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拙者と推しと、ラブソング。  作者: 文遠ぶん
最終章 アニヲタ魔族、推しに告る。
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第33話 牙ありワケありヒーローズ

「よお、ガル。前からお前の服の趣味はワケわかんねえと思ってたが、ついにゴーレムまで着るようになったとはな」


 涼しげな皮肉を落とす色男を見上げ、拙者は金の瞳を丸くする。こちらに手をかざしたまま難なく宙に滞空しているのは、スーツが似合うサラリーマンでござった。


 彼が魔術でゴーレムの腕を切り落とし、そのまま拙者ごと宙に浮遊させてくれていることはわかる。それでも拙者は敵に攫われたヒロインよろしく、お決まりの質問を投げるしかできなかった。


「あ、アスイール!? どうして、ここに……って、このピンクのキラキラはもしや」


 拙者を包み込むゴーレムの手。様々なガラクタで構成されたその指の間に、さらさらとしたピンク色の霧が流れ込んでいた。やがてそれらがすべて手の内部に侵入を果たすと同時、ゴーレムの手が内側からばがんと弾け飛ぶ。


「おわっ……!? ッ」


 両腕を拘束されたままの拙者は宙に放り出されたが、数秒ののちに誰かの腕の中に収まった。腕というには儚いそれは、ピンク色の塵。徐々に集結して実態を象っていくと、拙者を覗き込む美女の顔が現れた。


「ガルシっ!! 無事!?」

「き、キティ殿!」

「あーーもーーあんたはホントに! 心配させないでよね」


 九十キロ近い拙者を難なくお姫様抱っこしているのは、四天王の姐御であるキティリア殿でござった。なんという絵面。しかし拙者は恥ずかしがる前に、美女の顔に深い心配が浮かんでいることに気づいて謝罪する。


「すまぬでござる、キティ……。油断し申した」

「ばか。それはいいのよ。でもあんた、連絡トイであたしたちに『出るな』って言おうとしたでしょ。それはムカついたわ」

「そ、それはそうでござろう!? どうして全員で、こんな見え見えの罠に突っ込んで──!」


 しかし拙者の糾弾は、突如アリーナに響いた轟音によって掻き消される。どこからか飛来した巨大な火の玉が、ゴーレムのど真ん中を貫いた音でござった。初手からこんなド派手な攻撃をキめるのは、拙者の知る魔族では一人しかいない。


「はは、遅くなって悪かったなガルシ! 武器の準備に少し、手間取った」

「メラゴ殿!」


 ずしんと重厚な音を上げ、アリーナの床に倒れ込むゴーレム。その上に立っているのは、爽やかな笑顔を浮かべた偉丈夫でござった。彼の手にあるのはもちろん、魔界で目にして無事だった者はいないと名高き炎の大太刀『灼光丸』──ではなく。


「武器って──ご、ゴルフクラブでござるか!?」

「『灼光丸パートⅡ』だ。斬れないが、なかなか振り心地はいいぞ」

「でしょうな! 気持ちよく振り抜くことを追求せし一品でござろうし!」


 炎をまとった銀色のゴルフクラブをトンと肩に置き、我らが四天王のリーダー殿は楽しそうに笑う。拙者はもどかしい気持ちで、最年長の兄貴分に吠えた。


「そんなことよりメラゴ! どういうことでござる。戦の経験豊富な貴方であれば、これが罠であることなど承知のはず」

「それがどうしたっていうんだ?」

「!」


 短い黒髪の下で、紅い炎のごとき瞳が燃えている。彼の足元からほとばしる炎はついにゴーレムを焼却処分し、あっという間に灰の山に変えた。長い脚でその山を踏みつけたアクション俳優は、白い歯を覗かせて迷いなく続ける。

 

「罠だろうが祝宴の席だろうが、いつだって俺たちは飛んでいくさ。我々は四人揃っての四天王だろう?」

「……! し、しかし、こんな施設で我々が戦えば、甚大な被害が出るのではござらんか」

「心配すんな。ここは勇者が作り出した『魔力領域』だ」


 スイととなりに降下してきたアスイール殿の言葉に、拙者は目を瞬かせる。その様子を見た魔術師は、やや呆れたように半眼になった。すまぬでござる、拙者、魔力の扱いは感覚派なもので。


「別空間にズラした、無明アリーナのコピーだと思っとけ」

「左様でしたか……。あまりにリアルなので拙者、本当に忍び込んだものと」

「おそらくすべて一致しているわけじゃないがな。照明や音響は小さなゴーレムが都合よく操ってやがるし、勇者を撃破するか取り押さえないかぎり、この領域から出るのは困難だ」

「なんですと!?」

「オレたちは『招かれた』から入ってこられたんだ。だが人間や下位の魔族にゃ、まずこの空間があることも感知できねえだろうな」


 入ったら出られない。そんなアリ地獄状態であることを把握しながらも、この兄貴分たちは躊躇わず拙者の救出に乗り込んできたのでござろう。拙者は仲間たちの気概を素直に嬉しく思いつつも、硬い声で言った。


