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拙者と推しと、ラブソング。  作者: 文遠ぶん
最終章 アニヲタ魔族、推しに告る。
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第42話 サファイアの赦し

「お前ら、遅ェぞ! 何してやがった」


 地上に降下し、仲間たちと合流した拙者とカノン殿。ゴーレムを抑えてくれている二人のこと、そしてこのままでは世界に危機が訪れることを説明した。


 おおむねこちらも予測していたのでござろう、兄貴分は暗い顔で呻く。


「やっぱりか……。だがオレたちが持つ攻撃手段だけじゃ、あのゴーレムは放置も撃破もできねえぞ」

「じゃあまた『理の歪み』が起きて、どこかの世界へ飛ばされるってこと!? そんなのイヤよ!」

「落ち着け、キティ。何か考えがあるんだろう、ガルシ? そういう目をしている」


 涙目になった美女に笑いかけたあと、リーダーが拙者を見つめる。これまで拙者は戦いに関し、あまり積極的に策を提案したことはなかった。しかし今だけは、ヲタクである拙者が指揮を執るべきでござろう。


「巨大ゴーレムからの妨害もあるでござろうし、皆の魔力も限界まで頑張ってもらうことになると思いまする。それでも……」

「やるさ、もちろん! なんでも言ってくれ」

「お前の閃きはバカにできねえからな。話せ」

「頼りにしてるわよ、ガル!」


 前置きと注意喚起がバカバカしくなるほどにまっすぐな、仲間たちからの信頼。思わず笑んだ拙者の衣服がクイと引っ張られ、唯一の人間が急いで言う。


「私だけ客席に座っていろだなんて言わないよね? ガルくん」

「無論でござるよ。むしろこのアリーナは、今から貴女のものになりましょうぞ」

「え?」


 きょとんとするカノン殿にうなずき、拙者は頼りになる仲間たちを見回した。


「花月カノン、単独アリーナライブ──今宵、ゲリラ決行にござる!」





 仲間たちに指示を出したあと、拙者はひとり施設の管理室を訪れていた。音響設備に関する操作盤は一見して「それっぽい」が、やはりアスイール殿が言っていたようにすべて現実と一致しているわけではなさそうでござる。


「ふむ、このへんでござろうか。パチっとな」


 事実、拙者が指先で盤に微弱な電流を流すと、容易にシステムが立ち上がった。床に崩れているミニゴーレムの残骸を見るに、操るのはそう難しくはない仕様なのでござろう。ユノ殿はこの部屋に居ずして施設の設備を掌握していた。拙者の魔力を流し込み、リンクさせておけば……。


 指を動かすと、チチチと音を上げて操作盤のダイヤルが回った。


「よし!」


 利用できるモノはありがたく使わせていただくにかぎる。これでもっと、アリーナという戦場をフルに使えるというもの──。


「ガルくん」


 廊下から控えめに部屋を覗き込んでいたのは、これからの作戦の要となるシンガーでござった。


「カノン殿、どうしたでござる? キティ殿と一緒にいたはずでは」

「うん。でも私の身体の()()はわかったから、もうやることはないって。少し集中したいから、ガルくんを手伝ってあげてって」

「……左様でしたか」


 失礼ながら、拙者が担当する作業においてカノン殿に出ていただく場面はない。姐御は十分にそのことを承知しつつ、彼女を拙者の元へと寄越したのでござろう。拙者がひとり苦笑していると、そっと入室してきた美女が物珍しそうな様子で操作盤を見る。


「わ、すごい設備! さすがアリーナだね」

「ですなあ。しかしこの空間の持ち主であるユノ殿のイメージに依る部分が大きいので、リアルと同じと思ってはいけませんぞ」

「……ありがとう、ガルくん。ユノのこと」

 

 床に落ちていたがらくたの中から、シンガーはおもちゃのマイクを拾い上げる。プラスチック製のそのマイクに目を落としたまま、彼女は続けた。


「あなたが善太くんを助けなかったら、私の親友は人殺しになってたかもしれない」

「……。それであれば拙者も、お話ししておくべきことがあるでござる」

「?」


 拙者を見上げる、色白のお顔。魔力節約のため電力は操作盤に最小限与えただけなので、部屋は薄暗い。その中でも彼女の大きな黒目は、その微弱な照明を吸い込んで輝いている。


「拙者は、昔──多くの人間をあやめたことがありまする」

「……!」


 これから味方してくれようという人間に、決戦前に打ち明けることではないかもしれぬ。しかし拙者はもう、彼女に自分を「良く見て」ほしくはなかったのでござる。


「誓って、みずから望んだ行為でありませぬ。しかし事実、多くの者が……拙者の攻撃にて、命を散らした。ユノ殿が言うように、魔族という存在は──カノン殿たち人間にとって」

