表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拙者と推しと、ラブソング。  作者: 文遠ぶん
最終章 アニヲタ魔族、推しに告る。
40/54

第37話 キャッチャー・イン・ザ・アリーナ

「オレとキティで衝撃を緩めてやる! 受け止めろ、ガル!」

「承知!」


 補助を申し出る同胞たちの声を聞き終わらぬうちに、拙者は駆け出した。目標はもちろん、アリーナ内を高速落下していくシンガー。コンクリートに覆われた地面が拙者の命令を受け付けるかはわからぬが、地属性の術で足場を作って──などと計画している間に、全力疾走する拙者のとなりに紅い影が並んだ。


「急いでいるんだろう、ガルシ? 手を貸そう!」

「え、リーダー」


 一瞬で拙者の前に飛び出したメラゴ殿が、正確にこちらの両腕をがっしと掴む。そのまま彼は赤く逞しい自身の脚を軸にし、大回転。ぐうんと世界が回り、拙者の足が地面を離れた。


「行ってこい!」

「おっ──おわあああ!?」


 アリーナで突如はじまった新競技、『男子魔族投げ九十キロ級』。笑顔のリーダーに高速で投げ出された拙者は、鉄球よりも速い速度で宙を駆けた。目が回りそうになったが、たしかに一瞬で目標の姿が大きくなる。


「カノン殿ッ!」


 二重──いや、三重でござろうか──の光の膜に覆われた彼女に両腕を伸ばし、しっかりとその身を抱き留める。衝撃緩和の魔術により不思議な手応えを感じつつも、自身に浮遊魔術を行使。下から押し上げられるかのような感覚ののち、ようやく二人分の身体を宙に安定させた。


「大丈夫でござるか!? カノン殿!」


 光の膜が溶けるように弾けると、拙者の腕の中に人ひとり分の重さが落ちてくる。それでも軽い。いつもの紺色のダウンに身を包んだシンガーは拙者の胸に黒髪頭をあずけたままうつむき、ぴくりとも動かない。地面への衝突を想像して、気絶してしまったのでござろうか。


「……っ」


 それであれば、まだいい。しかし分厚い上着に包まれた細い身体、そのすべての無事を確認してはいない。拙者は思考に絡みついてくる不吉な想像を振り払い、必死に呼びかけた。


「カノン殿、しっかりしてくだされ! カノ──、っ!?」


 突然、鼻先にふわりと甘い香りが漂う。舌を噛みそうな勢いで口を閉じた拙者に、さらに予期せぬ出来事が襲いかかった。身を起こした彼女が両腕を広げ、拙者の首に抱きついたのでござる。


「か、カノン殿」

「──あなただったんだね。最初から、全部」

「!」


 拙者はもちろん彼女に『魅了』をかけられたわけでも、力で劣っているわけでもござらん。しかしその細腕から逃れることは叶わなかった。温かい体温が宿る身体に抱きしめられたまま、拙者はその美しい声に溺れていく。


「あなたなんでしょう。あの日、私を助けてくれたのも。MVを作ってくれたのも。いつも励ましてくれたのも──ぜんぶ、あなただった」

「カノン殿……」

「聞いて」


 ああ、と拙者の心中に、どこか諦観のようなものが芽生える。すべて知ってしまったのですな。それでももう拙者も、下手くそな嘘をつく気はない。このあとどんな罵倒の言葉や嘘への糾弾をいただこうとも、すべて受け止める覚悟にござる。


 しかし身体を強張らせて判決を待っていた拙者の耳に届いたのは、予想外の告白でござった。


「バカな話なんだけど、私……『牙琉くん』と『ガルシさん』が、同じひとりの男の人ならよかったのにって、都合のいいこと思ってた」

「え……?」


 理解が追いつかない。疑問を呈するため口を開こうとした拙者は、胸元にぎゅうと押しつけられた温かさに驚いて視線を下げた。


「迷うのは、当たり前だね。だって……同じひと、だったんだから……」


 拙者の胸元に頬を押し当て、カノン殿は泣いていた。

 泣きながら──笑っていた。


「ああ、もぉ……。びっくりしたあ……。はは、自分一人で私……やっぱバカだ」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら笑う彼女をしばし見つめたあと、拙者はハッとして異議を唱える。


