしてるぞ。
「『この人』じゃなくて、ゼオ君だよ」
「なんでもいいよ。べつに。かわいくないのには、きょうみないっ!」
無理だ。
俺、ここにいると死にそう。
父さんと母さんは何処だ?
そこ行こう。
「ゼオ君、何処行くの?」
「父さんと母さんの所に……」
「あらっ。上手に喋るわね~。……じゃ、なくて、お父さん達ならいないわよ」
「え?」
もしかして俺を置いて。
「お仕事よ。それもとても大事な」
なんだ。
ってあれ?
ニートじゃなかったんだ。
まぁ、そうだよな。
後で仕事について詳しく聞きたいな。
今までは、仕事をやってない可能性があって聞けなかったからな。
と、それもあるが。
父さん達がいない!?
それは非常に不味い。
この地獄にいるなんて俺は耐えられないぞ。
しかし逃げるのも駄目だな。
よし、決めた。
これで克服しよう。
コミュニケーション能力を上げるんだ。
そうだ。そうしよう。
プラス思考でいけば全て大丈夫だ。
ミニアはツンデレなんだ。きっと。
いや、きっとじゃない。
ミニアはツンデレ。
言ってる事の全て逆を考えてるんだ。
よし、大丈夫だ。
「ゼオ君、何して遊びたーい?」
「え?」
さて、どうしようか。
そもそも、ここで満足に遊べるのだろうか。
選択肢を出せば楽に応えることが出来るんだが。
「み、ミニアは何がしたい?」
よし、頑張った。
俺、よくやったぞ。
「……別に」
え?
ゼオ君が選んだので遊びたい、だって?
口では違うことを言っても、俺には分かるぞ。
国語の小説の問題は大の得意だったんだ。
それくらいお見通しさ。
「ゼオ君、これはどう?」
エリシアさんが何かを見せてきた。
本。絵本だ。
それも新しい。
「わああぁぁ」
俺は思わず子供みたいな声を上げてしまった。
仕方ないじゃないか。
あの本以外の本を、ずっと読みたいと願っていたんだから。
ついに来たんだ。この時が。
「エリシアーー!!」
そこで怒鳴り声が聞こえた。
最初、誰だか分からなかった。
父さんだ。こんな声は聞いたことがないが。
玄関のドアを力強く開ける音が聞こえ、そして足音が聞こえた。
顔を見なくても分かる。
怒ってる。
エリシアさんはというと……自覚はあるようだった。
「エリシア!!どうゆうつもりだ!!」
父さんは怒鳴りながら部屋に入って来た。
おいおい、落ち着けよ。
ミニアが怯えてるぞ。
いや、その怯えた姿もまた……じゃなかった。
「あ、あら。……早いのね」
エリシアさん。
笑顔、引きつっていますよ。
「あぁ早いさ。なんせ討伐目的の巨大な魔物は、知り合いがよく召喚していた魔物の動きに似ていたからな」
父さん。
その笑顔、怖いですよ。
「そ、それは良かったですね」
「ちなみにその知り合いというのはなあ、この近くにいる奴のことを言っているんだがな」
「そ、そうなんですか?」
エリシアさん。
そろそろ謝ったほうが良いと思いますよ。
状況をあまり把握してない俺でも誰が悪いことをしたのかは分かるぞ。
父さんがここまで怒るなんて、何をしたんですか、エリシアさん。
「ふざけるなーー!!エリシア!!俺は」
「あなたっ!!」
そこで母さんが来た。
母さんは怒り狂った父さんの腕を掴む。
座りながら引きつった笑顔のままのエリシアさん。
そのエリシアさんに怒っている父さん。
その父さんを必死に抑えている母さん。
まるで……いやまるでじゃない。
これは……修羅場だ。