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8話

場面変換難しい…修正していきます。



 丘の上の小道を、二人並んで登っていく。前方の空には小さな体で、大きな買い物袋を4つ抱える2匹が飛んでいる。

 


どちらも自分の体の何倍もある買い物袋を、両足に二つずつ抱え、必死に羽ばたいている。


「……シェナ、買いすぎ」


「……ごめんなさい、お話が楽しくてつい……」


西の空はすでに茜から群青へと沈み、街の屋根瓦が遠くに黒い影となって連なっている。足元にはノルムの街の灯がぽつりぽつりと灯り始め、さらにその向こう、果てしない海が鈍色に光る。


 「……一体、誰なんだろう」

 私はシェナの横顔に目をやり、呟いた。

 

「あの騎士、中央から派遣されたって本人は言ってた。でも、詰め所の記録にはないって……」

 

「……ええ」

 シェナの声は低い。海風が灰色の髪を揺らす。

 

「あの目立つ大鎧を衛兵さんたちが見ていないということは、街中にはいないのでしょう。……あの夜もしっかりと背にルミアを乗せていたので、幻影や亡霊(レイス)の類とは考えられません。口調もはっきりとしていましたし、魔力は感じられませんでしたが‥‥。」


「・・・」

 

「・・・明日は海辺にランチに行きましょう。とっておきの場所があるのです」


「・・うん」


 二人の間に、しばし波の音だけが流れる。

 

丘を登りきると、木々に囲まれた質素な小屋が見えてきた。軒先には薬草が束ねられ、夕風にさらさらと揺れている。その匂いは、帰ってきた安堵と、どこか古い記憶をくすぐるような落ち着きをもたらした。


 「今日は温かいものを作りましょう」

 家に入るなりシェナはそう言って、袋から肉と野菜の類を取り出す。

 

黙って包丁を手に取り、皮を剥き始めた。

 「……玉ねぎは、もう少し薄く切ると火が通りやすいですよ」

 「こう……?」

 「ええ、上手です」

 

不思議だった。

 こんなふうに誰かと並んで料理をするのは、もう何年ぶりだろう。

 まな板を叩く音、鍋の中で油が弾ける音、薬草をちぎる指先の感触――それらが少しずつ、胸の奥の冷えを溶かしていく。


 やがて煮込みができ上がり、木のテーブルに二人分の器が並んだ。

 香辛料の匂いがふわりと広がり、思わず小さく息を吐く。

 


「……おいしい」

「そう言ってもらえると、作り甲斐があります」

 

笑みを浮かべたシェナは、しかしその瞳の奥にわずかな翳りを残していた。


食後、炉の火を落とし、二人は早めに寝床へ入った。

 小屋の中は静かで、外の木々が風に鳴る音だけが聞こえる。

 

毛布に包まりながら、天井の木目をぼんやりと眺めていた。

 ――頭が重い

 ずっと我慢していたが、あの鍵を見てから、ずっとあたまが重い。

頭にだけ重石を担いでいるみたいだ。シェナに言うべきだったけど、なんかシェナはあの露店の男と会ってからどこか落ち着かない様子だ。言いずらい。


窓の外には、二つの月が寄り添うように浮かんでいた。

ひとつは細く欠けた弓のかたちを描き、もうひとつはまんまるの鏡のように夜を照らす。


名前は…………忘れた。姉妹の女神様だった気がする。


あの声、あの重い足音。自分はあの騎士に助けられたはずなのに、胸の奥の恐怖はまだ消えない。

 

 明日ユルナを探しに行かなければならない。


 瞼が重くなり、意識がゆっくりと沈んでいく。




ーーー


ノルム近郊 side ???



