第43話 人類救世SHOW TIME
「かっ、か、カノンちゃんが──魔王おぉ!?!?」
「ごめんね、ユノ! そうなっちゃった、私!」
「なっちゃったて!」
空中のユノ殿が怒りマークを撒き散らしながら吠える。それはそうでしょうな、とスーツ姿の拙者たちは揃って上空を見上げた。あ、この衣装の出どころに関してもう解説は要らぬでござろうな。
「な、なにしてくれてるんだ、このクソ魔族ども!? いや待て、落ち着けボク。あれはステージを盛り上げて、カノンちゃんの歌の効果を引き出すための演出。そう、あくまで演出だ──」
「いや、あの者はたしかに魔王の地位に収まっておるぞ」
「はあ!?」
「四天王たちから、我の『魔王紋』の気配が消えておる。いや──書き換えられておるわ」
ライブTの胸付近をさすり、元魔王──善太殿が告げる。拙者たちは互いに横目で合図し、揃いの黒手袋を取り去った。
『その通り。我ら四天王はもはや、ルーワイ魔王軍ならず』
それぞれの手の甲に、花と月を模した美しい紋様が浮かび上がる。
『我らが忠誠を誓いしは、ここにおわす新たなる魔王──花月カノン様、ただお一人にござる!』
*
「──『魔王紋』の書き換え、ですと?」
「ああ」
およそ十五分ほど前のこと。アリーナの様子が見えるガラス張りの控え室に、全員が集合を果たしていた。
「花月と『魔招輪』の相性は悪くねえ。だが、腕輪が記録しているのはあくまでルーワイの『魔王紋』だ」
「そうだな。ルーワイが命令を込めた時はいつも、もっと熱するように強く痛む」
「でもカノンちゃんからの魔力は、むしろ心地よかったわよ」
それぞれが因縁ある紋に手を遣り、同胞たちは首を傾げている。拙者はなんとなく魔術師の狙いを察し、挙手してみた。
「もっとスムーズに『魔招輪』、そして拙者たちに力を伝達するためには、拙者たちが心許せる相手の『紋』を刻む必要があるということでござるか」
「そうだ。つまり、花月に新たな魔王を襲名してもらうってこったな」
「ははあ、なるほどなるほ──どおおおおお!?」
「えええ!?」
拙者と姐御の仰天が重なる。リーダーも赤い角の下、同じ色の瞳を丸くした。こちらの驚きをうるさそうに受け流し、アスイール殿が説明する。
「時間がねえんだ、ごちゃごちゃ言うな」
「し、しかし、アス! カノン殿を魔王にするなど、めちゃくちゃでござるぞ」
「現実的な提案だぜ。花月が歌うことで生じる魔力、それらを百パーセント享受するためには、本人専用の『魔王紋』が要る」
「!」
この提案に、拙者と同胞たちは黙り込んだ。たしかに状況だけ見れば、このコピー空間で得られる魔力は、歌い手たちから発せられる分量のみ。ただでも異世界で弱体化している拙者たち四天王が本来の力を発揮するには、歌の恩恵を受けるしかない──のでござるが。
「一応、ほかの案もあるぜ。その一。ルーワイに『魔招輪』を返還し、今までどおり支配してもらう。ただしオレたちは心から従っているわけじゃねえから、紋は激しく痛む」
「「「絶対反対」」」
「その二。星城ユノに腕輪を譲り、新たな紋を刻んでもらう。オレの予想ではあのプライド高い勇者を魔族の王に据えるため説得してる間に、世界が滅ぶ」
「どちらの案も詰みまくりなのでござるが!?」
「あの、アスさん」
どうにか他の案をと頭を捻っていた拙者たちの前に、シンガーが進み出る。黒マント姿の魔術師を見上げ、カノン殿はまるで美容院で髪型をオーダーするかのごとく言った。
「それ、やっちゃってください」
「か、カノン殿!?」
「……一応、リスクの説明もしておく。オレたちと『紋』で繋がれば、お前は魔力の存在を感知できるようになる。今までとはおそらく、世界の見え方が変わってくるぜ」
「お化けが見えるかもしれないってことですか!?」
「リスクじゃなかったか。お前にとっちゃ」
目をキラキラさせて興奮している花月殿に、アスイール殿が珍しく苦笑した。キャッツーランドのホラーハウスではたしかに、拙者のほうが震えておりましたしな。いや、そんな場合ではござらん。
「カノン殿! それはある意味、魔族の仲間入りをするようなものですぞ!? 拙者たちの戦いに巻き込まれた身で、そこまで──」
「するよ、私。ガルくんたちその『紋』のこと、あまり好きじゃないんだよね?」
「ええ、それは……そうでござるが。無理矢理刻まれたものですからな」
「でも私の『紋』ならつけてもいいかもって、考えてくれたってことでしょう」
「!」
ちょっと待つでござる。なにやらドキドキする言い方に拙者、かなり心がグラついてきたのでござるが。見ると、他の同胞たちもちょっとソワソワしはじめている。まさか四天王の職業病ってやつでござるか!?
