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滅紫の殲葬送者  作者: 宵興愛華
第1章 王都の靄
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評議会の召喚

鐘楼を降りきった瞬間、冷たい声がレオンを呼び止めた。


 「……少年。王都評議会が召喚を望んでいる」


 振り向くと、そこには銀の徽章を胸に付けた男が立っていた。鉄色の外套に身を包み、感情を削ぎ落としたような瞳。王都の政を司る「評議会」の使者であることを示す装いだった。


 広場に集う人々のざわめきが、一瞬で緊張に変わる。評議会は王都の絶対的な権威。生死の裁定権すら握る彼らの名が告げられただけで、人々は息を潜めた。


 「……俺が?」

 レオンの声は震えていた。まだ右腕の痛みは続き、師を失った心の穴は塞がっていない。だが使者の表情に揺らぎはなく、拒む余地など残されていないことは一目で分かった。


 「歩け。議事堂へ」


 冷たい命令と共に、彼の周囲には兵士たちが立ち並んだ。紫禍との戦いで疲弊しているはずなのに、槍を持つ手にはわずかな震えもない。むしろ恐怖に突き動かされるように、彼らは少年を取り囲んだ。


 ――俺は、捕らえられたのか。

 胸の奥で思う。鐘を鳴らした「功績」よりも、呪印が刻まれた「事実」が、彼らにとっては重いのだ。


 王都の中央、白亜の大理石で築かれた巨大な議事堂へと歩かされる。通りを行く民は道を空け、遠巻きにその行列を見送っていた。

 「救世主だ」「いや、呪われし子だ」と囁きは錯綜し、レオンの背に突き刺さる。


 ――救ったはずなのに、なぜこんな視線を受けねばならない。

 胸の奥にくすぶる痛みは、右腕の灼熱よりも鋭かった。



 議事堂の扉が開かれると、内部は静謐で冷たい空気に満ちていた。高い天井には荘厳なステンドグラスが嵌め込まれ、光が差し込むはずの窓からはなお紫の残滓が覗いている。大理石の床に足音が響くたび、少年の存在が余計に浮き立った。


 半円形の壇上には十二の椅子。そこに座るのが王都評議会の長老たちだった。

 白髪の翁、金糸の法衣を纏う女、鉄仮面を被った男――その誰もが王都の意志を代表する存在。視線は一斉にレオンへ注がれた。


 「……これが鐘を鳴らした少年か」

 「呪印を背負う者……」

 「師オルグの弟子だな」


 低く重い声が交錯する。


 玉座にも似た中央の椅子から、一人の男が口を開いた。評議会筆頭議員、バレスタン公。冷徹な切れ長の目が少年を射抜いた。


 「レオン・カディス。昨夜の鐘音は確かに王都を救った。――その功を評議会は認める」


 わずかに胸が熱くなる。救いと認められた、そう思った瞬間――


 「だが同時に、お前の右腕に刻まれた紋様は、この都に新たな災厄を呼び寄せるかもしれぬ呪印だ」


 広間がざわめきに揺れた。レオンは言葉を失い、無意識に腕を押さえた。紫の紋様は包帯の下から脈打ち、存在を誇示するように熱を放っている。


 「……俺は……呪われてなど……」

 か細い声で否定を試みる。だがその声は壇上の石壁に吸い込まれ、返事を返すことはなかった。


 「師オルグは『逆祓』を独断で行使し、命を散らした。あの禁術は二人一組でなければ成立しないと記されている。お前が鐘を媒介とし呪印を背負ったのは、術を補完する代償だったのではないか」


 別の議員が冷笑混じりに告げる。

 「ならば……オルグは王都を救うために、少年を犠牲に差し出したのか」


 レオンの胸が凍りついた。師の名誉すら疑われ始めている。


 「違う……師は……俺を守ろうと――!」

 叫んだ声は震えていた。だが議場に響く笑い声がその必死さを踏みにじる。


 「守ろうとした結果がその呪印か?」

 「災厄を背負った子を都に留めておくのは危険だ」


 冷酷な言葉が次々に浴びせられる。


 バレスタン公が手を上げ、場を静めた。

 「……判断は急ぐべきではない。少年を『観察下』に置く。鐘楼に近き地に居を設け、必要とあらば再び鐘を鳴らさせる。だが、都に災いを招くと知れたときは――速やかに処断する」


 「処断」という冷徹な響きが広間に落ちた。


 レオンは唇を噛み、ただ黙って頭を垂れるしかなかった。抗う言葉は喉に詰まり、拳を握っても力は入らない。


 ――師を失い、救ったはずの街からは恐れられ、今度は評議会に「観察対象」とされる。

 その孤独が、冷たい石床を通して全身に染み込んでいくようだった。


 「下がれ。少年」


 使者が再び命じ、兵士に囲まれて議事堂を出る。


 外に出ると、太陽はすでに高く昇っていた。だが光は眩しいはずなのに、胸の奥は深い靄に覆われていた。


 ――俺は、英雄か、それとも災厄か。

 答えの出ない問いだけが、心の奥底で燃え続けていた。

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