「ギニャー!!二、逃げろにゃ!!」


「て、テメエのせいだろうが!!!」


「二人ともさっさと走れ!」



悲鳴と共に、岩肌を蹴って駆ける猫獣人が叫ぶ。灰茶の毛並みを塩水に濡らし、背には弓と矢筒を揺らしている。

後ろから叫び返すのは、傷だらけの革鎧を着た人間の男。手には刃こぼれした片手剣を握り、猫獣人のすぐ背後を必死に走っていた。


悲鳴と怒鳴り声に混じって先頭を走る灰色の外套を翻す短髪の女の声が響く。不格好で重々しい鎧を身に着け、腰には二本の長剣、背には細長い革袋を背負い、袋の中で小瓶や金属片がかちゃかちゃと鳴る。




「ギギギ‥ギギギギシャーーーー!!!!!!」

洞窟の奥で何かが動くたび、地面が低く震える。灯火が水面に揺れ、そこに現れたのは、背中一面に黒く太い棘を生やした巨大な蟹。


全身が煤のように黒く、無数の古傷と欠けが刻まれている。


「だ、だから言ったニャ、化け物がいるって!」


「あ゛あ゛!?棺を見つけりゃ帝国の息の根を止められるんだぞ! それにお前が地図を見間違えたから――」


「ギニャッ!? 地図は正しかったにゃ! あんな化け物、想定外だにゃ!」


「お前ら静かにしろ! さっさと走れ!」


 怒鳴り合いながらも、三人の足は止まらない。

やがて洞窟の狭い通路を走り抜け、広間に飛び込んだ。



時間は1時間前に遡る


ーーー

1時間前

ノルム近郊 地下海洞



海面に近い崖の裂け目。

 そこから吹き上がる潮風は、鉄の匂いと腐臭を混ぜたような重さを帯びていた。

 その裂け目の奥、岩棚をくぐると、暗い海と繋がった洞窟が広がっている。


その暗がりの中を5人の男女がランタンに火を灯して歩いている。


「なあ、この奥に『深き棺』ってやつが本当にあるのかよ。もうランタンの魔力消えそうだぜ。」

 傷だらけの鎧を着た男 ザックが低く呟く。


「あるにゃ。『深き棺』は、この洞窟に隠された統一戦争時代の軍船にあるって書いてあったにゃ。何度もあの石碑の意味を調べたから間違いないはず……にゃ。」

 

猫獣人 ミャルグは胸を張るが、耳は少し後ろに傾いている。自信と不安が半々だ。


「じゃあ、奥まで行って確かめるしかないな。ここまで来て引き返せねえしよ」


「だーかーら、さっきの分岐路で言ったにゃ。このダンジョンの奥まで行くのは無謀だって」

 

「? どうしてだ?」


「おまえ、やっぱり聞いてなかったにゃね。この洞窟の奥には“黒潮様”が棲みついてるとにゃ。」

 ミャルグは囁くように言い、尻尾を丸めた。


「黒潮様……?」

槍使いのドワーフ カロスが眉をひそめる。


「そうにゃ。嵐の日には海面を割って港を襲い、潮と共に船も人もさらっていく怪物……。この土地の漁師たちは恐れ多くて名前を呼ばず、“黒潮様”って遠回しに呼ぶんだとにゃ」

ミャルグの声は震えていた。


「化け物伝説か。ガキの頃に爺さんから聞いた怪狼の昔話と同じだな。そうやって海とか山とか勝手に入る連中を戒めてんだ。最近じゃそういう強い魔獣の類も全然見なくなっちまったな。まあ、これが終われば近くの街で、ぱあっと飲んでいこうや」


ザックは鼻で笑い、片手剣の柄を握り直す。


「……おまえ、毎回飲みの話しかしないな」

カロスがあきれ顔で槍を肩に担ぐ。


「任務の後の酒は最高なんだよ。おまえもドワーフなんだからわかるだろ」

ザックがにやりと笑う。


「わからん。第一俺は酒は飲めない。」

カロスが冷ややかに返す。


「はあ? ドワーフのくせに酒が飲めねえ? それもう病気だろ。酒と鉄と髭でできてんじゃねえのか、おまえら」


「偏見だ。別に俺らは好きで飲んでるわけではないんだ。土地柄、仕方なくそうなっているだけだ。」

カロスは鼻を鳴らした。


「……どういう意味だ?」

ザックが首を傾げる。


「俺らドワーフの故郷たる月倒の氷原(ルナクレス・フロスト)は寒い地域だ。地表はドワーフであってもとても住める地域ではないため、俺らは地下深くに住居を作り、暮らしている。そんな状況で困るのが飲み水などの生活用水だ。地下だから水脈も硫黄や鉄で濁っていて、そのままでは飲めん。だから昔から、沸かして麦や果実を発酵させ、毒気を抜いた。つまり“酒”が水の代わりだったのだ。飲まなければ喉を潤すことすらできなかった。……習慣は今も残っているが、俺は体質的に合わんのだ」


