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第5話 夜明けの口火

 夜の闇は濃く、月は雲に隠れ、ただ冷たい風だけが砦の石壁を撫でていた。


村での作戦会議から5日後


ヴランツたち一党はレルゲン、ヒューズ、マークを筆頭として集まったラヴェンナ再興派50人に加え、

ヴランツの村の狩人や一部農民たち50人と

プローゼンに同じく徴兵され、仲間を連れて行かれた周辺の村民80人程度

を合わせた180人規模の軍勢となり、世闇に紛れ、砦付近まで接近していた


ヴランツたちは岩陰に身を潜め、火の灯る砦を見上げていた。


燃えさしの松明が、哨戒兵の影を城壁へ伸ばし、時折その影が揺れるたび、空気が張り詰める


「……さて。ここからが本番だ。」


ヴランツが小声で呟く。


レルゲンは肩の荷袋を叩いた。

袋の中には火薬と油に浸した繊維。

昔の地震で崩れかけたまま放置されている砦の脆弱な部分

―その綻びを利用するための道具だ。


「爆薬は十分。うまくいけば一撃で崩せる。問題は――」


「中にいる奴隷たちを巻き込まないこと、だろ?」


ヒューズが肩をすくめて言う。


実は斥候らによる調査によってこの砦にはエルナ以外にも多くの奴隷が収容されていることが判明したのだ


そのため、砦への攻撃の第一段階として奴隷の解放が追加されていた



マークは黙ったまま鎧の紐を締め直し、短い祈りを呟いた。

ラヴェンナ再興派として戦い慣れているはずの彼の指先にもわずかな震えがある。


その緊張を断ち切るように、ヴランツが低く言った。


「――行くぞ。」



 


砦の裏手は岩壁に沿って建てられており、そこには今は使われていない古い排水路がそのまま残っていた。


案内のヒューズが先に入り、マークとヴランツそして爆破担当のレルゲンが続く。


湿った石の匂い。冷たい水が足首まで溜まっており、歩くたびに音が響く。


誰も言葉を発しない。ただ呼吸だけが狭い空間を満たしていた。


砦の排水出口の鉄格子は半ば錆び、ヒューズが工具を使うとすぐ外れた。


「……よし。ここから先は頼んだぞ」


ヒューズとレルゲンが呟くと、ヴランツとマークは頷き、砦内へと潜入していった



 


水路を通って2人は砦内部へと潜入し、ヒューズの事前に作成した地図に沿って奴隷たちが閉じ込められている牢屋へと向かった。


薄暗い廊下を進むうちに、獣臭と血臭が混じった空気が漂い始めた。


鉄の檻が並び、その中に痩せこけた者たちがうずくまっている。


人間、ドワーフ、オーク、そして――耳の尖った者たち。


エルナと同じ、エルフ。


その姿を見た瞬間、ヴランツの胸に熱く重い感情が逆巻いた。


恐怖で縮こまり、ただ怯えるだけの命。

人の好奇心と残酷さのもと、家畜のように扱われた者たち。


(これが……世界の現実か。)


拳を握りしめた瞬間、ひとりの少女の視線がヴランツに向いた。

その瞳には恐れと、ほんの僅かな希望が揺れていた。


――エルナも、あの目をしていた。


ヴランツは無言で鍵束を掴むと、檻を開けはじめた。

マークが焦った声を漏らす。


「おいヴランツ! そんな悠長に牢を空けている暇はないぞ! まずは爆破で砦を破壊して――」


「置いて行けるか。」


その短い言葉で、全てが決まった。


マークが見張りを気絶させていく。


解放された囚われていた者たちは声にならぬ嗚咽を漏らし、ヴランツの背に縋りついた。


  


――その時。


「侵入者だッ!!!」


砦全体に怒号が響き渡った。


巡回の兵士に運悪く見つかったのだ

 


金属の衝突音、甲冑の軋み、叫び。

廊下の先から松明を掲げた兵が押し寄せてくる。


マークが叫ぶ。


「ヴランツ!もう時間がないぞ!」


レルゲンは水路の出口から砦内へ爆薬を抱えたまま叫ぶ。


「合図をくれ!爆破はいつだ!」


ヴランツは振り返らない。

叫び、怯え、逃げ惑う者たちを自分たちが侵入してきた水路へ導きながら、ただひとつの答えを吐き出した。


「――全員が外へ行ったらだ。」


「はぁ!?正気かよ!」


「やれ。」


その声は揺るがなかった。


守ろうとしたからではない。

怒りや同情だけでもない。


これは世界を変える最初の行いだ――


そう確信していた。


 ヴランツは奴隷たちを守るように立ち、狭い室内でも狩で培った弓の技術を活かし、迫り来る守衛たちを仕留める

 

 マークも愛刀の長剣で守衛と対峙し、奴隷たちが逃げる時間を稼いだ




奴隷たちの脱出が完了した瞬間、マークとヴランツも水路へと駆け出し、ヴランツは叫んだ。


「レルゲン――今だ!!」


瞬間。レルゲンは松明で火をつけた爆薬を砦の壁へと投げる。


空気がねじれ、地面から振動が走り――


砦の一部が爆ぜた。


轟音。石と炎が夜空を裂き、瓦礫が雨のように降り注いだ。

崩れ落ちる塔。炎に包まれる旗。叫びも誇りも、すべて火と煙に飲み込まれる。


その光景を見ながら、囚人たちは震える声で泣き、倒れ、そして――生きていることを確かめた。


レルゲンが息を切らしながら笑った。


「……やったな、ヴランツ。」


ヒューズは土埃で汚れた顔を拭いながら肩を叩く。


「こんな無茶、あんた以外の誰が言い出すんだよ。」


マークは空を仰ぎ、短い祈りを捧げた。


ヴランツは燃え落ちる砦をじっと見つめた。


その炎は、ただの破壊ではなかった。

長き差別の時代に、初めて灯された――反逆の火。


やがて囚われていた者たちがヴランツの前に歩み寄った。


彼らは震えながら、しかし確かな声で言った。


「……あなたは、我らを救った。」


「あなたは……誰だ?」


ヴランツはその問に少し迷い――そして答えた。


 


「――まだ、ただの狩人だ。だがいつか、この世界を変える者だ。」


 


燃え盛る砦の光が、彼の瞳を照らす。


その夜。

歴史は静かに動き始めた

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