「大丈夫」

「!」


 柔らかい言葉と共に、拙者の剥き出しの両椀があたたかいものに包まれる。いつものダウンは前の部屋に置いてきたのでござろうか、見慣れたニットセーターの細腕が拙者の視界に映った。


「辛かったね。ガルくんは優しいから、きっと……ずっとそれを抱えてきたんでしょう」

「……」

「でも、もういいんだよ。辛かったことも、悲しかったことも、全部──ここへ繋がってるから。何ひとつ、無駄なことじゃなかった。だから……自分を叱らないで」


 拙者を抱きしめたままのカノン殿が、静かに背をさすってくれる。拙者の視界が、急に不明瞭になった。


「……っ」


 ずっと拙者の心の奥に居座っていた冷たく重い感情が、それだけで音もなくほどけていく。同胞たちの言葉ではすべて溶かしきれなかった、その濁った雪のような塊。それらがあたたかな水となって、閉じた目からこぼれ落ちた。


 電子の光が涙に溶け、視界の中できらきらと揺れる。

 まるで彼女を象徴する、澄んだ蒼玉サファイアのように。


「このまま、少し……時間を、くれませぬか……」

「うん」


 拙者は片腕をそっと彼女の背に添え、柔らかな黒髪が滑る肩にみずからの顔を埋めた。これほど華奢な身体のどこに、そのような強さを秘めているのでござろう。拙者は流れる涙をそのままに、しばしその温かさに身を預けていた。


「えっと、この体勢つらい? 膝枕とかする?」

「そ、それは大丈夫でござるっ!! ご心配かけ申した」


 ありがた──いや気恥ずかしすぎるその提案を遠慮しつつ、拙者は身を起こした。つられて少し涙ぐんだのか、カノン殿の目元も赤かった。二人でしばし笑い、拙者たちは古びたパイプ椅子に向かい合って腰をおろす。見上げていただいてばかりでは、歌姫が首を痛めてしまうかもしれませぬからな。


「では、気を取り直して……。カノン殿のほうは、準備は大丈夫でござるか。といっても主に、心の準備となりまするが」

「うん。たぶん大丈夫。さっき喉は温めたし」


 ぐっと拳を握ってみせる彼女に、拙者も小さくうなずいてみせる。


「もしこの作戦に失敗したら世界の理が歪み、このコピー空間のみならず──リアルの世界が、無事では済まなくなりまする。でも拙者は必ず、この命に換えてもカノン殿を守るでござるよ」

「……そっか。私たち、大変なことに挑もうとしてるんだね」

「あっ。プレッシャーを与えたいわけでは」

「わかってる。でももし、失敗しても──その時は、ガルくんと一緒にファンタジーな世界に行くのもいいかなって」

「!? なっ」


 失敗を恐れていないのは、実に頼もしいでござる。しかしその言葉は、まったく拙者の予想外のこと。パイプ椅子が悲鳴を上げるのを無視し、拙者は身を乗り出した。


「り、旅行ではござらんぞ! こちらに戻れる可能性はほぼ無い上に、文明など……マイクなどのオーディオ機器はもちろん、カノン殿の歌声を発信できるネットワークすら存在しない世界でござるよ!? そんなところ──」


 キッと軋んだのは、自分の下にあるパイプ椅子ではない。そう気づいた時にはすでに、拙者の唇に何か柔らかいものが触れていた。


「っ」


 殺風景な管理室に不似合いな甘い花の香りが、拙者の鼻先をくすぐる。視界のほとんどを占める黒髪がさらりと揺れ、微量な照明に透けて輝いた。


 呼吸も時間も、止まる。

 唇に宿る熱だけが、拙者が感じたすべてだった。


「──いいよ。私、どこだって歌うから」


 拙者の頬にそっと指を添え、唇を離したシンガーがささやく。


「誰もいない平原でも、雪が積もった山の上でも。潮騒に負けてしまいそうな浜辺でだって。あなたが聴いてくれるなら、私にとってはどこだって──最高のステージなんだから!」

「カノン殿……」

「もちろん結果はわからない。でもそんなこと、最初からそうだったじゃない?」

「!」


 頬を紅潮させて語る顔には、いつも拙者を元気づけてくれた笑顔が咲いている。


(ああ。そうでござった)


 テレビアニメの中から、眩いライブハウスのステージから。ロケ地とは言えないようなビルの屋上でも、公園の中でも──いつも決して揺るがないこの笑顔と声は、今も拙者を惹きつけてやまないもの。だから拙者も、編集用マウスを握る手を迷わせることはなかった。今度はそれが、()()()に変わるだけ。


「はい。これまでのように、拙者たちは全力でやってみるのみでござるよ!」

「うん! 演出よろしくお願いします、プロデューサーさん」

「承りましたぞ」


 しっかりと視線を交わしたところで、見計らったかのように入り口に細い人影が現れる。いや、タイミングが良すぎではござらんか?