「……すまん、悪かったな」

ザックは頭を掻いて一瞬だけ言葉を濁す。


「ふむ、わかればよろしい」


「嘘おっしゃい。カロス。前に同じ班だったとき、あんた酒飲んだらどうなったと思う? ゾンビ相手に腰振ろうとするし、人魚族の尻追いかけまわして――! 本当に後始末で泣かされたんだから!」


エルフの僧侶 ファーナは吐き捨てる。



「! あれは……勢いで……!」

カロスは必死に否定するが、耳まで赤くなっていて説得力がない。


ファーナは鼻を鳴らした。

「酔ったら理性が飛んで、誰彼かまわず抱きついて、・・・・! しかも、支部長まで襲ったじゃん。本当恥を知りなさい!」


「おいおい、勘弁してくれよ! ここは酒場じゃなくて任務の場だぞ。敵より先に仲間割れで死ぬのはごめんだからな!」

ザックが慌てて両手を広げる。


しかしカロスは槍の石突きを地面に突き立て、低い声で続けた。

「……それを言うならファーナ。おまえも大概だろう。僧侶のくせに、街のいたいけな青年に色目使って、酒おごらせてたじゃないか。森神の教えとやらは、どうした!」


「っ……! わたしは、わたしは――布教のためにやってただけよ!」

ファーナの長耳が怒りで震えた。


「男たちに酒をおごらせて、教えを説いて……その後で少し遊んだくらい、なによ! 神の慈悲を分け与えてやっただけ!」


「遊んだぁ?」

カロスは思わず口笛を吹く。

「そりゃ慈悲じゃなくて、ただの色仕掛けだろうが。男を酔わせて尻撫でさせてたって噂も聞いたぜ?」


「うるさいっ!」

ファーナは岩壁を叩いた。


「はいはい! そこまで!」

ザックが割って入り、両手をパンと叩いて遮る。


「ファーナもカロスも、もう少し声を抑えてくれ。モンスターに聞かれたら洒落にならん。俺は戦いより説教のほうが疲れるんだよ!」


「でもザック、こいつの言い方は――」

「そうよ、わたしはただ本当のことを――!」


ドンッ!

不格好な大鎧の足甲が石床を強く踏み鳴らす。反響音が洞窟全体を揺らした。


鎧に覆われた体――リディアが一歩前へ出たのだ。腰の二本の剣がかすかに鳴り、背負った革袋の小瓶や金属片ががちゃりと揺れる。


 

「4人とも、私語を控えろ。我々は、遊びで洞窟に来ているのではない。この任務に支障が出れば、今後の我々の行動が制限される。なぜだか、わかるか?」

 

リディアのピリッとした声に、ミャルグは耳をぴんと立て、尻尾をぴくりと止めた。


「えっと……支部長補佐のあんたの顔に泥を塗ることになるから……にゃ?」

 その尻尾は不安げに左右へゆらゆら揺れている。


「あー、ミャルグ、違ぇねえがそれだけじゃねえ。ただでさえ任務をしくじりゃ、上の連中は俺たちを容赦なく切り捨てる。しかも今回は“棺”絡みだ……失敗すれば俺たち帝国反乱同盟「鵺骸(やがい)」は帝国に成す術が本当になくなるぞ」

 言いながらも、ザックは片手剣の柄を無意識に握り直す。



リディアは短く頷いた。

「一部余計だが、おおむねそうだ。それに……最近の状況は、おまえたちも知ってるはずだ」


3人は無意識に息を呑む。センクリーベ支部を含め、全国各地の反乱同盟で続く不可解な失踪、帰らぬ仲間、不自然な仲たがい。

 

