探偵は、ダンジョンにいる。~ダンジョン救出人、トウドウ探偵事務所~
俺は藤堂リュウジ。
このトウドウ探偵事務所の代表であり、看板探偵だ。
そう、社員は俺一人だからだ。
今日の、昼頃だろうか。
俺の事務所に一本の電話が入った。
――ジリリリリリ! ジリリリリリ!
「う~ん……ぐぅぐぅ……」
俺の貴重な惰眠をむさぼる時間を邪魔する、ヒステリックな電話のベル。
――ジリリリリリ! ジリリリリリ!
「ん~? なんだぁ? 仕事かぁ……? よいしょっと……」
俺はソファから身体を起こして、一気に意識を覚醒させる。
探偵という仕事柄、依頼の電話対応でミスがあってはならない。
電話対応も出来ない、なさけない探偵に誰が仕事を頼むというのだろうか。
俺はガチャッと電話の受話器を取った。
「ひゃい、トウドウ探偵事務所れす」
いきなりやっちまった。
寝起きの電話で、ろれつが回っていない。
『あっ! 藤堂さん! 緊急の依頼です! またダンジョンで二件、救出信号です!』
電話の先は、知り合いのユカちゃん。
ダンジョン探索者ギルドの事務員をしている、21歳。美人というよりか、かわいい系。
あと、すごく良い匂いがする。たぶん、エッセンシ〇ルを使っている。
「あ、ユカちゃん。おはよ。またダンジョンの仕事? 警察とか、レスキュー隊は?」
『電話したんですが、いつもどおりの対応でして……だから、藤堂さん、お願いします!』
いつもどおり、か。
ダンジョン内での出来事は、暗黙ではあるが、実質的に治外法権だ。
警察たちといえど、ダンジョンの探索者ではない。危険すぎる上に、専門的な知識を要求される。
だから、ダンジョン内での緊急事態も『今、出払っているので無理です』と断られるのが普通だ。
そして何よりも、ダンジョン内では重火器が使えない。
理屈は分からないが、銃の類は引き金を引いても使えない。
稀に使える場合もあるが、銃をダンジョンのモンスターに撃ってみろ。時速1000キロを超える弾丸が、撃った奴に跳ね返ってくる。これも理屈は分からん。
一般人はそもそも、銃なんて持っていないけど。まぁ、だから警察たちは入りたがらない。彼らが全員、剣や魔法を使えるわけではないからだ。
「うんうん、なるほど、なるほど。分かる、分かるよ。ユカちゃんは優しいからね。俺も仕事がない無職同然の身だけど、ダンジョンって危険なんだよ? そんなホイホイと、危険な仕事を受けれないよ? 今回も簡単な仕事じゃないんでしょ?」
『……ええ、五階層の救出信号です』
五階層。
ダンジョンは四階層までは簡単だ。雑魚モンスターしか出ない。だが、五階層になると格段にモンスターの強さが変わる。
じゃあ、なぜ危険な五階層に探索者は向かうのか? それは、貴重なドロップアイテムが出るのが五階層以降だからだ。
みんな、危険を承知で向かっていく。だから、こうやって俺のような奴に救出依頼なんて仕事が舞い込んでくる。
「五階層に行く探索者なんて、そもそも死ぬ覚悟がある奴だけでしょ? そんな危険な所、行きたくないよ~」
『そこを、どうかお願いします! まだ若い探索者で……女子高生の二人組なんです!』
「ああ、すぐに向かう。何か情報はあるか? 一刻を争うぞ」
『え……? あ、えーっと……五階層の二人組に関しては配信ドローンが破壊されて状況が分かりません。もう一組は三階層で、怪我を負っているようです。配信も現在、行われています』
配信ドローンが破壊されている?