「アス殿。勇者の正体について、情報共有を──」

「待て。そいつは本人がイヤというほど語ってくれると思うぜ」


 魔術師の言葉を聞いてか聞かずか、アリーナ内の照明がぐんと落とされる。ビームライトが照らしたのは、客席を東西に割る長階段でござった。


 そこに仁王立ちしているのはもちろん、我らが小さな宿敵殿。


「はーっはっは! 揃ったか、悪の四天王どもめ。待ちくたびれたぞ!」

「勇者が言うセリフじゃないでしょ、それ」


 拙者を抱えたままのキティリア殿がそう吐き捨てる。アリーナ中央に浮かんでいる拙者たちと、客席にいる勇者──ユノ殿との間には、相当な距離がある。人間に姉貴分のぼやきが聞き取れるはずがなかったが、赤い戦闘着をまとった少女ははっきりとした声で答えた。


「ふん、バケモノが人間のセオリーを語るとはな。平和ボケか」

「平和ボケっつか、平和にやってんのよ。今や戸籍まであるんだからね、こっちは。勇者サマが庶民の平和を踏みにじっていいわけ?」

「バケモノ共の魔性に魅入られた人間を救うのもまた、勇者の仕事だ」

「は? それもしかして、あたしのダンナのこと言ってんの?」


 女たちの間で、バチバチと火花が散った気がした。拙者、雷に愛されし魔族でござるが、こういうバチバチは苦手でござる。子犬のように震えていた拙者だったが、ふと身体が軽くなったことに気づいた。見れば、両腕にかけられていた束縛の魔術が消え失せている。


 すぐに気づいた魔術師が、胡乱げな視線を勇者へと向けた。


「術を解く手間が省けて助かるが……どういうつもりだ」

「ボクは勇者だ。対峙したからには魔族の首は正々堂々、己の力で刎ねる。魔王の側近である四天王の首はやはり、四つ並べてこそ価値があるからな」


 昏い笑みを浮かべて拙者たちを見回す勇者。彼女の姿を見、浮遊魔術でこちらへ昇ってきたメラゴ殿が片眉を上げて言う。


「ん? 彼女は最近フォースターズに移ってきた、星城ユノ君じゃないか」

「あっ、ホントだ! シャンプーのCMで見たことあるわ。ムカつくほど可愛いわね」

「なんだ、芸能人か? テレビなんざここ数ヶ月、観てねえんだが」


 ピンときていない約一名のため、拙者は解説役を担うことにする。ちなみに久々の浮遊魔術につき、ちょっと身体がぐらぐらしているでござる。


「声優界のトップスター、星城ユノ殿でござる。デビュー作は『はにゃーん大佐』のハ・ニャーン。『らぶ♡ぎぶ』では、主人公いちごのお声を担当していた方ですぞ」

「あー、言われてみれば……。あの喧嘩っ早そうな感じ、そうだな」

「他にも代表作は『撃滅の牙』のヒロイン・スミノや、『美少女戦士ソーラーヘブン』のヘルヘブン役など、数々の名キャラを演じており」

「おいやめろ。余計なプロフィールはいい、もっと有益な情報を寄越せ」

「……カノン殿の、高校時代からのお友達でござる」

「!」


 拙者の重苦しい声での報告に、他の四天王たちは一斉にこちらを見た。ことの重大さに真っ先に気付いたのは、やはり魔術師でござる。


「──転生か。なるほど、オレやメラゴの魔力探知に引っ掛からねえわけだ。向こうの人間とも違う、こっちの世界の人間の身体なんだからな」

「え、アス殿、ラノベ読む時間なんてあったのでござるか?」

「らのべ? いや、転生はオレたちの世界にもあった事象だぜ。数は少ないがな」


 メラゴ殿とキティリア殿も揃ってうなずいているので、本当なのでござろう。拙者のような若輩者の魔族では知り得なかった事象が、あの世界にもまだまだあったのでしょうな。


「そうだ。姿は変わろうとも、ボクはあの世界でお前たちの魔王城へと乗り込んだ『勇者』。久しぶりだな、魔王軍四天王たちよ」

「やだー、なんで女の子なんかに転生してんのよ? ボコりにくいじゃなぁい」


 黄色い声でそう言いつつも、こちらの唯一の女性戦闘員はバキバキと指を鳴らしている。その容赦のなさ、怖いでござる。拙者は中身があのイケメン勇者だと分かっていても、さすがに人気声優の可憐な顔に拳を向けることなど躊躇われるというのに。


「くく、さすが『妖艶胡蝶のキティリア』だ。もちろんボクは超絶かわいいが、手加減などは不要だぞ」

「んなコトするわけないでしょ! アスっ!!」

「うるせえ、わかってる。だがオレは姿だけだ、装備はお前がなんとかしろよ」

「任せて」


 びりり、とアリーナの空気が震える。拙者の長い髪がその魔力の波動に逆立った。土埃に汚れた部屋着が輝き、その上に新たな一枚が形成されていく。勇者は余裕の表情をたたえたまま、客席から動かない。


「喜べ、野郎ども」


 アクション俳優の額から二本のツノが突き出し、赤みを増した肌にさらなる魔力紋が浮き出す。

 子を得たばかりの主婦の背から蝶を思わせる羽が生え、豪奢に巻かれたピンク色の髪が宙に揺蕩う。


「今夜だけは、法令遵守(コンプラ)を無視することを許してやる」


 根本から毛先まで真っ青に染まった髪を掻き上げ、長い黒マントを翻す魔術師。いつの間にか懐かしき戦装束に身を包んだ拙者と並んで浮かんだ仲間たちは、揃って牙を見せて笑んだ。



「魔力解放だ──存分に暴れやがれ」



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