帝国の『特務鎮圧隊』が動いているという噂は、もはや疑いようがなかった。検挙、尋問、暗殺——方法は選ばない。数ヶ月で人員は半減し、今この場に立つのは、リディアのような本来なら前線に出すべきでない面々すら含まれていた。


「そういえば、『深き棺』を上は、何に使うつもりなのかにゃ?聞いたところなにか強力な兵器のようだけど・・・」

重苦しい雰囲気を壊すように恐る恐るミャルグがリディアに聞く。


「‥‥‥そうだったな。たしかお前の志望動機は、帝国打倒ではなく、借金取りから逃げることだったな。」


リディアは冷ややかに微笑んだ。だがその目の奥には、言葉以上の熱がちらついている。


「いいだろう。教えてやる。『深き棺』に眠ると伝えられるのは、今から約1000年前、八王国統一戦争をアルナイア王国の勝利へと導いた7人の“英雄”の遺骸だ。もっとも、実在する可能性は低い。お前が読んだ石碑の文字も、風化で真実から遠ざかっているかもしれん」


ランタンの炎が、リディアの兜を妖しく照らす。彼女は胸の奥からせり上がる昂揚を抑えきれないように、息をゆっくりと吐いた。


「だがな……もし本当にその英雄を、死霊術で――あるいは蘇生魔法で――呼び戻せるのであれば、我々の理想まで一歩、いや百も千も近づくのだ。」


「だけど、リディア。……千年も前の肉体を蘇らせるなど、ほとんど不可能よ。肉も血も失われ、魂はとうに星々の彼方へ去ったはず。仮に呼び戻せたとしても、待っているのは――人ではなく、怪物の骸よ」


一度は冷静に理屈を並べたその声が、ふと震えを帯びる。彼女の瞳は異様な光で潤み、口元には笑みが浮かんでいた。


「それでも……私は欲しいのだ。その力を。この手で帝国を覆すための“切り札”をな」


リディアは岩壁に掌を押しつける。その目は今の暗い洞窟ではなく、はるか遠くの理想を見つめている。


「それに、今の帝国は都合の悪い歴史をすべて消そうとしている。統一戦争前の記録も、我々が誇りにすべき英霊たちの名も、ことごとく抹消されている。自分たちのために……将来の子孫の記憶を書き換えるつもりだ」


声が低くなり、歯ぎしりするように言葉を噛みしめる。


「ひぇ・・・・」

 


「私は、それが許せぬ。奴らが消そうとする“真実”が、ここに眠っている。だから、私は必ず見つけ出すのだ……! たとえそれが、塵と化した棺であったとしても!!」


その視線は4人の顔を順に射抜くように見据え、最後に前方の切れ目の光へと戻った。


「……出口のようだな。」



 岩棚を抜けた先、空間が開けた。

祭壇のような石柱が所々に生えた黒々とした水面に、半ば沈んだ木造船の船首が横たわっている。

船体には長年の潮で削られた跡があり、帆柱は折れ、甲板は穴だらけだ。

その朽ちた姿は、不気味なまでに静かだった。


「……あれが沈没船、か」

ファーナが呟く。 


「お宝の匂いがするにゃ!」

ミャルグが目を輝かせる。


船へ渡るための細い岩橋を慎重に進み、5人は甲板へ上がった。

腐った木板の下から海水がしみ出し、踏むたびにぐにゃりと沈む感覚が足裏を這う。


船首近く、半ば崩れた船室の奥に——

あった。


海藻と貝殻に覆われた、緑青を帯びた重厚な長方形の棺。

表面には、古代文字と見られる奇怪な文様が刻まれている。

――5人が探していた「深き棺」だ。


「……あった……!」

リディアが低く呟く。


「ほらね、俺の鼻は嘘つかないにゃ……!」ミャルグはどんと胸を張る。

 

「はあ、やっと見つけた。ダンジョンの奥まで来たかいがあった!」

 カロスは息をゆっくりと吐く。


「そうだな、これが、こいつがあれば・・・やっと・・!」

 リディアは興奮したように呟く。


「よし、封印魔法を解除して開けよう」


ザックが棺の鍵穴に短剣をこじ入れ、三人がかりで棺の蓋に手をかける。


「あれ?」


「どうした?」


「いいや、なんでもねえ」


重く、湿った石の匂いが鼻を刺す。ぎしり、と音を立てて蓋が動いた瞬間、潮の臭気が吹き出した。

 