「な、何を仰るのでござる!? 罵られて当然なのは、拙者のほうで」

「じゃあ、合ってた? 『牙琉くん』も『ガルシさん』も、同じひとって」

「同じにござる! しかしそれ以前に拙者、このとおり人間でもござらん。今だって宙に浮いているのですぞ!?」

「落ちるよりいいから大丈夫。キャッツーランドでも私、『シノギコースター』も怖がっていなかったでしょう?」

「むしろ最高にエンジョイなさっておりましたな! 圧倒的メンタル強者!」

「ふふっ」


 拙者のトーガ風なファンタジー衣装に遠慮なく頭を預け、カノン殿は黒い目を細めて呟いた。


「ああ、その言い方やっぱり、『牙琉くん』だ……。それにパークの話もできるから、『ガルシさん』でもあって。なんか、へんなの。でも、すっきりした感じ」


 気の抜けたような笑顔を浮かべる彼女を見下ろし、拙者は短く息を吐いた。乱れた黒髪や衣服にまとわりつく、冬の冷たい風の匂い。何者の仕業かはともかく、きっと恐ろしい思いをしたに違いない。


「……カノン殿」


 それもこれも、魔族である拙者に関わったゆえに巻き込まれた結果。さすればこの笑顔に甘えるわけにはいかぬでござろう。


「『牙琉』も『ガルシ』も、拙者にとっては本当の姿であり、また時には偽りの姿でもあり申した。同一人物だとは、どうしても切り出せず……ずっと黙っていて、すまなかったでござる」

「……それより」

「それより!?」


 拙者の決死の懺悔を軽々と受け流したカノン殿は、大きな黒目を少し険しくしてこちらを見上げた。


「どうして私に話してくれなかったの。人間じゃないことも、危険が迫っていることも──牙琉くんの、本当の気持ちも」

「そ、それは……自分が魔族であると話したとて信じていただけるかわからず、ただ引かれるものと。後者は、これ以上拙者に関われば、カノン殿に危険が及ぶのではと」

「半分うそ。怖かったんでしょう。本当の気持ちを打ち明けて、嫌われるのが」

「! なぜ……」

「わかるよ。だって、私もそうだったから」


 拙者を見つめる美女の顔には、自嘲するかのような微笑が浮かんでいる。


「最近ずっと、『牙琉くん』も『ガルシさん』も気になってた。二人の男性が好きな気の多い女だって、思われたくなくて……すごくビミョーなことばかりしちゃった。駅とか、編集で部屋に行った時とか」

「カノン殿……」

「それで、お詫びじゃないけど、なにか牙琉くんに喜んでもらおうと思って……フェス出演の話を一人で決めたの。今日は、チケットを渡したかったんだ」

「ブログ、メッセージまで拝見し申した。お心遣い、ありがとうございまする」


 こくんと一度うなずいて口を開きかけた彼女でござったが、しばしなにか迷った末に苦笑する。


「えっと……結局、本当のお名前は?」

「ああ、それは『ガルシ』でござる。本来は他人に教える名ではないのでござるが、あの夜の公園でうっかり名乗ってしまい」

「そっか。じゃあ、呼びやすいままでいい? ──『ガル』くん」

「! そ、それはもちろんでござるが」


 呼び方は今までと変わらぬというのに、その名を聞いた拙者は奇妙な心地になった。この感覚は……『真名』を呼ばれている時と、同じ?