ダンジョンの中に入る時、配信ドローンを付けてから入るのが条件とされている。
ダンジョンという存在の研究のため、探索者の状況確認のため、そして配信というエンターテイメントのためだ。
だが配信ドローンが壊れるという事は滅多に無い。配信ドローンはモンスターから狙われないからだ。
だから、これは事件だ。
「すぐ出る。三階層と五階層の信号位置をスマホに送ってくれ」
『わかりました! あ、ありがとうございます! いつも……』
「なに、困ったらお互い様だよ」
そう言って、電話を置いて準備を手早くすませ、すぐに事務所から出た。
無精ひげ、よれよれのスーツに、ボロボロのロングコート。駄目な大人代表とは俺のことだ。
そして、行く先は近隣のダンジョン。
走って向かう途中、ユカちゃんに送ってもらったダンジョン内の救出信号の位置を確認する。
それを見て、俺は救出計画を頭の中で練る。
俺が立てた救出プランは、こうだ。
三階層まで一気に駆け下り、助ける。それから五階層まで一気に駆け下り、助ける。
完璧なプランだ。
ダンジョンの入り口が見えてきた。この時点で、俺はすでに疲れている。
年には勝てない。だがまだ、おじさんなんて呼ばれたくない。
ダンジョンに入ると、道中で出会うモンスターは無視。一気に三階まで駆け下りる。
救出信号のあった場所まで向かうと、居た。こっちは男の二人組だ。クソが、迷惑かけやがって。
「おい、お前らが救出信号を出したんだよな?」
「あっ! やっと来たのかよ、おせぇよ! おっさん!」
なんだこいつ。今、おっさんって言ったよな? ここでぶち殺してやろうか?
……いや駄目だ。冷静になれ、俺。こいつら、配信しているって言ってたよな。
「で、怪我してんのか? 歩けるか?」
「歩けないから救出依頼だしたんだろ」
その言葉で、俺は飛んでいる配信ドローンをキャッチし、電源を切る。
「あ! なに勝手ドローンの電源切ってんだよ!」
「……おい、クソガキ。言葉遣いに気をつけろよ。今、お前らがここで死んでも、死体を回収するやつなんていないんだぞ」
俺の言葉に、男たちが一瞬で青ざめる。俺も少し、怖い顔をしちゃったのがまずかった。やりすぎた。
「す、すみません……配信してて、こういうキャラでやってて……も、申し訳ないです……」
配信をメインでやっている探索者か、こういうのは面倒だ。助けてるのに、突っかかってくる奴が多い。
だけど、若い男ってのはそういうのが多いんだよな。
「うんうん。なるほど、なるほど。分かる、分かるよ。若い時は調子乗っちゃう時があるもんな。でも、時と場合を考えろよ?」
「あれ……そのセリフ……まさか、あなた『分かり手のなるほどおじさん』ですか?!」
「……え? なにそれ? 初めて聞いたんだけど……」
『分かり手のなるほどおじさん』、めちゃくちゃかっこ悪い名前すぎる。
配信ドローンの電源を切っておいて良かったな……
「え、だって今『うんうん。なるほど、なるほど。分かる、分かるよ。』って言ってましたよね!? それに、何でも同意してくれるっていう、あの救出おじさんでしょ!?」
えぇぇ? ……『うんうん。なるほど、なるほど。分かる、分かるよ。』って、確かに俺の口癖だ。
俺の事、知ってるのか? ……なんか面倒になってきたな。こいつら、すぐ帰すか。急いでるし。
「よし、お前ら、この帰還の魔導書で帰りなさい。はい、使うよー!」
「あ! ちょっと待っ――」
二人の男がシュンっと音を立てて消えた。これでダンジョンの入り口まで強制転移だ。
あとは上でなんとかしてくれるだろう。
一件目が完了したので、すぐに五階層まで向かう。
またもモンスターは無視。戦う時間が無駄だ。
そして五階層に到着。
救出信号の位置まで来ると――誰も居ない。
だが、そこには壊れた配信ドローンだけが残されていた。
