表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滅紫の殲葬送者  作者: 宵興愛華
序章:紫禍の夜
3/9

逆祓の禁術

――鐘が鳴った。

 だが、先ほどまでの祓いの響きとは異なっていた。

 低く、重く、心臓の奥底にまで突き刺さるような衝撃。

 それは音というよりも、魂を直接掴まれて揺さぶられる感覚に近かった。


 オルグの身体が鐘の前で淡く光を帯びていた。白銀に近い燐光が皮膚から立ち昇り、刻まれた紋様が浮かび上がる。

 「逆祓……始まったのか……」

 レオンは呆然と呟いた。


 鐘の咆哮は紫の靄を切り裂き、押し返すどころか、その根源を探り当てるかのように空間を震わせていた。

 靄が怯える。骸兵たちが喉を裂くような悲鳴を上げ、己の身体を掻きむしりながら崩れ落ちていく。

 それはまるで、闇そのものが鐘に引きずり出され、焼かれているかのようだった。


 だが代償は残酷に訪れる。


 オルグの身体が徐々に透け始めていた。

 光の粒となって風に舞い上がり、鐘の音と共鳴して消えていく。

 レオンはその光景に息を呑み、足がすくんだ。


 「師匠……! やめろ……! やめてくれぇっ!」

 叫びは夜空に吸い込まれ、鐘の轟音にかき消される。


 オルグは振り返った。

 その顔はどこか安らかで、それでいて凛々しかった。

 「レオン……。鐘を継ぐ者よ。これはお前のためではない。王都のためでもない……」

 言葉を切り、彼は一度深く息を吐いた。


 「これは、“未来”のためだ」


 その一言は、レオンの胸を焼き尽くすような熱さで刻まれた。


 紫の靄が鐘楼を覆いつくそうとしていた。

 骸兵たちは次々と砕け、怨嗟の叫びを残して霧散する。だが靄はまだ根を絶たれてはいない。

 オルグは両腕を広げ、鐘と一体化するように身を寄せた。


 「逆祓――第二段!」

 声と同時に鐘が震え、雷鳴のような光が弾ける。


 ドォォォォン……!


 衝撃が世界を震わせた。

 鐘楼の石壁に亀裂が走り、塔全体が揺れる。

 街の遠くまで響いたその波動は、人々の心を震わせ、逃げ惑っていた者たちに希望を灯した。


 だがレオンにとって、それは絶望の鐘でもあった。


 オルグの身体は胸から下がほとんど消えかけていた。

 残るのは光の輪郭と、必死に鐘を支えるその腕だけ。


 「やめろぉぉぉぉぉッ!!」

 レオンは叫び、鐘に飛びつこうとした。

 だが見えない力に弾かれた。鐘の結界が彼を拒む。


 「近づくな……! これは俺ひとりの役目だ!」

 オルグの声は、鐘の共鳴と混じって震えながらも確かだった。


 「師匠……俺を置いていくなよ……! 一緒に生きようって……!」

 レオンの瞳から涙が溢れた。

 彼はまだ十五の少年にすぎない。

 世界の理も、宿命も、受け入れられるはずがなかった。


 オルグは薄れゆく手を差し伸べた。

 鐘の響きに掻き消されそうな声で、それでもはっきりと告げる。


 「レオン……生きろ。そして――鐘を継げ」

 オルグが優しい笑顔で告げたその瞬間、鐘が最後の咆哮を上げた。


 ドォォォォォォォォォンッッッ!!


 紫の靄が爆ぜ、王都を覆っていた怨嗟が一斉に悲鳴を上げた。

 骸兵は砕け散り、紫の波は根こそぎ焼き払われていく。

 夜空が裂け、長く閉ざされていた星々の光が戻ってきた。


 しかし――鐘の前に立っていた男の姿は、もうどこにもなかった。


 レオンは石畳に膝をつき、叫んだ。

 「師匠おおおおおおおおおおおっ!!!」


 その叫びは鐘楼に反響し、夜空を震わせ、遠くの人々の耳にも届いた。

 王都の民はその叫びを聞きながら、まだ何が起きたのかを理解していなかった。

 ただひとり、鐘楼に取り残された少年だけが知っていた。


 ――師の犠牲によって、街が守られたことを。

 ――そしてその代償として、自分の身に紫の呪印が刻まれたことを。


 レオンの右腕は焼けるように痛み、紫黒の紋様が肩から胸へと広がっていた。

 彼はその痕を見下ろし、歯を食いしばった。


 「俺が……俺が継ぐ……! 師匠の鐘を……この命に刻んでやるッ!!」


 涙で霞む視界の向こう、鐘楼の巨大な鐘は静かに佇んでいた。

 だがその表面には新たな亀裂が走り、オルグの命と引き換えに深い傷を負っていた。

 それはまるで、師の魂が鐘に刻まれた証のようだった。


 夜風が吹き抜ける。

 鐘楼の上でただひとり、少年は嗚咽を噛み殺しながら、胸に誓った。


 「この鐘と、この呪いと共に……俺は必ず紫禍を滅ぼす」


 その瞬間、彼の背に――まだ誰も知らぬ異名が刻まれた。


 “滅紫の殲葬送者”。


 それは、ひとりの少年が悲しみと憎しみを背負い、未来を切り裂く者となる始まりだった。

続きが気になったらいいねお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