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9話

少しずつ修正していきます。

side ???


鷹の目(ホークス・アイ)、聞こえていますか?」


また、これだ。

声が耳に届くたび、心底うんざりする。

あの冷たい響きには、いつだって自分の意思など考慮されていない。

ただ「命令を下される道具」として呼び出される感覚しか残らない。


「申し訳ありません。久々の定例報告で、皆に会えた嬉しさで浮足立ってしまったようです。」


虚勢じみた軽口を叩いてみせる。

本当は、少しでも緊張を誤魔化したいだけだ。

帝国特務庁の暗号回線を通じて、月に一度だけ顔を合わせるこの定例会議。

表向きは「報告会」だが、実際は尋問に近い。

その重さを知るがゆえに、冗談めいた言葉で自分を守っているのだ。


「…………相変わらずの態度ですね。」

上席の声が、ぴしゃりと切り返す。


「かわいそうに、もう地に足が付けなくなるほど酷使してしまったようですね。」


浮足立つ、という言葉の意味を逆手に取った皮肉。

こちらの不用意な言葉尻を咎め、同時に「働きすぎでまともに頭が働かない犬」と暗に告げる。

ああ、そう来るか。

さすがに今度は言葉を返せなかった。沈黙で答える。

「…………」

含みのある返答だと受け取ったのか、上司が一瞬だけ言葉を飲んだ。

だが、その間も長くは続かない。


「おいおい、何を気取ってやがる!」

同期のひとり、(スピネル)が割って入る。


「また皮肉返されたくらいで押し黙るなよ、子鳥ちゃん。……お前らしいがな。」


「善処します」

仕方なく短く返す。

軽口を挟み、叱責を受け、最後はいつもこの言葉に落ち着く。

これで終わり、そう思っているのは自分だけかもしれないが。


月に一度の定例会議。

暗号通信の水晶越しに、帝都本庁に集められた上役と、各地で潜伏任務中の同期が顔をそろえる。

本日は自分を含め、六名。珍しく、半分が集まった

まず自分「鷹の目(ホークス・アイ)」。

(スピネル)」。

(オニキス)」。

星酔い(アメジスト)

あとは、新人だろうかマスクをしていて2人は名前すら知らない。


そのほか、上席二名が会議を取り仕切る。


「では、θ(シータ)チームの皆さん本題に入ります。」

上席の声が落ちた瞬間、場の空気はぴんと張り詰めた。



「二か月前、帝都で発生した大規模失踪事件について、既存の情報を踏まえ皆が知っている情報を共有します。」


「ああ、あれか」

鷹の目は呟く。



――帝都アルグレオン、下層区で三百を超える人間が、一夜にして消えた。行方不明者の多くは、奴隷階級、失業者、孤児、獣人などの都市下層の住民がほとんど。血痕などの物理的・魔術的な痕跡もなく、わずかな目撃証言に「カルトの生贄の儀式」「獣人が食人パーティをしていた」など曖昧な証言が残る。


現在下層区は結界魔法によって閉鎖され、残された住宅には生活の痕跡そのまま、食卓のパンが途中でちぎられたまま残っているケースも見られた。


「表向きは情報統制が敷かれ、事件の詳細については公表されていません。ですが巷では、星海教(カルト)や獣人族や魔人族などが関与していると、根も葉もない噂が広まっています。我々が掴んでいるのは別の筋です。」


