新たなる仲間の影
鐘楼の窓辺に立ち、レオンは夜の街を見下ろしていた。
王都の灯火は揺らぎ、どこか頼りない。人々の囁きがここまで聞こえてくるようで、胸に重くのしかかってくる。
――鐘楼に棲みついた呪われた子。
――師を失い、災厄を呼ぶ影。
そんな陰口を耳にするたび、レオンは心の奥で小さな針を刺される思いがした。師の教えを守りたい。だが、自分がいることで誰かがまた犠牲になるのではないか。そんな恐怖が彼を縛っていた。
そのとき、静かな足音が響いた。
振り返れば、白衣の少女が立っていた。淡い金の髪を揺らし、澄んだ瞳が真っすぐレオンを見つめている。
「あなたが……レオン・カディスね」
レオンは無意識に身構えた。
「誰だ?」
少女は一歩近づき、胸の前で印を結んだ。
「私はアリア。祓術師の系譜に連なる者。……オルグ師の弟子筋にあたる者よ」
その名を聞いた瞬間、レオンの胸がざわめいた。
「……師匠を、知っているのか?」
アリアの眼差しは悲しげに揺れた。
「はい。私にとっても導きの人でした。あなたに残した想いを、私なりに果たすために来たの」
レオンは言葉を失った。師を知る者に出会えた安堵と、またしても誰かを巻き込むのではという恐怖が交錯する。
そのとき、重い靴音が鳴り響いた。
「待てよ」
鋭い声が鐘楼に響く。扉を押し開けて現れたのは、武骨な鎧に身を包んだ青年だった。
鍛えられた体躯、短く刈り込んだ黒髪。鋭い目がレオンを射抜く。
「俺はカイル。王都兵団の隊長を務めている」
青年は剣の柄に手を置きながら続けた。
「評議会から命を受けてきた。鐘楼の監視対象……つまりお前を見張れ、とな」
その声は粗野だが、ただの敵意ではなかった。警戒と義務感、そして奥底にわずかな哀しみが混じっていた。
「俺は信じてねぇんだよ。鐘楼の少年が“禍の種”だなんて話をな」
カイルは吐き捨てるように言った。
「だが、王都の民がそう囁く以上、俺は守らなきゃならねぇ。お前を疑いながらな」
レオンは言い返せず、ただ拳を握りしめた。
「……勝手にしろ」
短く呟いたその声は震えていた。
そのとき――鐘楼の下から、澄んだ歌声が響いた。
まるで靄を裂くような旋律。哀しみを孕みながらも、強く、揺るぎなく夜を貫いていた。
三人が息を呑む中、ゆっくりと階段を上がってきたのは、一人の少女だった。
漆黒の髪を垂らし、白い衣を纏ったその少女は、静かに微笑んでいた。瞳は閉ざされ、視線は定まらない。
「……歌姫、シルヴィア」
アリアが小声で告げる。
レオンは驚いた。
「盲目なのか……?」
シルヴィアは微笑みを浮かべたまま頷いた。
「紫禍の夜に、光を失いました。けれど、その代わりに聞こえるのです。靄のざわめき、人々の心の震え……そして、あなたの胸の痛みも」
レオンは胸を突かれたように息を呑んだ。
シルヴィアの言葉は、彼の隠していた恐怖と後悔を見透かすかのようだった。
「あなたは一人で抱えすぎています。鐘の音を鳴らすことも、師の遺志を継ぐことも、孤独では果たせません」
その声は静かだが、鐘楼の石壁を震わせるほどの強さを持っていた。
カイルは鼻を鳴らした。
「綺麗事だな。だが確かに、あの靄は人ひとりで抗えるもんじゃねぇ」
アリアも頷く。
「師が遺したのは、あなた一人の力ではなく、共に祓う術です。……レオン、私たちを信じて」
レオンは三人を見渡した。
胸が軋む。孤独の牢獄に閉じこもろうとする自分と、差し伸べられた手を掴みたい自分がせめぎ合う。
――もし、自分がまた誰かを失わせてしまったら。
――師と同じ悲劇を繰り返すことになったら。
恐怖が彼を縛る。
だが、シルヴィアの歌声が再び響いた。
「恐れは鐘を沈黙させるだけ。けれど希望は、鐘を響かせる」
レオンの目に涙がにじむ。
彼は震える唇を噛みしめ、そして言った。
「……一緒に来てくれるか」
アリアは微笑み、カイルは不器用に腕を組み、シルヴィアは頷いて静かに手を差し出した。
その瞬間、鐘楼に差し込む月光が四人を照らした。
孤独の塔に、新たな絆の光が宿る。
だが同時に、レオンの胸奥では呪印が微かに疼いた。
仲間を得た歓びとともに、「彼らを巻き込むかもしれない」という新たな恐怖が芽吹いたのだ。
鐘はまだ鳴らされていない。
だが、この出会いが後に王都全体を揺るがす戦いの始まりであることを、誰もが感じていた。