「みんなのこと、絶対に酷い扱いなんかしない。王様なんてよくわからないし、この先もずっと──良い友達でいたいから」
「カノンちゃああん! 良い子すぎ!! 決めた。あたし、この子についてくわ!」
「『花月軍四天王』か。うん、悪くないな! 俺もぜひ頼む」
「ガル、てめえはどうする?」
「せ、拙者は──」
「ガルくん」
姐御の背を抱いたまま、美しき『新魔王候補』は拙者に手を差し伸べた。
「私のものになってくれない? 大事にするから」
「!」
もしや拙者の知らぬところで、『王様』キャラでも演じたことがあるのでござろうか。そんな馬鹿げた考えが浮かぶほど、我が推しの笑顔は凛としている。拙者はその手を無意識に取りつつ、オトメな声でお返事するしかなかった。
「は……ハイで、ござる……」
*
「──などというハイライトがありましてな。拙者たちはめでたく全員、カノン様の配下になったというわけでござる」
「もう、ガルくん。『様』はやめてってば」
「はは申し訳ござらん。染みついた忠臣グセがつい」
改めて新生魔王に拍手を送る拙者たちと、アイドル衣装の中で照れるカノン殿。その和やかなステージ上に、すかさず空中から勇者殿の不服そうな声が落ちてきた。
「どんなワケだ、いちいちビジョンに投影するなっ! カノンちゃん、なんて大変なことを」
「良いではないか。この世界にはどうせ他に、魔王が動かねばならぬ局面などないであろうし。力を振るうのも、今宵のみと思えば」
「う、うぐぅ……!」
善太殿──元魔王は、その地位を奪取されたというのに涼しい顔をしている。拙者は密かに安堵した。やはり彼はもう、玉座への執着など持ち合わせてはおらぬのでござろう。
『オオオオオ』
巨大なゴーレムが重厚な雄叫びを上げ、また頭上の裂け目を大きく開く。拙者たちはスーツのタイを締め直し、一斉に新王の横に並び立った。
「歌ってくだされ、我らが魔王殿。いつものように鮮やかに、そして雄々しく──そのすべてが、拙者たちの力になりますゆえ」
「うん!」
施設の備品室から拝借し、拡声魔術を込めたマイクを渡す。拙者は意識を集中させ、管理室に置いてきた魔力のかけらを手繰った。こういう操作術はアスイール殿の得意分野でござるが、機械類と拙者の魔力は相性がいい。それにスマホから移した音源のセレクトは、拙者にしかできまい。
アリーナの照明が一斉に収束され、リアルに降臨した『蒼き歌姫』を照らし出す。
『ではでは、テンションアゲて参りましょうぞ! 一曲目はシンガー花月カノンのネットデビュー曲──「wish」!』
編集で何百回と聴いた、爽やかなイントロがアリーナに流れはじめる。飛び回っていた小型ゴーレムたちが、一斉にこちらにぐりんと向き直った。無数の赤い目が、警戒を露わにして明滅する。
『青く、遠く、届かない──そんな場所を目指してた』
拙者たちがこの世界に降り立った場所で歌われた、その曲。ああ、やはり生歌は段違いでござる。スーツに包まれた身体が軽くなり、指先にまであたたかい力に満ちていく。
「はは、すごいな──魔界にいた頃みたいじゃないか!!」
スーツが燃え上がらないのが不思議なほどの灼熱した魔力をまとい、メラゴ殿が宙へと飛び出した。勇者と魔王が開けた道を弾丸よろしく翔け、蜂の群れのごときゴーレムたちの軍勢に突っ込んでいく。
『その手が救ってくれたんだ、灰色の世界から──』
手にした大太刀を振り抜いた刹那、炎をまとった巨大な竜巻が生じる。その熱波は遠く離れた拙者の元まで届くほどでござった。吸い込まれたさまざまなガラクタたちが、あっという間に灰と化す。
「あ、あれが四天王本来の力……! でも、なぜだ!? あれほど大きな力をぶつけているのに、場の魔力が膨れていない」
「うむ。むしろ、屠った分だけ収縮しておるな。新たな魔王は、我とは違う性質の歌声を持つのであろうよ」
元魔王の見解はビンゴでござる。悪辣上司から注がれる魔力に支配された時、拙者たちの思考は飢えた獣のように獰猛なものになる。それは敵を蹂躙する上では最高の力かもしれぬが、結局は拙者たちの精神を蝕むものでござった。
『二曲目は冬にぴったりの、「blue」。聴いてください──』
対してカノン殿が生み出す魔力は、まるで清涼な湧き水のよう。気づけば心の奥にまで流れ込み、乾いた心に染み込んでいくかのごとき清らかさがある。それは恨みと無念が動力源のゴーレムたちがずっと求めていた、安らぎを与えてくれるものではなかろうか──というのが、我らの頭脳である魔術師の見解でござる。