上席は一呼吸置き、言葉を重ねた。

「──『鵺骸』の関与が疑われています。」


「やはりな。」

スピネルが鼻を鳴らす。

「そこらのゴロツキが引き起こせる規模じゃない。あいつらが臣民を狙ったってわけか。」


「ちょっと待て」

割って入ったのはオニキスだ。

女の声で静かで、しかし鋭い声音だ。


「なぜ鵺骸の犯行だと断定できるのだ?確かに連中は帝国の安寧を脅かす存在だが、明確な証拠は他の班からあがったのか?(カルニス)上席」


一瞬の沈黙。オニキスはさらに言葉を継いだ。

「失踪者が多いのは事実だが、それだけならば地下組織の人身売買とも説明がつく。

 魔術的痕跡がないという点は不可解だが……だからこそ尚更、鵺骸と結び付ける根拠を明らかにしてほしい」


深く黙り込んでいたもう一人の上席――カルニスは短く間を置き、言葉を重ねた。


「……本部が掴んでいる名がひとつある。――“百無(ネフィロス)”。首謀者と思われる」


場がざわめいた。


カルニスは動揺を抑えるように声を低める。


「そして、決定的だったのはわずかな目撃者証言だ。事件当夜、下層区の路地で“天使”を見たと複数の市民が証言している」


「天使……?」オニキスの眉が寄る。


「天使なら、国教会どもが使役する連中か?」

スピネルが鼻で笑いを漏らす。



「違う」カルニスが切り捨てた。


「天使ではない。……“人間の頭から翼が生えていた”」


「過去の鵺骸関連の事案でも、同様の目撃証言が残っている。“人ならざる白い天使の影”――それが現れた場所では、必ず大量の失踪や虐殺が確認されている。今回の証言はその記録と合致していた」


部屋の空気が一段と冷えた。


「ただし、天使の姿は性別も年齢も証言が食い違っている。子供だった、と言う者もいれば、老人だった、と証言する者もいる。……つまり、奴は姿を偽る異能を有していると見るべきだろう」

カルニスが静かに言う。


「複数の人物という可能性は?」


アメジストが問いを投げる。声色は柔らかいが、その分だけ冷徹さが滲んでいた。


「目撃者たちが見たのは本当に同一の存在なのですか?

 あるいは、姿を似せた複数の鵺骸が同時に現れた……その線は排除できないのでは?」


カルニスは即座に答えた。

「目撃証言は断片的ながら、いずれも“声を聞いた”という点で一致している。男の声とも女の声ともつかない、中性的な響きだったと」


「声……」アメジストが呟く。


カルニスは続ける。

「さらに、現場に残されたわずかな魔力残滓の解析でも、“同一波形”が検出された。仮に複数の存在が同時に行動していたなら、波形の揺らぎや干渉が観測されるはず。しかし結果は、どの地点からも完全に同一の波形を示していた」


「つまり、少なくとも今回の事件で現れたのはひとりってことか…」

スピネルが結論を口にする。


「そうだ」カルニスが頷く。


「姿かたちは自在に偽装できても、存在そのものはひとつしかない。それが“百無ネフィロス”であると本部は断定している」


そこで鷹の目は、堪えきれず口を開いた。


「……つまり、俺たちに下される任務はネフィロスの追跡ですか?」


一瞬、上席が黙った。

鷹の目はさらに言葉を重ねる。


「失踪事件そのものは別動隊に委ねる……そう解釈していいのですね?

