第38話 有能なキミの苦悩
「ガルシ! 無事か」
「あー、やっぱカノンちゃんだったのね! だいじょぶ?」
賑やかな声に拙者が振り向くと、浮遊魔術で仲間たちが駆けつけてくるのが見えた。さて黒マント男と巨大な羽持ち美女の登場に、人間たるカノン殿の反応やいかに。
「お久しぶりです、アスさんキティさん! わあ素敵、二人ともそれが元のお姿なんですね!」
「きゃっ♡ ありがとー! でもあたしの羽、あんま見つめちゃダメよ?」
「人間ベースのオレはともかく、せめて蝶人間には驚くべきだぜ花月。まあパニクって話ができねぇよりはいいか」
適応はやっ! キティリア殿の中華ドレス風装備にキャッキャしている女子たちを横目に、アスイール殿がアリーナの天井を指差して拙者に問う。
「彼女を連れて来たヤツの顔を見たか?」
「ノーでござる。すでに空間は閉じられておりますし」
「おそらく外部からは秘匿されているだろうこのコピー空間を見つけ、力ずくで裂け目を生じさせて花月を送り込む。常人の仕業じゃねえな」
「というか、やり方が完全に上位魔族の力ワザでござる。こんなことができるのは」
「とはいえ犯人は断定できねえ」
「アス殿。そろそろ現実を認めては」
拙者の乾いた声での指摘に、魔術師は水色の髪をがしがしと掻く。せっかくのさらさら直毛が乱れるが、それはそのまま兄貴分の心情を表しているようでござった。
「花月。オレたちの事情に巻き込んで悪いが、戦いが終わるまで大人しくしていてくれ。今から客席の一部に、防御術を──」
「そうだ! あの、アスさん。これ、何かわかりますか?」
興奮した顔で言い、花月殿はダウンの袖をごそごそと漁る。奥に入り込んでいたらしい「それ」を引っ張り出すと、拙者たちによく見えるよう腕を突き出した。
「武器なのかな。ビーム出るとか」
色白の手首に嵌っているのは、少しゴツめの腕輪でござった。黒曜石を思わせるつるりとした表面に、美しい紋様が刻まれている。そしてなにより異様なのは。
「な……まさか、それは」
装着主は気づいていないでござろう。しかしその宝飾品から立ち昇る魔力の濃さに、拙者たち魔族は揃って固まっていた。ついでに驚きの声も揃う。
「「「ま、『魔招輪』っ!?」」」
「ましょーりん?」
「カノン殿、それをどこで……というか、着けていてなんともないでござるか!? 呪われてしまった!とかの変なアナウンスが頭に響き渡ったりなどは」
「う、うん。なんともないよ」
その返答にとりあえずはほっとした拙者でござったが、アスイール殿は苦々しい顔で言った。
「その腕輪は、お前を拉致してきたヤツが?」
「うん。私を連れて来たひと──っていうか、『』なのですが」
「何?」
「あれ? 『』です。知りませんか?」
「ち、『名前抜き』か。もういい、大体見当はつく。その持ち主は一人しかいねえからな」
呆れた様子で言う魔術師にカノン殿は首を傾げるが、拙者は納得した。名前を言わせぬようにする、いたずらレベルの魔術。この緊張感あふれる戦場にそんなものを平気でぶっこんでくる人物にはひとり、心当たりがあるでござる。
「えっ、おもちゃが歩いてる!?」
ここが街中のカフェであればお話を続けられたでござろうが、敵の領域内となればそうはいかぬ。やがて大小さまざまなガラクタたちの足音が拙者たちの周りを取り囲んだ。
「ゆっくりプレゼンしてる暇はねえ。いいか花月、お前が知っているもので説明する。よく聞いてくれ」
「は、はい」
カノン殿を守るべく拙者たちは三方向に分かれて立ち、背中を合わせる。アスイール殿が動画の二倍速再生のような速さで言った。
「ここにいるお前以外のヤツらはみんな、他の世界──『らぶ♡ぎぶ』でいう『スイーツヘブン』の出身者だ。オレたちは『魔族』、つまり人間たちの敵『デスタイダ』、その幹部にあたる。星城ユノは『勇者』で、『プリティ・プリン』と同じくオレたちを理由もなくぶっ殺したくてうずうずしてるってわけだ。わかったか?」
「はい、わかりました!」
「天才現るでござるな」
「何、わかんないのあたしだけ!?」
たしかに、これまでの長い魔族VS人間の因縁をここで語る時間などござらん。カノン殿のファンタジー知識は『らぶ♡ぎぶ』基準なので、これ以上分かりやすい説明はないでござろう。おまけに拙者も嬉しい。
「そしてお前がここに呼ばれたのには、理由がある。オレたちは『勇者』の歌に魔力を抑え込まれて、思うように戦えねえ。だから、力を貸してくれ」
「えっと……私、さすがに『シャーベット』に変身はできないのですが」
「そうか──歌でござるな!」
拙者たちの色とりどりの目が、一斉にカノン殿の腕輪に集まる。入手の経緯はどうであれ、そのアイテムはまさに今の拙者たちがもっとも欲している力を有していた。
