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滅紫の殲葬送者  作者: 宵興愛華
第1章 王都の靄
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新たなる仲間の影

鐘楼の窓辺に立ち、レオンは夜の街を見下ろしていた。

 王都の灯火は揺らぎ、どこか頼りない。人々の囁きがここまで聞こえてくるようで、胸に重くのしかかってくる。


 ――鐘楼に棲みついた呪われた子。

 ――師を失い、災厄を呼ぶ影。


 そんな陰口を耳にするたび、レオンは心の奥で小さな針を刺される思いがした。師の教えを守りたい。だが、自分がいることで誰かがまた犠牲になるのではないか。そんな恐怖が彼を縛っていた。


 そのとき、静かな足音が響いた。

 振り返れば、白衣の少女が立っていた。淡い金の髪を揺らし、澄んだ瞳が真っすぐレオンを見つめている。


 「あなたが……レオン・カディスね」


 レオンは無意識に身構えた。

 「誰だ?」


 少女は一歩近づき、胸の前で印を結んだ。

 「私はアリア。祓術師の系譜に連なる者。……オルグ師の弟子筋にあたる者よ」


 その名を聞いた瞬間、レオンの胸がざわめいた。

 「……師匠を、知っているのか?」


 アリアの眼差しは悲しげに揺れた。

 「はい。私にとっても導きの人でした。あなたに残した想いを、私なりに果たすために来たの」


 レオンは言葉を失った。師を知る者に出会えた安堵と、またしても誰かを巻き込むのではという恐怖が交錯する。


 そのとき、重い靴音が鳴り響いた。


 「待てよ」

 鋭い声が鐘楼に響く。扉を押し開けて現れたのは、武骨な鎧に身を包んだ青年だった。

 鍛えられた体躯、短く刈り込んだ黒髪。鋭い目がレオンを射抜く。


 「俺はカイル。王都兵団の隊長を務めている」

 青年は剣の柄に手を置きながら続けた。

 「評議会から命を受けてきた。鐘楼の監視対象……つまりお前を見張れ、とな」


 その声は粗野だが、ただの敵意ではなかった。警戒と義務感、そして奥底にわずかな哀しみが混じっていた。


 「俺は信じてねぇんだよ。鐘楼の少年が“禍の種”だなんて話をな」

 カイルは吐き捨てるように言った。

 「だが、王都の民がそう囁く以上、俺は守らなきゃならねぇ。お前を疑いながらな」


 レオンは言い返せず、ただ拳を握りしめた。


 「……勝手にしろ」


 短く呟いたその声は震えていた。


 そのとき――鐘楼の下から、澄んだ歌声が響いた。

 まるで靄を裂くような旋律。哀しみを孕みながらも、強く、揺るぎなく夜を貫いていた。


 三人が息を呑む中、ゆっくりと階段を上がってきたのは、一人の少女だった。

 漆黒の髪を垂らし、白い衣を纏ったその少女は、静かに微笑んでいた。瞳は閉ざされ、視線は定まらない。


 「……歌姫、シルヴィア」

 アリアが小声で告げる。


 レオンは驚いた。

 「盲目なのか……?」


 シルヴィアは微笑みを浮かべたまま頷いた。

 「紫禍の夜に、光を失いました。けれど、その代わりに聞こえるのです。靄のざわめき、人々の心の震え……そして、あなたの胸の痛みも」


 レオンは胸を突かれたように息を呑んだ。

 シルヴィアの言葉は、彼の隠していた恐怖と後悔を見透かすかのようだった。


 「あなたは一人で抱えすぎています。鐘の音を鳴らすことも、師の遺志を継ぐことも、孤独では果たせません」


 その声は静かだが、鐘楼の石壁を震わせるほどの強さを持っていた。


 カイルは鼻を鳴らした。

 「綺麗事だな。だが確かに、あの靄は人ひとりで抗えるもんじゃねぇ」


 アリアも頷く。

 「師が遺したのは、あなた一人の力ではなく、共に祓う術です。……レオン、私たちを信じて」


 レオンは三人を見渡した。

 胸が軋む。孤独の牢獄に閉じこもろうとする自分と、差し伸べられた手を掴みたい自分がせめぎ合う。


 ――もし、自分がまた誰かを失わせてしまったら。

 ――師と同じ悲劇を繰り返すことになったら。


 恐怖が彼を縛る。


 だが、シルヴィアの歌声が再び響いた。

 「恐れは鐘を沈黙させるだけ。けれど希望は、鐘を響かせる」


 レオンの目に涙がにじむ。

 彼は震える唇を噛みしめ、そして言った。


 「……一緒に来てくれるか」


 アリアは微笑み、カイルは不器用に腕を組み、シルヴィアは頷いて静かに手を差し出した。


 その瞬間、鐘楼に差し込む月光が四人を照らした。

 孤独の塔に、新たな絆の光が宿る。


 だが同時に、レオンの胸奥では呪印が微かに疼いた。

 仲間を得た歓びとともに、「彼らを巻き込むかもしれない」という新たな恐怖が芽吹いたのだ。


 鐘はまだ鳴らされていない。

 だが、この出会いが後に王都全体を揺るがす戦いの始まりであることを、誰もが感じていた。

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