第34話 魔族殲滅アリーナライブ
前回までのあらすじ!
こんばんは、地底筋肉ことガルシでござる。ついに魔族姿となり、普段は抑え込んでいる魔力を解放した拙者たち四天王! そのパワーや鬼神のごとし、ゴーレムを千切っては投げ、千切っては投げ! アリーナはあっという間に、ガラクタたちの墓場となり申したのだった──!
「……いや、ぜんっぜん無理ゲーなのでござるが!? ぐあっ」
ロケットのような勢いを伴って突進してきた小型のゴーレムに、拙者は力で押し負けて哀れに吹き飛ばされる。運良く工事用の土嚢が積まれた場所に突っ込むも、土の塊に背を強打して呻いた。
「な、なんてカタさでござる……!」
「カタさだけじゃねえぜ」
拙者に迫るゴーレムを氷漬けにしてくれたのは、アスイール殿でござった。黒く長いマントにクラシカルなベスト姿はまるでドラキュラのようでござるが、その髪は晴天の空のように青い。ちなみにこのかつての衣装の再現は、キティリア殿の『幻妖甲冑』の術でござろう。拙者も向こうで愛用していたトーガ風の装束をあてがわれている。
流れるような魔力紋が走る頬を歪め、魔王軍でもっとも力ある術師は言った。
「このガラクタども、魔術への耐久も半端じゃねえ。オレの術でも仕留めきれない」
「マジにござるか」
「メラゴとキティを見てみろ。うちの戦闘狂どもも苦戦してる」
言われるままに彼の視線を追う。アリーナの広大な天井を背に、赤とピンクの光が飛び回っていた。勇者に呼ばれてアリーナへ入場してきた大量のちびゴーレムたち、その一部はああして浮遊する機能を備えている。地上と空中、二手に分かれて敵を殲滅する作戦のはずが、空中組も手間取っているようでござった。
「なによ、コイツら! 小さく刻んでも動くなんて反則じゃない!」
「だな! 俺が焼いて灰にしたものは、他のゴーレムに吸い込まれていったらしい。面白い奴らだ!」
桃色の肌を持つ羽つきの中華風美女が、魔族姿となったキティリア殿。ステンドグラスのように美しい羽の模様だが、ずっと見ていると意識を持っていかれるので注意でござる。この国の和装に近い独特の衣をまとった赤い鬼が、メラゴ殿。久しぶりの戦闘にその顔は輝いているものの、これからの戦法はまだ考えあぐねているご様子であった。
「それに、なんなの! さっきから流れてる──この歌は!?」
そう。何よりも、このアリーナにぴったりな──いや、今の状況としては異様な光景を作り出している御方が、もうひとり。
『ホントのーキミをーみせーてーよ! 秘密のチカラ、かくれーてるー♫』
爆音で流れるテクノポップの中、力強く元気な歌声が響いている。赤いビームライトが集まる先、すでに組まれていたらしいステージ上でひとりの少女がマイクを手に熱唱していた。
『ずばばんばばん、キ・ミ・に! らびぃん♡ゆー!』
「ああもう、歌詞もなんかムカつくけど、ホントにチカラが抜ける……っ! さては、普通の歌じゃないわね!?」
「ご名答でござる、キティ殿! あれは『らぶ♡ぎぶ』OVAにのみ流れる挿入歌、『ばばんらぶらぶ☆こんぐらっちぇーしょん!』! く、恐ろしい……勝手に口が歌詞を」
「それ以上言ったらてめえ、今度はオレが束縛の術をかけてやるからな」
凍りつきそうな眼光を浴びせられ、拙者は速やかにお口を閉じた。向かってきたゴーレムたちの足元に泥の沼を作り出して足止めしつつ、アスイール殿は舌打ちする。
「魔族姿に戻っても、自然魔力が得られないこの世界じゃオレたちの全力は発揮できねえ──それは分かっていたことだ。だが……」
彼が青い目を向けた先、舞台の上ではマイクを握ったスーパーアイドル声優が美声を響かせている。拙者たちの攻撃を受けてバラバラに砕けていたガラクタたちが、見えない糸で操られているかのようにゆらりと起き上がった。近場にある物体同士がくっつき、また小型のゴーレムを象って歩きはじめていく。
「あの歌。ゴーレムどもの創造、強化、復元のすべてを担っているらしい。おまけに、こっちの魔力行使を乱す性質まで持ってやがる」
「う、歌て。たしかにゲームでは歌って仲間を補助するジョブがあったり、みんなで歌って奇跡を起こすアニメなんかもあり申すが……そんなの、現実的にアリでござるか?」
「有りだな」
「アリでござった!?」
「勇者の腕を見てみろ」
驚く拙者にかまわず、兄貴分は宿敵を指差す。拙者は目に力を込め、最大限に視界をズームアップしてみた。人間姿の時よりは自由が効いたが、たしかにまだ透明の枷を嵌められているようなぎこちなさを感じるでござるな。
勇者の腕で揺れる、白い腕輪。複雑な紋様が刻まれているそれは、わずかな光を放って輝いている。拙者は素直な所感を述べた。
「あれは……なんというか、その……オサレな腕輪にござるな」
「『魔招輪』だ。レプリカのようだが」
