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拙者と推しと、ラブソング。  作者: 文遠ぶん
最終章 アニヲタ魔族、推しに告る。
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第41話 推しの前ではみな戦友-とも-

 暗くなった大型ビジョンを見つめていた勇者──ユノ殿が、震える声でつぶやく。


「でも、ボクが……そんな、ただの人間みたいに生きるなんて」


 美少女には不釣り合いな、光り輝く大剣。手にしたその得物に目を落とし、ユノ殿は続けた。


「何度も『人間』になろうとした。今までの使命なんか忘れて、ただの女の子として生きようと」

「ユノ……」

「でも疼くんだよ。ボクの魂に刻まれた──勇者たちの、無念が」


 空いている手できゅっと肩を抱き、美少女は歯を食いしばる。


「まだ魔族はどこかで生きている……終わらせてくれと。『勇者』として魔王と戦い、散れと。そんなことしたって、もう『情報』を渡す機関だってないのに」


 拙者はなんとも言えぬ気持ちで、心中を吐き出す彼女を見つめた。そう、この世界に来た時点で、『勇者』の使命など果たせぬのは明確。それでもその使命を放棄しなかった──できなかった苦しみは、如何ほどのものでござろうか。


「使命より何よりお前はただ、守りたかっただけなんじゃねえのか。オレたち魔族──『悪しき存在(ヴィラン)』から、大事な奴らをな」

「!」


 それまで黙っていたアスイール殿の言葉に、勇者は蒼い目を大きくする。


「花月がこの空間に落とされてきた時。お前、オレたちの衝撃緩和の術に力を乗せたろ」

「……」

「人間が一人地面に落ちて死のうが、勇者サマの『大義』の前にゃ些細な犠牲だ。だがお前は花月を助けた。受け止めたガルシから、彼女を奪い返そうともした──それは何故だ?」


 すべての視線が、沈黙する勇者へと集まる。注目されることなど慣れているはずの人物はしかし、怯えたように顔を伏せた。


「死なせたく……なかったんだ。おかしいだろ。さんざん利用して、怪我もさせたのにさ」

「そんなの当たり前でしょ! ダチが死ぬところなんて、誰も見たくないわよ。それに長く付き合ってたら、ちょっとの怪我くらいさせるもんだわ」

「なるほど! 俺はお前に片手を吹き飛ばされたことがあるが、そういうことか!」

「そういうことよ」


 いや、さすがにそれはそういうことではござらん。同胞たちにツッコみたい気持ちを抑え、拙者はユノ殿を見た。


「もう良いではござらんか、ユノ殿。仕事など本来、個人が自由に選ぶべきもの。ブラック組織は早々に辞するが勝ちでござる!」

「ガルシ……」


 拙者の前方にいる善太殿の肩が、ほんの少し揺れた気がした。しかし拙者は構わず、明るい声で主張を続ける。


「せっかく手に入れた、この素晴らしき世界でのリスタート。何もかも忘れて、エンジョイしたらいいのでござるよ! どう思いまする、同胞たち?」

「「「賛成!」」」


 乾杯するように拳を高く掲げる魔族たちを見回し、美少女がぽかんと口を開ける。


「まだ君は若いし、魔族を斬ってはいない。俺は歓迎するぞ」

「示談で済むなら安いモンだ。今日の残業代は出ねえけどな」

「あ、じゃあ奢ってもらいましょうよ。それくらいいいでしょ、スーパースターさん?」

「お、お前ら……」


 きっと人間軍にさんざん刷り込まれたであろう、『魔族』像。それと目の前の拙者たちに乖離がありすぎて、フリーズしてしまったのでしょうな。こんなものでござるよ、魔族って。


「心配なさらずとも、今のユノ殿は──人間でござるよ」

「……!」

「生まれた地を愛し、友人と青春時代を過ごし、時にはどんな手段を使ってでも、脅威となる者と戦う。その中で泣いて怒って、たくさん笑って……実にせわしく美しい、人間の生き様そのものでござる。他でもない『魔族』である拙者が、太鼓判を押しますぞ!」


