第十八話 券売機にて
俺は横の券売機で切符を買おうとしている、特に時間に追われているわけでもなさそうな、それでいて人の好さそうなおじさんに話しかけた。
「あの~わたした~ち外国人で~す。切符買いたいで~す」
人の好さそうなおじさんは、途端に相好を崩した。
「あ~そうですか、外国の方。え~と、二人分でいいのかな?」
「ふたりで~す」
「どこまで行きたいの?」
どこまでと言われても。ま、ここはとりあえず。
「隣の駅で~す」
おじさんはうなずくと、券売機の上の路線図を見上げた。
「隣の駅ね。ならどちらでも料金は同じだな。じゃあお金いいかな?隣の駅だと一人160円だから、合計320円なんだけど」
俺はすかさずポケットから先ほどのお釣りを取り出し、千円札を一枚手渡した。
おじさんは慣れた手つきで券売機のボタンというか、ガラス板にタッチし、難なく切符を二枚手に入れた。
そして切符とお釣りを、笑顔で俺に手渡してくれた。
「おー、ありがとござま~す」
「いやいや、困ったときはお互い様だよ。それにしてもあなた日本語お上手だねえ」
「いえいえ、ちょっと勉強しただけで~す」
「ああそう。立派だねえ。じゃあ良い旅をね」
「は~い、ありがとござました~」
おじさんは笑顔で手を振り、去っていった。
そうして危難も去った。
俺は手元の切符と券売機を交互に見た。
「時の経過というのは恐ろしいものだな」
すかさずソルスが俺に言う。
「やり方を覚えたか?」
「なんとかな。おじさんの手つきを見ていたからな。次はなんとか自分で買えるだろう」
「そうか。俺もだ」
適応能力の速い奴だ。死神のくせに。いや、死神だからか。
まあいい。切符を手に入れた以上、早速出発だ。
俺はソルスに切符を一枚手渡すと、踵を返して改札口に向かおうとした。
だがそこで俺はピタと立ち止まった。
予想外の光景を目にしたからだ。
どういうことだ?そんなことがあるのか?いや、有り得るのか?
あいつら……改札口を素通りしていやがる。
そんな馬鹿な!それでは鉄道会社はどうやって利益を得るのだ。あれだけの数の人間がただ乗りしたら、即破産だろう。
だが駅員たちは何事もないようにすまし顔で、何かの業務を続けている。
いや、ちょっと待てよ。そういえば定期券というシステムがあったか。
いやいやいやいや、だがそれでも駅員がチェックをするはずだ。それなのにあいつらはノーチェックで素通りしている。有り得ない。どういうことだ。
と、人々の一連の動作が俺の目に留まった。
何かを、改札の腰の高さほどの仕切り壁の上にかざしている?
あれはなんだ?もしや定期券か?
そうか。そういうことか。原理はわからない。だがおそらくなんらかのテクノロジーの進化によって、あの低い仕切り壁の上に定期券をかざせばわかるような仕組みが出来ているのだ。
ふん、わかってみればあっけない。なんだそんなことか。或る有名なSF作家が、充分に発達した科学は、もはや魔法と区別がつかないと言っていたのを思い出す。
蓋を開けてみればなんてことはない。魔法ではなかった。ただの科学だ。
俺は口の端を上げてにやりと笑みを浮かべると、勇躍と改札口へと向かっていった。
そして何食わぬ顔で切符を仕切り壁の上にかざし、改札口を颯爽と通り抜けようとした。