「歌ったらいいんだね? わかった! 何かリクエストある、ガルくん?」
「えええ!? そんな贅沢をここで! なんでもいいでござるか!?」
「ガルシ、音源も持っていたら流せ。音を拡張してやる」
「し、しばしお待ちを」
飛びかかってくるミニゴーレムをキティリア殿に任せ、拙者はふたたびスマホを操る。やや震える指で、ミュージックライブラリから選曲したのは──
「! これは」
「『らぶ♡ぎぶ』の第二期OPテーマ、『ラブッと♡バースト・れぼりゅーしょん』にござる。拙者の推し曲なのでござるが……」
「ふふ、いいよ。私もこの曲大好き──任せて」
勢いのあるイントロにぴったりな、勝気な笑顔。お、男前すぎまする。拙者はハートを撃ち抜かれた乙女のように両手で口を覆い、こくこくとうなずいた。あ、なんか泣きそうでござる。
拙者のスマホを受け取ったアスイール殿が、続いてカノン殿に向かって手を掲げる。同時に、曲がAメロ冒頭へ到達した。元声優は胸元に手を添え、大きく息を吸い込む。
『天気はーかいーせいー、テストは大雨ー♫ わたしーの毎日、れいーんーぼー』
「ッ!!」
拡声されたその歌声を耳にした瞬間、拙者の身体中に力が満ちあふれた。うおおおお、やはり神曲!アニメ映像が目の前に広がるかのよう!しかも通常ならば魔法少女全員で歌い上げる曲を、推しがソロで歌ってくれているという奇跡!!今なら何体ゴーレムが束になってかかってこようが、瓦割りのごとく──
「てぇいっ!! きゃーっ気持ちいい! 魔力がどんどん湧いてくるわ!」
「!」
長い脚でミニゴーレムをサッカーボールよろしく蹴り飛ばした美女が、感激の雄叫びをあげる。拙者も手近な一体をすばやく捕まえ、振りかぶってみる。
「なら、拙者も──!」
軽く投擲したゴーレムが後方の一体に追突し、そのまた後ろへ。どん、どんどんどん、どおおおんと派手な衝撃エフェクトを振り撒きながら数十体のゴーレムが塵になったのを見、拙者は自身でぎょっとした。あれこれ、拙者なんかやっちゃいました?ってやつでは。
『赤く、もーえて! 青く、ながーれるー♫ わたしーたーちーは無敵☆素敵☆しゅくーてーきー!』
マイクもないのに声が響くのが楽しいのか、頬を紅潮させて楽しそうに歌う推し。その手首にある魔招輪が、淡く輝いていた。拙者の胸にある魔王紋も、少し熱を帯びている。腕輪が歌声を魔力に変え、繋がりをもつ拙者たちに力を与えてくれているのでござろう。
「これいけるんじゃない!? カノンちゃん、じゃんじゃん歌って!」
「はいっ!」
そんなわけで水を得た魚のごとく、拙者たちはゴーレムをお片づけしていった。そして大方の敵を殲滅させたところで突如、すぐ近くからどごんという轟音が上がる。
「きゃ!」
「カノン殿!」
地面の振動と吹きつけてきた砂塵から彼女を守りつつ、拙者は衝撃の発生地点へと目を向ける。小規模なクレーターの中央で膝をついているのは、小さな勇者殿でござった。
「くそっ……!」
「はは! 急に力が湧いてきたと思ったら、今の歌は花月君か? ありがとう!」
彼女を打ち落としたと思われるリーダーが地上に降り、拙者たちに白い歯を見せる。その手には、奪い返したらしい赤い大太刀の姿。力の一部を取り戻したとはいえ、さすがの戦闘力でござるな。
曲の再生が終わると同時、拙者の背後からシンガーが飛び出した。
「ユノっ!」
「花月カノン……愚かな! 魔族のために、歌ったっていうのか」
大きな蒼い瞳を歪め、勇者が唸る。拙者はどんな事態にも対応できるようカノン殿のそばに控えつつも、彼女たちのやりとりを見守った。
「聞いたの。みんなが『デスタイダ』の幹部たちで、あなたが本当に『プリン』だったってこと……」
「おい誰だ説明したヤツ!? 出てこいッ!!」
なにやら顔を真っ赤にしている勇者の糾弾を前に、我らが魔術師は涼しい顔をして黙っている。
「その説明を受けたとしてカノン、お前は『デスタイダ』に協力しているんだぞ。わかってるのか!?」
「ガルくんたちが悪いことをしているところ、見たことないよ。どんな事情があるかわからないけどユノ、ちょっと話そう」
「知らないなら、口を挟むな!」
「そりゃねえだろ、勇者様よ。知らないなら、教えてやればいい」
「貴様っ──」
黒マントの高い襟の中から、美男の顔がアリーナにいる全員を見回す。勇者は駆け出そうとするが、リーダーがその眼前に大太刀を突きつけた。物々しい絵面だが、今ばかりは仕方がないでござろう。
「これは魔王軍にいた頃、オレがみずから人間軍に潜入して得た情報だ」
「! やめろ」
「勇者って存在はな、正確に言えば──人間じゃねえ」