 θチームがすべきは、帝国全土に及ぶ脅威――“竜王”への対処策の探索。

 つまり、われわれは本部に召集され、その任に専念しろと。違いますか?」


カルニスが静かに答えた。

「そのとおりだ。鷹の目。お前たちの任務は、あくまで竜王の封印と抑止に関する情報収集と実働だ。帝国の生存を懸けた最重要任務と心得よ」


鷹の目は深く息をつき、わざと肩をすくめてみせた。

「……了解しました。俺たちは“帝国の犬”ですからな。

 首輪の向く先に牙を向けるだけです」


オニキスが、わざとらしく咳払いをした。

「おいおい、小鳥ちゃん。おまえが犬呼ばわりするなら、せめて鷹って言えよ。

 その方がまだ格好がつくだろ?」


にやりと笑うスピネルに、場の数人がわずかに苦笑する。


皮肉まじりの言葉に、場の空気が一瞬揺れる。だが彼自身の胸中は、笑みからは程遠かった。


一瞬の沈黙のあと、それぞれの幻影が小さくうなずいた。

「了解」

通信を切る合図の言葉が次々に発せられ、光の像がひとり、またひとりと消えていく。





最後に残ったのは鷹の目ただ一人だった。

黙っていると、上席の透明(カルセドニー)が低く告げた。


「……“夜鷹は月を選ばず”ですか」


短い沈黙。

鷹の目は返答を避けたが、次に落ちた声が胸を刺した。


「極秘任務の件──第四皇子レイベルの暗殺。まだ果たせていませんね」


息を飲む。

やはり言及されたか。


「……奴がまだノルムに到着していない。一週間後だそうです。標的が姿を見せぬ以上、首を刎ねることも叶わんでしょう」

努めて冷静に返す。


カルセドニーは追及を深めなかった。

ただ淡々と次の言葉を告げる。


「それで構いません。だが忘れてはならない。皇子の命は、帝都の均衡に直結する。

 あなたに課された使命は依然として健在ですよ」


「……心得ています」


「次は、“七霊将”を見つけてください」


空気が変わる。

鷹の目の胸に、冷たい重みが落ちた。


「七霊将……」

その名を聞くだけで、背筋に氷が這う。

禁忌の遺物。

統一戦争時代の置き土産(ヴェローグの落とし子)

帝国の記録ですら詳細は伏せられている。

だが、確かに存在する。

そしてそれを巡って、人ひとり国ひとつが容易に消えるほどの禍が生じる。


鷹の目は乾いた笑みを浮かべた。

「またずいぶんと荷が重いことを言ってくださる」


「安心なさい。現地には二人を付けます」


「二人……?」


カルセドニーが応える。

「今日の会議に同席していたマスクをしていた二人覚えているでしょう。」


映像水晶の向こうで、二つの影が再び浮かび上がった。


賢人(ペリドット)。情報解析と結界術を得意とする女」


「そして、《紅き幻影(レッド・ファントム)。戦場で暴れまわる猛犬のような男」

見覚えがある。

かつて共に訓練を受けた同期。

だが、長く任務が重ならず、幻影通信でも名前を伏せられてきた二人だった。


「鷹の目」

カルニスは続ける。


「センクリーベの港町ノルムに潜伏中の貴殿に、追加の任を命じる。……鵺骸の残党を追え。失踪事件の影を辿り、『七霊将』に至る道を見つけ出すのだ。帝都に芽吹いた混乱を摘み取るには、その所在を突き止めるしかない。」


二人の声が締めくくる。


「帝都失踪事件と『七霊将』。両者は必ずどこかで繋がっている。」

「この任、成功を期待しています。鷹の目──いや、ガルド。」


回線が、ぷつりと途絶えた。


薄暗い潜伏先の一室。

静寂だけが残る。


窓辺の先、夜の海が静かにうねっていた。

ガルドはひとつ長い息を吐き、天井を見上げる。


「また、厄介な役を押しつけられたもんだな……」


誰に聞かせるわけでもなく呟いた。


帝都で消えた三百の命。

姿を現すことのない第四皇子。

目覚めかけた竜王。

そして、七霊将。


すべての影が重なりゆく気配を、彼は肌で感じていた。



逃げ場はない。

賽は、すでに投げられたのだから。


















ーーー




翌朝、潮の香りを含んだ冷たい風で目が覚めた。

 

この地方の朝は寒い。濃い霧が出て日光を遮るからだ。


シェナはすでに起きていて、机の上に小さな籠と水筒を並べていた。籠は茶色の蔓で編まれ、蓋には乾いた薬草と白い羽根が結びつけられていて、とてもきれいだ。



中身は、香ばしく焼き上げられたふかふかの白パンに、ほぐした塩漬けツナと香草を和えた具を挟んだサンドウィッチが4つ。もう一つは甘くほろほろと崩れるシャケフレークをたっぷり詰め、バターの香りがほのかに漂う。籠の隅には、薄い皮越しに蜜のような香りを放つ熟れたりんごが二つ、朝の光を受けてしっとりと輝く。


籠の隣には、真鍮と瑠璃石をあしらった細身の水筒が置かれていた。水筒の表面にはなにやら古い文字が刻まれ、太陽の光を受けるたびに淡く輝いている。


聞くと、この水筒は北方のドワーフの技術で作られたものらしく、魔力を流せば温度調節が簡単にできる。私は魔力が少ないからできないと思ったが、紋章に触れて念じればすぐに温度が変わった。親切。



