第二十八話 千絃令司
ま、そうだろうな。他にここには何もない。あるのはちっぽけな小屋と、殺人犯がひとりいるだけだ。
だがあんな襤褸い小屋に用があるとは思えないから、当然こいつらの標的は来栖京介だろう。だが何故こいつらヤクザが来栖を狙うのか。出会ったばかりの俺に、惜しげもなく二十数万円を差し出した男が、まさか八百万円の賞金目当てでこんなところまで来るとは到底思えない。
「こいつにどんな用があるんだ」
「お前たちには関係がない」
ん~、まあそうなんだろうけどな。俺は思わず天を見上げる形となった。
だがやはりここはちゃんと聞かねばなるまい。俺は再び顔を下ろすと、問いかけた。
「まあそう言わずに。ちなみにまだ自己紹介をしていなかったな。俺の名は橘陣。隣にいるのはソルスだ」
若頭は片方の眉尻をピンと跳ね上げながら、俺たちの顔をねめつけた。
しばらく沈黙の時が流れた。
のち、さも荒立った心を鎮めるように若頭が大きく息を吸い込んだ。
そして俺たちを強くねめつけながら、静かに息を吐き出した。
「いいだろう。名を名乗られては、応じぬわけにもいくまい。俺の名は千絃令司。春夏冬組の若頭だ」
あきない組――?
あきない、あきない、あきない…………何処かで聞いたことが――
俺はそこでようやくピンときた。
「あきない組ってまさか、春夏冬って書いたりする?」
千絃令司は小さくコクンとうなずいた。
「マジかーっ!じゃあもしかして来栖京介に殺された春夏冬葉子は、春夏冬組の……」
千絃令司は据えた目つきで俺たちの足元にうずくまる来栖を睨みつけながら、静かに言った。
「組長の一人娘だった」
すると横のソルスが、さも他人事のように言った。
「ほう、なるほど。それは面白いな。つまりお前たちは復讐に来たってわけだな」
千弦はすかさず視線を上げてソロスに標的を定めると、殺気を込めて睨みつけた。
「だったらなんだ?」
俺は慌ててソルスをかばうように言った。
「いやまあ、確かにそりゃあここに来る理由としては、真っ当だな」
千絃が今度は俺を睨みつける。
「だからなんだと言っている。お前たちは何者だ。何故ここにいる」
どう答えたものか。ここはまあ出来るだけ正直に答えておくか。
「こいつをとっ捕まえて警察に突き出してやろうと思ってな」
千弦は俺の言葉に眉根を寄せて、いぶかし気な表情を浮かべた。
「そのためにこんなところまではるばると来たのか。ずいぶんと暇人じゃないか」
「まあ、そんなところだ」
「警察に突き出すと言うが、そんなことをしてお前たちになんの得がある」
俺は大げさな手ぶりをして肩をすくめた。
「賞金がもらえる。八百万円もな」
千弦は視線を伏せて、何やら考え始めた。
「目的は、金か」
「まあ、そうだ」
なんか言っていて情けなくなってくるが、致し方ない。今後の生活費を確保するのは、極めて重要なんだからな。