これは、やはり事件だ。
特に危険なのは、ダンジョン内での殺人。ダンジョンで死ぬと死体が残らない。
モンスターに食われるか、モンスターになるか、溶けて魔力となってダンジョンに吸われるか。
だが、それを防止するために配信ドローンを着ける義務がある。
そして、犯罪者どもは、その配信ドローンを壊してから犯行に及ぶのが常だ。
俺は道の先を急いだ。
すると、左右の道、そして真っすぐ直線の道の三択。
どっちだ? 足跡などの形跡がない、湿度などの変化も感じない、音も無い。
だが一つ、かすかに感じられるものがあった。
良い匂いがする。
これは――エッセ〇シャルの匂いだ。
さすが女子高生。わかってるぜ。
俺は道を右に曲がって、先を急いだ。
いた。
女の子の二人組。それに、半グレみたいな男の三人組だ。
見た感じ、デートをしているようには見えない。
どう見ても、女の子が襲われている。だが、女の子も五階層まで来れるほどの探索者だ。
まさに戦闘中、対峙しているような状態。
俺は、すかさず割って入る。
「はいコンニチハ! 救出に来たんですけど、ここで合ってますよね?」
突然の俺の登場に、ギョっとしている五人。だが、ガラの悪い男が俺に向かって吠えた。
「なんだコイツ!? 配信ドローン使ってねえみたいだな。こいつも殺しちまえ!」
おうおう、いきなりのご挨拶。だが、予想は的中。
こいつらが配信ドローンを壊して女の子を襲っている奴らだ。
男三人組は、剣と盾、槍、そして斧を持っている。女子高生は、どちらも細剣。
盾が金属製でデカいので、細剣使いの女子高生には厄介そう。多勢に無勢だし、男三人組の方が強そうだ。
あと、女子高生の二人。めっちゃかわいい。キレイ系のかわいい系。黒髪ポニーテールと、金髪ロング。
最初は脅えてたけど、俺が来たことでちょっと安心しているのが見て取れる。
それにダンジョンなのに、なんか制服のままだし。
……舐めてるな。
あ、いや、舐めてるって、実際にぺろぺろ舐めるって意味じゃないからね。心持ち的な、ダンジョンを甘く見てるって意味でだから。
これじゃ『分かり手のなるほどおじさん』から、『女子高生ぺろぺろおじさん』になっちまう。
最近はセクハラだとか、事案だとか、風当りが強いから発言には気を付けないといけないんだよ。
そんなことを考えつつ、俺はコートの中から俺専用の武器を取り出した。
それを見て、ガラの悪い男が叫ぶ。
「な、なんでダンジョンで拳銃なんて持ってんだよ!?」
「良いでしょ? お前ら、遠距離が苦手そうだし、こいつぁ勝負あったね」
「ふん! ダンジョンで銃なんて使えねぇのが常識――」
――バンッ!
男の喋っている言葉を遮って、男の足元に一発放った。
男どもがビビってる。女の子も……ビビっちゃってる。ごめんね。
「は、はぁ?! ふざけんな! そんなん卑怯だろうが!」
「女の子を襲ってる奴らに卑怯なんて言われたくないねぇ」
俺の言葉に、三人組の後ろにいる長髪の、一番物静かそうな男が静かに返した。
おそらく、こいつがリーダーだろう。ビビってる男二人に対して、こいつだけ冷静だ。
「おいてめえら、ビビるな。こっちの方が有利だ。………なぁ、おっさんよ。ダンジョンは……自由な場所だろ? 女から盗んで、犯して、殺しても証拠が残らねえんだ。女は二人いる。一人ずつってのはどうだい? こっちは三人。銃を防ぐ盾もある。お互い戦ったら、どちらも無事では済まねぇ。ここは半分ずつで楽しもうや。……なぁ、分かるだろ?」
その言葉に、俺はふふっと笑ってしまった。
俺はすぐに言葉を返した。
「うんうん。なるほど、なるほど……」
ふうっと、ひと呼吸し、俺は続きの言葉を三人組に返した。
「ぜんっぜん分からねぇな!!!」
俺は銃を構え、三人組も好戦的な目で武器を構えた。