「アスえもん。それはどういう便利アイテムなのでござろうか」
拙者がそう訊いたところでちょうど、ひとまず空中の敵を蹴散らしたらしい仲間たちが降下してくる。浮遊型のゴーレムは復元に時間がかかるのか、追っ手はない。資材置き場の陰で拙者たちは自然と円陣を組み、作戦会議に入った。
「この歌が異様な力を持っている要因がわかったぜ。勇者が身につけている『魔招輪』だ」
「あのゴツいブレスレットのこと? たしかに、あれだけコーデから浮いてるけど」
「ああ。魔王に代々伝わる秘宝のひとつだ。すぐれた歌声を魔力に変換し、装着者や眷属たちの力を強化する効果を持つ」
「はあぁ!? あんなふざけた歌で!?」
紋が浮いた頬を引きつらせ、キティリア殿が激昂する。拙者は冷静な声で指摘した。
「ふざけた歌ではござらんぞ、キティ。さっきの曲は『チャージ烈伝トライ&ゴー』のヒロインが歌う、作品唯一のバラード。それを中の人ご本人の生歌ライブを聴けるなんて拙者、感涙モノでござ」
「歌ぐらいで寝返ってんじゃないわよ! あんた、もう洗脳されてんじゃないでしょうね」
姐御に紫の頬肉をムニュウと引っ張られて悲鳴を上げる拙者を横目に、魔術師は深刻な表情を浮かべてリーダーに言った。
「いや、歌だからってバカにできねえぜ。そうだろ、メラゴ」
「……ああ、そうだな。そういえば俺がルーワイに敗北した時も、あいつは歌っていた」
「!」
苦々しくそう答えるメラゴ殿を見、拙者もあっと声を上げる。
「そうでござるよ! 向こうの世界で、魔王城に勇者が乗り込んできた日──どちらも戦いながら歌っていたような記憶があり申す!」
「た、たしかに……そうね。うっすら覚えてるわ」
「つまりその時には、勇者はすでに『魔招輪』を所持していたのか? 魔王に伝わる秘宝じゃなかったのか、アス」
拙者たちの視線を受け、魔王の一番の側近たる男は暗い表情で答えた。
「……裏切りがあったんだよ。魔族のひとりが、人間軍に腕輪の設計図を流したんだ」
「なんと」
ルーワイの横暴に苦しんでいたのは、拙者たち四天王だけではない。もっと身分の低い魔族は、それはもうゴミ同然の扱いを受けていたのでござる。打倒魔王を掲げる集団も星の数ほど生まれた。そのすべてが、本当のお星様になってしまったことは言うまでもないでござろうが。
「オレはその裏切り者を処罰したが、設計図は戻ってこなかった。人間の中にも有能な職人はいる。百年以上の時をかけて作り上げたそのレプリカを持たせ、あの勇者を送り込んできたってわけだな」
「でも、勇者はこの世界に転生したんでしょ? どうやって腕輪を持ち込んだのよ」
『ハッ! 良い問いだな、妖艶胡蝶!』
すぐそばにある巨大なスピーカーから勇者の声が響き、拙者たちは尖った耳を押さえた。魔族の耳に大音量、きつぅ。
『「魔招輪」は、ボクの身体に宿っていたのさ。母が言うには、生まれてきた時から握っていたらしい。人々が勇者に託した願いが招いた、奇跡だよ』
「どこが? ただの執念深い腕輪じゃない、気持ち悪い」
『いいや、実に忠実な腕輪さ。最初は指輪ほどしかなかったその道具だが、ボクの成長に合わせてだんだんと大きくなっていった──』
天井から提げられた大型ビジョンに、堂々とした勇者の顔が映し出される。いつの間にあんなものを据えつけたのでござろう。ゴーレム軍団、仕事早すぎはしませぬか。
『腕輪としてちょうど良い大きさになった頃、ボクははじめてそれを装着してみた。腕輪はそれ以上大きくなることはなかった。すぐにわかったよ──戦いの時が来たのだと!』
「あ、また!」
アップテンポの曲に切り替わり、ふたたび勇者の歌がとどろく。拙者たちの足から力が抜け、全員ががくりと膝をついた。魔族の姿なのに、人間のガワをかぶっていた時よりも身体が重い。
「よーくわかったわ……。つまりあのブレスレットを持っているかぎりこのアリーナは勇者に支配されてて、あたしたちに勝ち目はないってことね」
「そういうこったな」
「それじゃ、この作戦しかないわね」
深いスリットから伸びる足をダンと地面に突き立て、美女は気合だけでぐぐ、と身体を起こした。
「あいつからブツを奪いましょ。そしてこっちも歌って、逆にゴーレム軍団も全部支配してやればいいのよ。あたしだってあのくらい歌えるわ」
「おおっ! ナイスな機転でござる、キティ殿!」
「悪くねえな。お前にしちゃ頭使ったじゃねえか」
「ふふーん。ね、いいでしょメラゴ?」
「そうだな! ナイスアイデアだ、キティ。しかしひとつ問題があるぞ」
「?」
いつもは豪快な作戦ほど喜ぶはずのリーダー。きょとんとする拙者たちの前で彼は太い腕を組み、魔族になっても白い歯をきらりと光らせてサムズアップした。
「腕輪を奪っても、使いこなすのは無理だ。俺たちは全員──音痴だからな!」