 深くうなずいて同意を示す仲間たち。その輪の中からタッとカノン殿が走り出た。もう拙者がついていく必要はないでござろう。彼女は黒髪をなびかせて友人に飛びつき、力強く抱きしめる。


「また歌おうよ、ユノ。私もあなたの歌が──あなたが、大好きだよ」

「……っ!!」


 蒼い瞳にくすぶっていた影が薄れる。かわりにあふれたのは、アリーナの照明をたっぷりと含んで輝く涙でござった。


「ふぇ……ごめんっ……、ごめんねえ、カノンちゃぁん……っ!!」

「うん、うん」


 しばしの時が流れる。勇者は赤くなった目で拙者たちを気恥ずかしそうに見回したあと、やはり最後に宿敵──元魔王を見遣る。


「お……お前はそれでいいのか、ルーワイ。今は大人しくしておいて、時が来ればまた世界を牛耳ろうと考えているんじゃないだろうな」

「ないな。そのようなことよりも我は今、上手い串の焼き方をマスターするのに忙しい」

「幾度となく街や森を焼いてきた者の言葉など信じられるか!」

「ではこの世界に倣い、平和を誓う証としてサインでも交わすとしよう」


 そう宣言し、高校生殿はがばっと学ランを脱いだ。おお、マンガ不良の定番な赤Tシャツ。意外とワルなのでござろうか、善太殿……などと思っていた拙者の目に、見覚えのあるロゴプリントが飛び込んでくる。あれ?


「おお、不思議とサイン用のマジックを持っておったわ。さあ勇者よ、この赤き布地の背に大きく名を記すがいい。さすればこのTシャツは記念すべき、人類と魔族の平和を謳う旗となろうぞ」

「ふん、やけに用意がいいな……ってこれ、ボクのファーストライブ記念Tシャツじゃないか!?」


 慣れた手つきでマジックを手にしたユノ殿が、Tシャツを指差して仰天する。すかさず拙者が解説を挟む。


「や、やはり! チケットは五秒で売り切れ、争奪戦に敗れた戦士たちの山からあふれる涙で川が築かれたという、あの伝説のライブ──その物販品! 幻のお宝であるそのTシャツを、なぜ善太殿が……!?」

「我が『ユノっち』のファンだからに決まっておろうが、阿呆」

「はああああ!?」


 最後の絶叫には、カノン殿以外の全員の声が含まれているでござる。やがて善太殿はゴーレムの硬い金属の上に膝を立て、小柄な美少女を真摯な目で見つめた。いや、あれは真摯というか、まさしく──。


「……い……!」

「な、えっ、おま」

「我が()()、星城ユノよ。こうして相見える日が来るとは思わなんだ。実物が画面越しよりも可愛さ二百パーセント増しという現実に、我は打ち震えておる」


 固まっているユノ殿の細い手をそっと取り、かつて魔界を牛耳っていた男はスマートな仕草でその手の甲に唇を寄せた。


「我のせいで長年辛い想いをさせた。この首、推しの心の安寧のためであれば惜しくはなかったが……そなたは今宵、違う生き方を選んだ」

「は」

「であれば我も、今後はそなたの生が喜びに満ち溢れるよう、力のかぎり尽くすと誓おう」


 驚き尽くして干からびたように思われた空気が、その申し出にまた騒がしくなる。中でも拙者の驚きの声が一番大きかった。


「うええええーーっ!?!? ぜっ、ぜん、善太殿おおおお!?!? あ、貴方はまさか──ヲタクだったのでござるか!?」

「うむ。今はお前と同じく、推し活エンジョイ勢だ。正直、お前が店で『らぶ♡ぎぶ』のネタを振るたびに体が反応しそうになるので苦労しておる。もちろん我は『いちご』推しだが」

「マジにござるかああ! こんなところに同志が!」


 一気にボルテージが沸騰した拙者と、ようやく吐露できた開放感からニヤリと笑む善太殿。うむ、この澄んだ瞳に偽りなし。ちなみに彼の推しの美少女はもう思考停止し、モノクロになっていらっしゃった。