「今日は少し歩きますから、軽めに詰めました」

「……ありがと」


 小屋を出ると、丘を下る小道の先に、青く広がる海が朝日を跳ね返していた。

 昨夜の霧は溶け、海は透き通るような蒼に変わっている。


 海辺への道は、岩肌に沿って細く続く。途中、断崖から吹き上げる潮風が、服の裾をふわりと揺らす。

 二人の頭上を、昨日の小さな羽音が通り過ぎる。買い物袋を抱えていたあの二匹――今日は何も持たず、まるで偵察でもするように低く旋回している。


「……あの鳥、なんなの?」


「あの子たちは、召喚魔法で呼び出した使い魔です。視界や嗅覚などの感覚を共有できて、遠くを見るときにとても便利なんですよ。ちなみに鳥の姿をしていますが、魔術で異界から魂を呼び出して魔力で形をかたどったものなので、この世界の純粋な鳥ではないのです。」

 

「‥‥。名前はあるの?」


「……そうですね。長いこと一緒にいますが、名前は付けていません。この子たちは体を構成する魔力を失えば消滅してしまうので、基本的に長く在り続ける存在ではないのです」


シェナの声はどこか寂しげだった。

目を細めて旋回する影を追いながら、指先で胸元のペンダントを軽く握る。


「けれど……ずっと傍にいたものに名前を与えないまま、風に散らせてしまうのは……少し名残惜しいですね」


やがて辿り着いたのは、岩場に囲まれた小さな入江だった。外海の波は遮られ、穏やかな水面が日差しを映してきらきらと輝く。

 砂浜には古い木製のボートが一艘、半ば砂に埋もれて横たわっている。


「ここ……綺麗」

「初めてここに訪れた頃、よくここで昼寝をしていました」


 二人は岩陰に腰を下ろし、籠からサンドウィッチと果実を取り出した。

 潮風と、遠くで響く波音。噛むたびにシャケとツナの香りが口いっぱいに広がる。


「……ねえ、シェナ。」

「どうしました?」

「ツナとシャミ」

「?」

「名前。カラスの」


「ふふ……いい響きですね。では、白い方をツナに」

「じゃあ、黒い方がシャミ。……ちょっと変?」

「いえ、とても愛らしい名だと思いますよ」


 シェナは小さく目を細め、微笑んだ。


ーーー




サンドウィッチを食べ終えると、二人は浜辺へ降りた。

白い砂を指で掬い、手のひらから零す。

 そのとき、小さなものがもぞもぞと砂の中から這い出てきた。


「……なにこれ?」

「ウミガメの赤ん坊ですね」


 甲羅はまだ手のひらに収まるほどで、必死に海の方へと身体を揺らして進んでいく。

 ルミアはしばらく黙ってその姿を見つめた。


「卵から孵ると、みんなこうして海を目指すんです。……自分の生まれた場所に戻るために」


 シェナが静かに言うと、ルミアは不意に顔を上げた。


「ルミアは……故郷に帰りたいと思いますか?」


「……」

 少しの沈黙のあと、首を横に振った。


「……帰りたくない。帰ったって、もう……誰もいないから」


 シェナはその答えに目を伏せ、小さく頷いた。



「……ねえ、シェナ。昨日の騎士のことなんだけど」

「ええ」

「中央からの派遣って言ってたけど、本当に……?」


「……ルミア。私から謝らなければならないことがあります」

「……なに?」


「昨日、あの騎士を“中央からの派遣”だと紹介しましたね。……あれは、正確ではありません」

「どういうこと?」


「中央から来た、というのは本当です。でも……誰かはわからないというのは、私が勝手に取り繕ったのです」

「……取り繕った?」


「本当は、あの方が誰なのか、私は知っています。ただ、それを伝える勇気が……ありませんでした」


意味がわからなかった。


シェナは沈黙したのち、さらに言葉を絞り出す。

「そしてもうひとつ。あなたがこの浜に流れ着くことも……私は、知っていました」


海風が一瞬止まり、静寂が広がった。







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