第三十七話 触れる
すると間もなく、ソルスの千弦とそっくりな格好のダブルのスーツが、黒く変じていった。と同時に、裾が長く下へと伸びていく。その裾が、砂浜に着くか着かないかまで伸びきった時、再びソルスが踵を返してこちらに振り向いた。
振り返ったソルスの姿は先ほどまでとは打って変わり、あまりにも異様であった。蒼黒いフードを目深に被っているため、その顔は杳として見えない。だがフードの奥の瞳が二つ、爛々と輝いている。仄かに見える下顎は、何やら焼け爛れているように見える。だが最も異様といえるのは、その下半身であった。いや、下半身がなかった。ぶっつりと臍のあたりで切断されており、しとどに血が滴り落ちていた。
「どうだ?本物の死神だぞ」
ソルスが楽し気な声音で、千弦に向かって言った。
千弦の顔は暗闇の中でもよくわかるほどに蒼褪めていた。
驚愕に震える千弦は、喉を絞り出すように言った。
「これは……手品か何かか?」
俺は感心した。いやあ、そうか。この手があったか。異世界人の証明は難しいが、死神の証明は至極簡単だった。
「手品じゃない。本当にこいつは死神なんだよ」
「しかし……いや、だがこいつは」
千弦は、手を口に当てながら驚愕の目でソルスを見つめている。
ソルスはそこであっという顔をした。
「これを忘れていた」
ソルスは言うなり、何処からか巨大な大鎌を取り出した。
雲間から覗く微かな月明かりに照らされ、長く鋭い刃がキラリと光り輝く。
ソルスはそれを肩に担いだ。
「これで完成だ。おとぎ話に出てくる死神と違いはあるか?」
千弦の喉仏が大きく動き、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。
どうやら言葉にならないらしい。
代わりに俺が言ってやるか。
「ほぼ一緒だよ。誰の頭の中にもある死神のイメージとかなり近い。俺が異世界でお前に初めて会った時、腰を抜かしたろ?つまりそういうことだ」
「そういえばあの時のお前は無様だったな。今でも大いに笑えるぞ」
「うるせえよ。昔の話を蒸し返すんじゃねえ」
「昔話をしだしたのはお前の方だ」
「うるせえな。そういうこと言ってんじゃねえよ」
俺は腹立たし気に舌打ちをした。
と、ソルスが思い出したように言う。
「そういえば、お前はさっき俺を異世界人ではないと言ったな?」
「言ったがどうした」
「それは違うだろう。俺も異世界から来ている以上、異世界人だ」
「お前は人じゃねえだろうが」
「おお、そういえば俺は神だったな。ならば異世界神か」
実際こいつは神の眷属ではある。冥界の神の一柱、それが死神なのだから。
だが――
「なんかムカつくなあ」
間違いではないとわかってはいても、何とはなしに納得がいかない俺は、腹の底からの本心を呟いた。
ソルスがにまーっと口の端をクイッと上げている。
この野郎、さらに挑発していやがる。これ以上乗ってやるものか。
俺は話を変えようと千弦に向き直る。
「どうだ、信じたか?」
千弦は、いまだ驚愕の表情でソルスを見ていた。
「その傷は……いや、傷というか下半身は……」
ソルスが屈託なく言った。
「触ってもいいぞ」
千弦はソルスの言葉に驚きつつも、恐る恐る手を伸ばした。
しとどに流れ落ちる血に指先が触れて、千弦が再びごくりと生唾を飲み込んだ。
次いで切断された部分を指先で触った。
「痛くはないのか?」
千弦の問いに、ソルスが何事もないように答える。
「ああ、痛くないぞ」
「血が流れるままだが……」
「そうだな」
千弦は伸ばした手をゆっくりと引いた。そして真っ赤に染まった人差し指を自らの顔の前に翳して、まじまじと見つめた。
「どうやら本物の血らしい」
「当然だ」
「死神も俺たち人間と同じ赤い血が流れているのか?」
「さあな。同じものかは俺自身もわからない。ただ、色や粘度はほとんど一緒だな」
千弦はまだ目の前に翳した掌を凝視していた。
「……そのようだな」
千弦はそこでようやく納得したのか、胸ポケットから取り出したハンカチで、血に染まった手を拭きながら言った。
「どうやら信じるしかないようだ」