 すべてが丸く収まりそうな希望が見えた瞬間、嘆くような咆哮がアリーナの隅々にまで響き渡った。


『ゴアアアアーーッ!!』

「!?」


 しばらく沈黙していたゴーレムが、ふたたび命を吹き込まれたように稼働しはじめていた。びりびりと肌を叩くその叫びに顔を歪めつつ、拙者はゆっくりと傾きはじめたそのボディの上を滑走する。飛び出した椅子の足にしがみついていたカノン殿を抱き上げ、浮遊魔術をかけながら宙へ飛んだ。


 全員が退避した直後、ゴーレムは長い両腕を真上へと持ち上げた。雨のように降る大小さまざまなガラクタたちを避けつつ、拙者たちは巨体を見上げる。


「なんでござる!? ゴーレムが」

「何かしやがったのか、勇者!」


 すぐさま兄貴分のするどい糾弾が飛ぶが、ゴーレムの創造主である美少女は赤い頭をぶんぶんと振った。


「ちがう、ボクじゃない! ぶっちゃけ存在もしばらく忘れてたくらいだ!!」

「だから怒っているのであろうよ、ユノ」

「馴れ馴れしくするなっ! こっちの世界ではボクより年下のくせに」

「ところでサインはしてくれぬのか。してください、ユノさん」

「都合のいいところだけ年下ぶるなぁーッ!!」


 すぐ近くに浮いている善太殿に噛みつくユノ殿は、本当に今はゴーレムを操る余裕など失くしているように見える。拙者の腕の中から、カノン殿がアリーナの天井を指差した。


「ガルくん、あれ! 私がここに来た時の!」

「あれは、現実世界との裂け目──まさか、向こうへ出るつもりでござるか!?」


 ゴーレムの指先から、まわりの空間に巨大な裂け目が生じていた。カノン殿や善太殿が現れたものとは比較にならない大きさでござる。付近では両空間の魔力がぶつかり合っているのでござろう、ガラクタたちが小惑星のようにわらわらと浮遊し、渦を巻いている。


「捨てられた者たちの嘆きが、ゴーレムを突き動かす……勇者はそう言ってたな。つまりはこれがそうか」

「どういうことでござる、アスえもん!?」


 拙者の問いに、ゴーレムの声に耳を押さえつつ魔術師は苦々しく言った。


「こいつは復讐に行くつもりなんだよ。自分たちを捨てた人間どもにな」

「なっ……! しかしこんな巨大ロボが現実世界になど出たら」

「ああ。お終いだな」


 拙者の脳裏に、週末ロードショーで放映されていた恐竜パニック映画のシーンが浮かぶ。圧倒的強者であるメカ恐竜が、東京を火の海にしていく大迫力の物語。いやいや、そんなものは画面の向こうだけでやってもろて、でしかござらんぞ!?


『フユの日ザーシーにー、キャハハハッ、燃えーヨー、yo、yo!』

「やだ、なんなの、あの声……! さっきよりずっと、力、抜けるぅ……」

「皆、一度地上へ降りるぞ! ゴーレムの近くは危険だ」


 空中でよろりと傾いたキティリア殿を支えつつ、リーダーが叫ぶ。拙者たちはうなずき、ひとまず地上を目指して降下をはじめた。しかし途中で、ハッとした様子のカノン殿が急に身じろぎする。あぶなっ!


