2話
嵐が来た。
夜の空が裂け、稲妻が海を照らす。風は帆を引き裂き、船体が不規則に揺れ、どこかの樽が転がる音がした。
甲板では、船員たちが怒鳴りあっていた。
「おい、舵が効かねぇぞ! 左に回せ、左に!!」
「バカ野郎、舵輪が外れたんだよ! 波が強すぎる!」
「バラストがズレてる! 重りを捨てろ!」
「こんな嵐、見たことねぇ……クソッ、だからこの海域は嫌だって言ったのに!!」
怒号と悲鳴が交錯する中、船員の多くが必死に帆を畳み、舵を支えようと上に集中していた。
それは偶然ではなかった。
ナナが仕掛けた“機”は、完璧だった。
「今しかない。船員たちが上に集中してる」
ナナが檻の隙間から囁いた。心臓は、いやに大きく脈打っていた。
ナナは言った通り、泥酔した船員の腰から鍵束を盗もうと身をひるがえす。
あの痩せた体で、音も立てずに動く姿は、もはや奴隷には見えなかった。
「やった……!」
目の前、鍵が錠前に届こうとしたその瞬間――
「こらァッ!!!」
怒号が船底に響いた。男が起きたのだ。ナナの手首が船員の分厚い腕に掴まれる。
「放してッ!!」
「オっ、お前、活きが良いからあとで楽しみだったのにヨ~。ヒック。残念だぜ、見せしめだァッ!!俺に逆らったらどうなるかこいつらに見せといてやらァ!」
他の奴隷たちが悲鳴を上げる中、ナナは檻の外に引きずり出された。
「やめてッ!!」
檻の格子に指を食い込ませ、目の前の現実に抗おうとした。
だが――遅かった。
ナナは縛り上げられ、甲板へ引きずり出される。
嵐の風の中、彼女は覚悟を決めた。
「……わたしは、海に出るんだ!絶対、絶対に!!」
その瞬間、刃が振るわれた。
ナナの小さな胸を、鋭く白い曲刀が貫いた。
血が吹き出し、雨と混ざり、甲板に飛び散る。
それはまるで、嵐の空を赤く染める祝福のようで――
それゆえに、あまりにも冷たかった。
「ナナああああああッ!!」
叫んだ。腹のそこから。
張り裂ける声。焼ける喉。血のような涙が、頬を伝った。
檻が砕けるほどに体当たりを繰り返し、手の爪が割れて血が滲んでも、それでも叫び続けた。
「どうして……ッ! なんでッ……!!」
誰も答えなかった。
空は吠え、海がうねり、雨が私の叫びを飲み込んでいく。
そのときだった。
――ドオォン……
轟音が響いた。
船が、浮かんだ。一瞬。そう錯覚するほどの衝撃。
下から、“何か”が、船を掴んでいた。




