或傍観者の噺
「或罫線読みの話」に出てきた少年の噺。
まさか彼が語りだすとは、作者も思っていなかった(笑)。
脇役ではなく傍観者。けれども、数多の主人公たちとつながっている。
そんな彼の語りです。
田舎で半年間の療養を終え、すっかり頑強な身体になった友人は、精も根も尽き果てるような経験をしたらしい。
幾つかの愚痴と共に、友人は云った。
「全てが無事に終わった時には、何よりも先ず、もう二度とやるものかと思ったよ」
其の台詞に、俺はああ、と嘆息と共に呟いてしまった。
「お前、其れは旗を立てたぞ、見事なまでに」
すると、友人は不思議そうな表情になった。
「何の旗だ?」
俺は失敗したな、と苦笑して見せる。
「気にするな。つい言葉が出てしまう、何時もの悪い癖だ」
俺の言葉に、友人は何かしら感じたのかも知れないが、一応の納得をしてくれた様だ。
再び、療養中での出来事に戻る。
友人の話を聴きながら、成程、此度の主人公は彼かと、俺は一人頷いていた。
扨、一人語りでもしてみようか。
大して面白い話でも無いのだが、取り敢えず語ってみよう。
物心付いた頃、俺の中には既に異なる二つの記憶が在った。
所謂転生者、であったらしい。
日本と呼ばれる国で生まれ、育ち、高等学校の最高学年のとある休日に、大型の貨物自動車―――ああ、確かトラックと云ったな―――に因って轢き殺された様だ。
そうして、前世を忘れ得ぬ儘、新たな生を受けることになってしまった。
とは云ったものの、現状何ら困ることは無い。
唯異なる記憶を有していて、時偶差異の大きさに戸惑うことがあるだけだ。
言葉も始めはそうであったが、成長した今では何ら問題は無い。
寧ろ、前世の片仮名言葉を忘れている始末である。
閑話休題。
学力と云う点に於いて、前世の記憶は大いに役立ってくれている。
何しろ、前世の俺は頭の出来が割合良かった上に、大学に進む為の勉強もしっかりと身に付けていたからだ。
そうして分かることとしては、俺が現在生活している世界は、明治・大正時代の日本に近いと云うものである。
着物を日常的に着ている、高等学校は男女で異なる、国独自の文化が根強く残っている、等の点がとても似通っている。
しかし、過去の日本で在るのかと聞かれれば、そうではないのだ。
まず、陰陽道や五行説、呪い等が信じられており、しかもそれらが実際に作用する。
亜米利加や露西亜、中国等の国名は聞かれない上、異国との関係よりも、自国に蔓延る怨霊や妖を退治することが重要視されている。
そう、和風空想御伽噺―――確か、ファンタジーと云ったか―――の世界なのだ。
前世とは異なる世界なのだから、と俺は剣術を学ぶことにした。
此れが実に面白い。
日本と良く似ている世界だが、剣の種類は多岐にわたっており、刀や小太刀だけでは無い辺りが興味深いものでもある。
前世では抑所持が認められていなかった代物である。
勿論、今も使用する時や戦う時は決められているが、其れでも前世との違いを直に感じることが出来るものだ。
それらを振るい、妖を滅し、怨霊を祓う。
前世では物語の中でのみ語られて居たことが実際に出来る、となると、愉快な気持ちになるものである。
存外、死後と云うものも捨てたものではないな、と今では思っている程に。
此度主人公となった友人は、高等学校からの付き合いである。
細身で色白、目鼻立ちの整った、実に儚げな風貌をした美少年であった為、其方の趣味を有する連中に目を付けられていた、等と云う裏話を彼は知らないだろう。
純粋に友人である俺達は、田舎で療養生活を送っていた友人のことを心配していた。
目の届く範囲に居るうちは守ってやれたが、田舎だとどう足掻いても無理があったからだ。
けれども、杞憂に終わった。
復学した友人は、すっかり筋肉も付いて、日に焼けた、精悍な顔つきの少年となっていた。
其の為、其方の趣味を有する連中は興味を失ってくれたから儲けものだ。
今度は女学生達に囲まれるようになっていたが。
羨ましくはない、と云えば嘘になるが、友人には会いたい女性が居る様で見向きもしなかった為、俺達は呆れながらも応援していた。