「ユノっ!」

「!」


 振り返った拙者の目に、驚きの光景が飛び込んでくる。暴走するゴーレムをバックに、大小ふたつの赤い背中が並んでいたのでござった。


「ユノ殿、善太殿っ!?」


 勇者と魔王。今は同じ色を纏った二人の間にはやはり、適度な距離がある。しかしその背中のどちらからも、退避の意思は感じられない。


「ひとつ訊かせろ、魔王。……ボクが『勇者』だってわかってたから、惹かれたのか?」

「そうではない。ガルシの紋を通じて挑発されるまで正直、そんなものの存在すら忘れておったわ」

「四天王にかけられた秘匿魔術、お前も一枚噛んでいただろう? あの堅牢さ、『氷帝』ひとりのものじゃない」

「それは否定せぬ。あやつらは、うちの大事な『常連様』ゆえな」

「……」


 不服そうに頬を膨らませた美少女は、亜空間を開いてぞんざいに手を突っ込む。取り出したのは二対のヘッドマイクでござった。


「拡声魔術を込めてある、つけておけ。大型スピーカーはもうないが、いけるか?」

「フフ、愚問よな。我を誰だと思うておる」

「クソ生意気な高校生──だよっ!!」


 ゴーレムから離れて飛んできた浮遊型の一体が、二人に突っ込んでくる。しかし口を開けた拙者が声を発するより早く、その一体は粉砕された。それを合図に、低くも美しい声が流れはじめる。


『星降る夜、生まれたキミを受け止めて。それをはじまりの日と呼んだ──……』


 う、上手い。なにやらもう理不尽なほど上手いでござる、善太殿!興奮したカノン殿も目をキラキラさせている。


「ボクの歌……!」


 選曲は『星城ユノ』ファーストシングル、『スターライト・アタッカー』。煌めくようなテクノサウンドの導入からは予想できない力強いサビへの繋がりがアツすぎる、隠れた名曲にござる。ううむ渋い!まさに古参ファンにしかできぬセレクトと言えよう──ではなく!


「ユノ殿! 『魔招輪』もないのに、ゴーレムと戦うおつもりで!?」

「ガルシ。ただの高校生が居残ってるんだぞ。勇者のボクが、おめおめと逃げられるか。それに、ボクの曲を好きに歌われちゃたまらない」

「ユノっ!」

「安心してよ、カノンちゃん。絶対にあのゴーレム、ボクらの()()には行かせないから」


 スレンダーなお身体から、ゆらりと紅き光が立ち昇る。発光しているストロベリーブロンドの中で、小さな顔がゆっくりとこちらに振り向く。


「もし……」


 海を思わせる蒼い瞳が拙者とカノン殿を捉え──可憐な唇が、柔らかく持ち上がった。


「もし、この戦いが終わっても、まだ友達でいてくれるなら」

「駄目! 大事な時にはそういうの言わないほうがいいって、ガルくんから教えてもらったんだから!」

「……ふふ。かわいいな、ボクの親友は。わかった。絶対に、また遊ぼう」

「うん!」


 完璧なウインクをこちらに投げ、曲の本来の歌い手がアリーナにのびのびと声を羽ばたかせる。


『いつかたどり着くから! あの日、捨てた、未来へ──……』

「ガルシよ」

「善太殿」


 滑らかに歌い手を交代した高校生が、汗を滲ませた顔を拙者に向ける。歌声でみずからの魔力を高められるとはいえ、この数相手には負担が大きいのでござろう。


「我らはゴーレムの足止めならできるが、撃破はできぬ。この空間の魔力はすでに限界まで膨張しつつあるのだ」

「それは、まさか──また、『理の歪み』が生じる恐れがあると!?」

「そうだ。ゆえに、大きな魔術は撃てぬ。しかしゴーレムが空間を最大までひらけばどちらにしろ、『歪み』を誘発する可能性が高いであろうな」

「そんな……!」


 最強の二人に任せ、拙者たちは観客席でお茶をすする──そんなわけにはいかぬということでござろう。時間がない。緊張から自然と下がった拙者の視界に、不安そうにこちらを見上げるシンガーの姿が映る。その手首で、黒い腕輪がきらりと光った。


「……!」

「ガルくん?」

「──分かり申した。拙者たちに少し、時間をくだされ」

「それで良い。最高の働きを期待しておるぞ」


 満足げな笑みを浮かべ、高校生は禍々しく歌うゴーレムの元へ飛んで行った。拙者は推しにしっかりとうなずき、宣言する。



「やるでござるよ──救世のライブパフォーマンスを!」

 


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