錆びた金属の音とともに、棺の中が露わになった——


――無。

そこにあるはずの遺体は、影も形もない。ただ深い闇と、湿気が沈殿しているだけ。




「……なん、だと……」

リディアの声が震えた。


「え……えええ!? こんなの詐欺にゃ! せめて金貨でも埋めとけにゃ!」

 

「っつ……くそ」ザックは拳を握り締めたまま、喉の奥で低く唸る。その瞬間、



ーカチッ カチッ カチッ……



硬質な何かが岩を叩く音が、船底の下から近づく。


水面が盛り上がり、轟音と閃光が甲板を貫いた。


砲撃のような一撃が、甲板と船室を粉砕し、5人を船ごと弾き飛ばした。




ーーーー

時間は現在に戻る


「ギニャー!!二、逃げろにゃ!!」


「て、テメエのせいだろうが!!!」


「二人とも口動かす暇があったら足動かせ!」


 轟音が足元を揺らした。


石段の下、黒王蟹が鋏を振り上げ、石柱を砕きながら迫ってくる。

 

「もう逃げ道ないにゃああああ!」

 

ミャルグが叫ぶと同時に、ザックは重い鎧を投げ捨て、棺の蓋を思い切り押し倒した。蓋は階段を転がり落ち、黒王蟹の右腕の鋏に直撃する。


「…ギギギギギギギギギギギギギギギギシャーー!!」

鈍い金属音が響き、蟹が怒りの咆哮をあげた。

 

「今だ、走れ!」

 ザックはミャルグの背を押し、洞窟の狭い通路に飛び込む。天井の低い岩穴を四つん這いで進むたび、背後から鋏の打撃音と水飛沫が迫ってくる。

  

そのとき、リディアが振り返った。

 血に濡れた銀の髪が水滴を散らし、砕けた小手を無理に握りしめながらも、腰の双剣を一気に引き抜く。瞳は鋼のように硬く、呼吸は怨念を孕む。


「蟹野郎……この鎧、高かったのだぞ!」

空気が熱を帯び、魔力の粒子が火花のように散る。


「雷閃流ー双絶」

 閃光双斬(ツイン・レイ)!。


 二対の白銀の閃光が洞窟を焼き、剣閃は雷鳴のごとく蟹の外殻を切り裂いた

 

「ギシャアアアア!?」

怪物は耳を裂くような甲高い悲鳴を上げ、巨体を岩壁に叩きつける。棘が岩に食い込み、海水が爆ぜた。


「今しかない、行け!」


岩穴を抜けると、外の夜風と潮の匂いが三人を包んだ。遠くに街明かりが見える。月明かりが波を銀色に照らす。

 

「……助かった、のかにゃ?」

ミャルグは息を荒げ、尻尾を垂らす。

 


「いや……奴はまだ生きてる。‥‥くそ。剣が折れた。」

 


振り返ると、暗い洞窟の奥で、黒王蟹の棘がちらりと揺れた。


「本部に報告せねば・・・チクショウ、なんで棺にないんだよ…!七霊将!石碑の意味が間違っていたのか?それとも・・・」

 

ブツブツと呟くリディアの影を見つめながら、ザックの眉間が深く寄る。


「……カロスとファーナは……?」


言葉が空気を重くする。三人の頭に、あの砲撃の瞬間の光景がよみがえる。

吹き飛ばされ、視界が水と血で満たされたあの時、二人の姿は見えなかった。

生きているのか、海底に沈んだのか、それとも……。


「くそっ……あいつら、まだ中かもしれねぇ」

ザックが拳を握りしめる。


「……でも、今戻ったらあいつの餌だにゃ!」

ミャルグが歯を食いしばる。


洞窟の奥から、まだ蟹の鋏が岩を削る音が微かに響いてくる。


三人の胸に、焦りと苛立ちと、どうしようもない無力感が絡みついた。




潮風が、三人の間を冷たく通り抜けていった。







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