「んふふー、ちょっといい? お二人さん」

「キティ!? ま、まさか見て」

「見てないわよぉ、失礼ねー。んふふふ」

「その笑顔おおお!」

「どうしたんですか、キティさん?」


 悶絶している拙者を置いて、カノン殿が姐御を出迎える。顔から湯気を上げつつ、拙者もそのあとに続いた。


「アリーナ組から連絡があったわよ。でも始める前に、相談しておきたいことがあるから集まってほしいんですって」

「? 何でござろう」


 連絡用通路を駆けつつ、皆で顔を傾ける。その数分後、拙者たちは兄貴分から驚くべき提案を聞くことになるのでござった。





「はあ、はあっ……くそ、キリがない!」


 向かってくる小型ゴーレムを大剣で薙ぎ払いつつ、元勇者である少女は吠えた。こちらに見向きもしない超大型ゴーレムは、ぞっとするような嘆き声を放ちながら空間の天井を引き裂いている。


 すでに失った頭の直径ほどに広がった、その裂け目。そこから放出される魔力の濃さに、少女は焦りを募らせた。


「あいつが通り抜けられる大きさになったら、世界は終わる……。勇者であるボクが、滅びをもたらすかもしれないなんて……!」


 戦闘しつつ持ち曲をフルで歌い続けている喉が、さすがに疲弊を訴えている。それはとなりで戦っていたはずの高校生──元魔王もそうなのだが、彼の金色の瞳にはむしろ楽しげな光が浮かんでいた。


「いいや、なんとも見事なゴーレムを作り上げたものではないか。世に放てば、一夜で世界を手に入れられるやもしれぬぞ。さすが我のユノ」

「褒めてるのかそれ!? あと誰がお前のモノになったんだ、ばか!」

「……い……」

「純粋にこわい!」


 頬を染め、共闘者をじっと見る青年。その前に飛来してきた掃除機を叩き落とし、少女は彼の赤いライブTシャツの胸ぐらを掴んで叫んだ。


「真面目にやれっ! 生きて帰れたら、サインでもなんでもしてやるから!!」

「ぬう!? なんでもと言ったか」

「勇者に二言はない!」

「おおお!! 『やる気満タン☆五百億ベット』! 元魔王の底力、見せてくれようぞ!」

「あーっやっぱ待て、待て! 全力でいったらダメなんだった、くそぉ!」


 赤い髪を掻きむしり、もどかしそうに顔を歪める美少女。漆黒の剣を握ったまま、そんな彼女に見惚れているアニヲタ高校生。その奇妙なタッグは同時に、ハッとした様子で目を丸くした。


 ぐんとアリーナの照明が絞られる。魔術師の指示で地上に組み上げられていた鉄骨のステージに、ビームライトが注がれた。


「あれは……!」


 四人の男女が、並んで片膝をついている。黒のスーツであることは全員同じだが、タイを結んだシャツの色は男三人が赤、青、黄の原色、女はビビッドなピンクという派手さ。胸に手を添え恭しく垂れた頭の一部には何やら、角や触覚を有している者もいた。


『レディース&ジェントルメン&ゴーレムの皆様──図が高ぁぁいでござるぞ!』

「!?」


 長い金髪を後頭部でまとめた男が立ち上がり、拡声された声をアリーナへと轟かせる。どこからか立ち込めるスモークの中、ステージの奥からすらりとした女が姿を現した。


『とくにそこの、どデカゴーレム! 打ち震えるが良いでござろう──今宵、歴史的瞬間にして地上最大の幸運である、この舞台に立ち会えたことを!』


 黒と青を基調にした、大人っぽさがありながらもスパイシーな可愛さが光るアイドル衣装。艶やかな黒髪の下、灰色の猫面の瞳が笑っている。


 空中にいた美少女はその場で固まり、となりの青年は可笑しそうに口の端を持ち上げる。


「なっ……ま、ま、まさか」

「まさかであろうなあ」


 そんなつぶやきなど届くはずもないステージの上。女が黒いレースに包まれた手を仮面に添える。ゆっくりと外されたその面の下から現れたのは、満天の星空を思わせる光をたたえた漆黒の瞳。



()()()()──花月カノン。ファンタジースペシャルライブ、スタートでござる!』



※本日も4話分更新し、完結予定です!


<以降の更新時刻>

12:10

16:10

20:10

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