『どんなに転んでも、見上げた先にある青。それが、ぼくらの色だった──』
疾走感のあるメロディと並走するように、アリーナのコンクリート上に氷の平原が広がった。蠢くようにこちらへ迫ってきていた無数のミニゴーレムたちが、一瞬にして凍てついていく。
「スケートリンクにしちまって悪いな! 入場料はいらねえから、たっぷり楽しんでいけよ」
細身の黒スーツを着こなした色男が、水色の髪をなびかせて嗤う。テンションハイでござるな。際限なく魔術を行使できるこの環境に、すっかり魅入られているらしい。
ばきばきと音を上げ、巨大ゴーレムの両脚を駆け上がる氷の波。ありがたい御神木とかよりも太いその二本の柱めがけて、スーツの背に蝶の羽を携えた美女が滑空していく。
「鱗粉飛ばしたり、幻術を仕掛けるのは面白いわ。でもあたしが本当に得意なのはね──普通にステゴロだったりすんのよッ!」
『ゴアアアア』
妖艶キャラを度外視した強烈なパンチが、巨大ゴーレムの脚を砕く。どこのカメラを意識しているのか、振り向いたピンク髪の中からイタズラっぽい笑みが覗いた。
「あ、ダーリンにはナイショね♡」
片足を砕かれて大きくバランスを崩したゴーレムは、ようやく拙者たちの存在を認識したかのようにゆっくりと体勢を変えはじめる。緩慢な動作で巨体がこちらに向き直り、雑居ビルほどもありそうな腕ががむしゃらに振りかぶられた。
「ガルシ! ボクにも歌える曲はあるか」
「ユノ殿!? そ、そのお姿は」
ステージに降下してきた勇者──いや、それはまごうことなきアイドル美少女でござった。白と赤を基調にした、ふんわりと広がったミニスカート。チェック柄のタイツに、リボン付きのフェミニンな袖。まさしく、そのお姿は──!
「大天使ユノっち降臨、であるな……。我、瀕死也」
「うっさい、急に召されようとするな! カノンちゃんとのステージだ、ボクも本気でいく」
「ユノ! わかった──じゃあ、あの曲しかないよね」
「うん!」
放心状態の善太殿を抱えて拙者はステージ後方へと下がり、歌姫たちに広く「戦場」を明け渡した。セレクト曲はもちろん、『らぶ♡ぎぶ』初の劇場版にて、激しく喧嘩した『いちご』と『ラムネ』が仲直りする時に歌ったデュエット──『わたしたちのtomorrow』。
『どうやって笑っていたんだろう? 毎日、きみと──』
『──おしえてよ、「また明日ね」の言い方を──……』
マイクを持っていない手を互いに握り、黒と白の歌姫は見つめ合う。夕日の中で微笑み合うヒロインたちという、拙者を何度も涙の海に叩き落としてきた名シーンが目の前で上映されているかのようでござった。当然拙者、泣いておりますが何か?
『大好きだよ──』
『──ずっと』
『ごめんね』
『わたしも』
『『ありがとう──……』』
重なり合う声が生み出す魔力が、拙者たちにさらなる力を与える。戦場狭しと飛び回る三色の光──同胞たちが、ゴーレムの巨体を次々に削り取り、浄化していく。両腕が弾け飛んだゴーレムの頭上で、現実世界への裂け目がふっと閉じた。
こめかみに指を当てて音源の操作に集中していた拙者は、ふと気配を感じて顔を上げた。
「ガルシよ。終焉だ」
「善太殿……鼻血、大丈夫でござるか」
「不可抗力だ、気にするな」
世界一尊いものを見たという悟りに近い表情を引き締め、善太殿は拙者を見据える。
「お前の戦鎚で、あの哀れなガラクタどもを──その核となっている『魔招輪』のレプリカごと、打ち砕いてやれ」
「!」
「剛魔が持つ力であれば、わだかまった呪いを祓うこともできよう。いや、きっと……誰よりも『甘ちゃん』である、お前にしかできぬことよ」
動けなくなってもなお、嘆きの声を発し続けているゴーレムを見る。拙者はスーツのポケットから取り出した得物を元の大きさに戻し、しっかりと握った。
「ガルくん。私も、連れて行って」
「カノン殿」
「近くで歌ったほうがいいでしょう?」
デュエットを歌い終えた歌姫が、静かな足取りで拙者の元へ歩いてくる。上空の姐御が、ウインクと共に指を鳴らした。
「ラストソングに相応しい衣装が必要だわね!」
動きやすそうだったスカートの裾が伸び、青い花びらのようなトレーンが出現した。細い腰を囲うドレスには星をまぶしたかのように真珠があしらわれ、シルクの手袋が色白の腕を包む。
「それに──最後に歌いたい曲はもう、決めてあるから」