「じゃあ改めて。ごめんなさい、ガルシさん──ううん、ガルくん。私たち、また……仲良くできるかな?」

「む、無論でござる! 拙者こそどうぞ、よろしくお願いしまする!」

「うん!」


 彼女がぱあっと笑うと、薄暗いアリーナの照明が強くなった気さえする。いや、気のせいではない。実際になにか近くに、明るいものが。


「仲良くなんかするな、バカ!」

「!」


 背後から轟いたその咆哮に、幸せに満たされていた拙者の心が縮こまった。振り返ると、赤い光をまとってものすごい勢いでこちらに飛んでくる『勇者』と目が合う。応戦しようにも縮小させた戦鎚をしまっているのは、カノン殿の腰が密着しているポケットの中でござった。


「く──!」


 宙の一部に現れた亜空間から勇者が引き出したのは、見覚えのある赤い大太刀。まずい、拳なら背中の一部の強化で防御できるでござろうが、アレは反則でござる。それでもとにかく拙者はカノン殿を庇ったまま、背中にありったけの魔力をかき集めはじめた。しかし勇者の得物が、風を裂いて振り下ろされるほうが早い──


「やあ、星城君! スタジオ外でもなかなか元気だな」

「リーダー!」


 拙者と大太刀の間に滑り込んできたメラゴ殿を見上げ、驚愕する。彼は顔の目の前に迫った刃を見事に『真剣白刃取り』して封じ込めていた。大太刀からぶわりと炎があふれるが、鬼は涼しい顔をしている。それも当然でござろう。

 

「俺の『灼光丸』じゃないか。こっちまで来ていたんだな」

「どけ炎鬼ッ! 今はボクの剣だ。大金はたいてサハラ砂漠から掘り起こしたんだぞ」

「はは、それはありがとう」


 あの近寄るだけで火傷しそうな炎刀と渡り合えるのは、持ち主であるリーダーだけでござる。拙者は迷わず戦線を離脱し、残りの仲間たちの元へ急いだ。


「ガルくん! 今のって、鬼!? 鬼って本当にいるんだ!! すごいすごい!」

「拙者も立派な人外なのでござるが!? くぅ、和製人外のネームバリュー羨ましい!」

「なんだかメラゴさんに似てたね? ていうかここ、どこなんだろう」


 作詞作曲に没頭している時もそうでござるが、カノン殿の集中力はハンパない。先ほどは周りのことよりも、拙者との話し合いを優先されていたのでござろう。ようやく現在の状況を気にしはじめた彼女に、拙者は急いで予防線を張っておく。


「ここは無明アリーナでござるが、現実の世界ではござらん。そして拙者といつもつるんでいる三人も、実は人間ではありませぬ」

「そっか。何かひっかかっていたけど、ハリウッド俳優さんじゃなかったんだね……」

「ちょっとガッカリの方向が違いまするな!?」

「でもあの赤い服の子は、ユノだった」

「!」


 ぎくり、と身を固くした拙者に気づいたのかもしれない。カノン殿は拙者の衣服をぎゅっと握り、呟いた。


「彼女は……私の親友は、人間の女の子じゃなかったの?」

「……分かりませぬ。彼女はかつて、別の世界で拙者たち『魔族』を滅さんと活動していた、『勇者』と呼ばれる存在。その時は、マントの似合うイケメン殿でござったよ」

「そっか……」


 危険な資材山が少ない場所を選び、拙者は久方ぶりにアリーナの地に降り立つ。降ろしてもすぐには立てぬかもしれぬと案じた拙者の予想に反し、カノン殿はしっかりとした足取りでコンクリートを踏み締めた。


「私、たぶん、あの子とも話さなきゃいけない気がする。最近、様子が変だったから」

「カノン殿」


 強い光を浮かべた瞳で、しっかりと拙者を見上げるシンガー。その先では、赤い光同士が宙で激しくぶつかりあっている。


「なんだか、アニメの世界に飛び込んだみたい」

「そうでござるな。まあセオリーに従うとすれば、拙者たちは『悪役ヴィラン』なのでござるが。この見た目ですし」


 紋が浮いた紫の肩をすくめ苦笑する拙者だったが、次の瞬間にびくりと飛び跳ねた。片方の手がいつの間にか、柔らかな色白の手によって持ち上げられていたからでござる。


「ほんと、特殊メイクじゃないんだね。爪もすごい」

「か、カノン殿……!?」

「でも、やっぱりあなたは私の知ってる『ガルくん』だよ。だから、怖くない」


 優しく拙者の手の甲をさすり、美女は黒髪の中にいつもの笑顔を咲かせる。



「今度は逃げないよ。全部自分の目で見て、考えて──ちゃんと納得できるまで、話し合うから」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