扨、先程から此度の主人公、と云っているのは一体何か、と思う人が居るかも知れないので、此処で簡単に説明しておこう。
俺は大きな出来事に巻き込まれる人、大きな変化が起こる人、所謂物語の主人公たちと知り合いに、否、友人になる傾向が強い。
前世でも今でも、王族と縁故がある人や各界の著名人、歴史に名を残すだろう人など、数多の人々と関わりを持っている。
俺自身は大した人間ではないし、登り詰めようとも思っていない。
どちらかと言えば、彼ら主人公たちの織り成す物語を傍らから見ている、そう、傍観者であろうとしている。
端から見ているだけでも、彼らの物語は実に面白いものだから。
「………で、此処何処だ」
主人公について説明を始めたのは、現状から逃避する為の手段だった、と申し開いておこう。
俺は今、草原の上に立っている。
爽やかな風が吹き抜ける、初夏の頃の草原の上に。
其れも、前世、死んだ時と同じ恰好で。
「………いやいや可笑しいだろう、此の恰好、今は出来ないだろう」
と云うよりも、今の世界には存在し得ないだろう。
一体何が起こったのか、流石に驚きの余り頭が回らない。
まさか死んだ時と同じ、高等学校の最高学年になったからと云って、再び命を落とした訳では無かろうし。
目を開くと、其処は草原だった―――ああ、前世で読んだ物語には、此の系統の話は良く在った気もする。
よもや、またも別次元へと移動したのだろうか。
しかし、それならば何故、今世では無く、前世の恰好をしているのだろう。
「………よく分からん」
前世と今世が入り交じった、良く分からない口調で独り言を呟きながら、兎に角俺は、何か無いものかと歩き出した。
それにしても、久方ぶりの此の恰好。
視界に入ると違和感が在るが、懐かしいものである。
踏み締めるように、確かめるように、しっかりとした足取りで歩いていく。
ふと、一本の木が聳え(そびえ)立っていることに気が付いた。
取り敢えず木陰で一息つこうか、と足を向けた俺は、遭遇する。
「………だあれ?」
明るい茶色の髪に、青い瞳をした、幼い少女と。
何とはなしに、恐らく次の主人公であろうな、と一人納得した。
実に胡散臭そうな目を向ける少女に、俺は苦笑を浮かべた。
「怪しい者では無い……と云ったら嘘になるかな。
此処が何処なのか、何故此処に居るのかは全くもって分からない。
取り敢えず名乗っておくよ、俺の名は―――」
親に起こされて、初めて夢の中であったと知ることになる。
少女は警戒したのだろうか、名前を教えてはくれなかった。
まぁ仕方が無いよなぁ、と独り呟き、聞き咎めた友人に一体何が在った、と問い詰められたのは此処だけの話だ。
兎も角、あの様な体験はそう無いだろう、と気楽に考えていたのだが。
「………おい」
一週間も経たぬ内に、再び同じ状況になってしまった時には、どうしてくれようかと悩んでしまった。
何はともあれ、再び木の聳え立つ所まで歩いて。
「……又遭ったなぁ」
「……あなたもきたの?」
少女と再会する。
一体何がどうして此の様になったのか、少しばかり神に問い詰めてみたい。
二人揃ってしみじみと嘆息したのは云うまでも無いだろう。
三度目の邂逅で、漸く少女の名を知った。
思わず、呟いてしまったとも。
完全に旗が立っているじゃないかと。
名というものは魂を縛るもので在り、少女の名を簡単に明かすことは出来ない。
云えるのは、彼女の名は、前世に於いて世界中で良く知られている不可思議な御伽噺の主人公と同じであった、と云うこと位か。
全く、とんでもない物語に巻き込まれそうな名前である。
結果として俺は、其の少女の物語に傍観者と云うだけでは済まず、深く関わっていくことになるのだが、其れは別の物語だ。
そう、彼女の物語に登場させて貰うことにしよう。
今は未だ、唯の一傍観者として、凡ゆる(あらゆる)人々の物語を見守っていこう。
作者本人が楽しかっただけ第二弾(笑)。
少女の話は今月か来月かに公開……できればいいなぁ(笑)。
そのうち、彼の別の物語も書くかもしれません。