「なんですと!?」
その口調は淡々としていた。兄貴分が哀れみを含んだ瞳で、『正義の使者』を見据える。
「人間どもはな、血のにじむような努力をして武闘と魔術を極めた有能な人間を選抜し、『勇者』に仕立て上げる──こっちの世界風に言うなら、改造するってわけだ」
「はあ!? 改造って、なによ」
「明日の飯が食えなくなる内容だが、ここで発表したほうがいいか?」
「や、やめとくわ……」
舌を出したキティリア殿が、ひらひらと手を振る。肩をすくめ、魔術師は続けた。
「歴代の勇者が得た情報を引き継いで、勇者は力も恨みも積み上げていく。勇者が幻妖族の幻術や剛魔族みてえな怪力を扱えるのも、先代が命と引き換えに挙げた『成果』を身体に取り入れ続けているせいだ」
「なんと……酷い」
「ああ。人間どもは『希望』だとか『英雄』なんて言ってちやほやするが、実質は兵器としか思ってねえのさ」
「なるほど。だから『勇者』はいつも、単騎で魔王城に乗り込んでくるのか。不思議だと思ったよ」
構えた得物を微動だにせず、メラゴ殿が同意する。彼は何人もの歴代勇者と切り結んだ経験があると聞いた。そういえば拙者は勇者襲来時、いつも城の護りに配されていたでござるが──。
「人間の王たちはまだ、情報集めのつもりなんだよ。オレたち魔族を本気で倒せるとは思ってねえ。『勇者』ってのはつまり、敵の情報を集めてくる駒ってことだ──使い捨て前提のな」
「アス殿! そのような言い草は」
なんとも言えない気持ちになった拙者がそう割って入ると、兄貴分は予想していたかのように苦笑した。
「酷えと思うか、ガル? だからお前らには言わなかったんだよ。こっちだって、哀れんで全滅してやるわけにゃいかねえからな」
「……」
「だが事実だ。だから名前もなく、あいつらはただ『勇者』としか呼ばれねえ。王都で行われる派手な出立パレードはそのまま、葬式代わりってわけだ」
しばしの沈黙が流れる。それを破ったのは勇者本人でござった。
「そうだ。『勇者』は、ただの兵器……。役目を終えるまで降参することも、壊れることも許されない。そういうふうに出来てる」
「ユノ殿」
「ボクの中には、たくさんの先代勇者たちの想いが眠っている。お前たち四天王や魔王、そして魔族に挑み、散っていった無念が──もう一度カラダを持ったまま王都の門をくぐって帰りたいという、誰も叶えられなかった願いがな!」
その咆哮と共に、どん、と下から突き上げるような衝撃が襲う。全員がよろけた一瞬のうちに勇者は大きく後方へ飛び、宙に手を掲げる。凄まじい量の魔力が彼女の元へと集まっていく。
「どうやらボクもこの世界で、ぬるま湯に浸かりすぎたらしい。思い出したよ──戦いの中にしか、ボクが還る場所はないということを!」
「ユノ、待って!」
「うるさいッ!!」
友人の声にももはや取り合わず、美少女は宙へと浮き上がった。拙者たちの誰も、彼女に飛びかかりはしない。なぜならアリーナにある資材やがらくたたちのすべてが勇者に向かって吸い寄せられており、高難易度な避けゲーと化していたからでござる。痛っ、壊れたアイロンが背中に!
「所詮は借り物の魔招輪。持ち主ではない者に、本来の力は引き出せない。今のうちに潰してくれる!」
まるでSF映画の中でよく宇宙船が難破する、小惑星ゾーンのよう。それらが不協和音を奏でながら続々と連結し、超巨大なゴーレムを象っていく。ガチに巨大ロボのお目見えでござろうか。
「ユノ、どうして」
さすがにこの光景に、カノン殿も顔を青くしている。とても歌ってほしいと言える状況ではない。「煽りすぎよバカ」「うるせえ」などと言い争っている同胞たちにひとまず退避を提案しようとした拙者より早く、リーダーのよく通る声が響いた。
「みんな、上を見ろ!」
「!」
ゴーレムの上空に、カノン殿が落ちてきた時と同じ裂け目が発生していた。そこから飛び出したのは、白と黒が入り混じった閃光。その中にようやく捉えられた人影の線は細い。
「あ、あれは──!?」
落ちていくというよりも、宙を蹴るようにして高速で移動しているらしい。魔族の目でも視認が危ういほどの速さで亜空間から抜剣したのは、漆黒の剣でござった。同じ色をした質素な装備──シワひとつない学ランの金ボタンが、アリーナの照明に煌めいた一瞬。
「そこまでだ。哀れな兵よ」
「!?」
「遅れてすまぬ。我としたことが、タイムカードを押し忘れていたのでな」
巨大なゴーレムの首を一振りで両断したその青年は、真っ白な髪の下で黄金の瞳を光らせて告げる。
「望みどおり、来てやったぞ。『勇者』よ」
※本日は4話分更新します。明日で完結です。
<以降の更新時刻>
12:10
20:10
22:10




