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拙者と推しと、ラブソング。  作者: 文遠ぶん
第3章 アニヲタ魔族と、ホントのココロ。
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第29話 センサーとアンサー

「ゆ、ユノ殿が……『勇者』……!?」

「そうだよ。ボクは第十三代目『勇者』──貴様ら薄汚い魔族どもを、世界から掃討せし者」


 すっかり勇ましくなった口調は、どこかのアニメ台本の練習だったりしないでござろうか。拙者の頭にそんな現実逃避な願いが浮かんだが、眼前のリアルは揺るがなかった。腹の上に馬乗りになったままの人気声優は、決してファンには向けないであろう冷たい目で拙者を見下ろす。


「紫の肌に、身体中をはしる魔力紋……。ふん、穢らわしい人外めが」

「どういうこと、でござる……! あなたが、『勇者』など、と」


 まだ『魅了術』の渦中にある拙者は、思考の支配こそ受けなかったものの身体の自由を取り戻せないでいた。勇者は細い腕を組んだまま、長いまつ毛を上下させる。拙者が魔王城で『彼』を見たのは一瞬であったが、あのイケメンとは似ても似つかない。


「魔王との、戦いで……あなたは、散ったもの、と」

「いいや、あの戦いはまだ決着していない。『理の歪み』の発生地点にいたボクと魔王はたしかに、お互いの身体が消えゆくのを見たが──」


 勇者は左右に手を広げ、自身の身体をよく見えるように示した。やはりどこからどう見ても、拙者の金の瞳に映るのは線の細い美少女の姿でござる。


「次に目覚めた時は、この身体になっていたんだ! 無力で細い、女子おなごの身体に!!」

「! まさか……()()!?」


 『転生』──知識や記憶はそのままに、新たな身体を得て新天地へと生まれ落ちることでござる。近年では正体不明の女神様にいろいろと『お土産』を授けてもらえることが多いとアニメで……というのは置いておき。


 異世界への『転移』を体感した身で驚くのも不思議な話でござるが、拙者は思わぬ真実に動揺した。万が一勇者もこの世界へ流れ着くとすれば、自分たちと同じく転移であろうと思い込んでいたのでござる。


(転移した拙者たちと違い、身体を失った勇者は──こちらの人間として、ふたたび生を受けていたということでござるか)


 たしかカノン殿とは高校時代の同輩と言っていたから、ユノ殿もおそらく二十三歳。つまり彼女は時代さえも飛び越え、拙者たちよりもずっと早くにこの世界に辿りついたのでござろう。


「苦痛だったぞ。意識は大人のものであれ、その身体は赤子。周りの者たちは海の見える地で、のんびりと親切にボクを育てた。しかしボクはずっと、お前たちを討つという己の使命を忘れたことはなかった!」

「いつから、拙者たちの、ことを……? 我々がここへ来たのは、七年も前で……ござるぞ」


 至極当然の疑問。訊かれるのは予想していたのでござろう、勇者の可憐な唇が得意げに弧を描いた。


「貴様らは、実に上手く人間に化けていたな。この世界のどこかに魔族の気配があるのはうっすらと感じていたが、長年場所は掴めなかった。索敵を邪魔する魔術の存在もあった……よほど優秀な術師がいるのだな」

「仲間が聞けば……喜ぶで、ござろうな」

「ふん。それでも最近になってようやく、貴様の位置を突き止めた。ボクの『センサー』に直接、反応があったからだ」

「……?」


 拙者の反応を見、勇者は苛立ったように言い添える。


「ちっ、『魔探知』も知らないのか? まあボクがかなりアレンジしているから、一般のものとはずいぶん定義が異なるが。対象者に自分の魔力を少量付与し、動向を探る術だ」

「! な……まさか、カノン殿の『呪い』!?」

「勝手に物騒な名前をつけるな」


 昂った感情のままに身を起こそうとするが、やはり上手くいかない。床に散らばる拙者の長い金髪を踏んだまま、勇者は細い肩をすくめた。


「ボクがこの世界中を無闇に歩き回っても、魔族に接触する可能性は低い。だから、出会った人間をセンサーがわりにして配することにしたんだ。まさか全員日本にいるとは、驚いたけどね」

「!」

「ボクの魔力を少しだけ切り離し、知り合った人間につけておく。もちろん魔族と接触があった時は、ボクに伝わる仕組みだ」

「そんな、噛み飽きたガムを、机の下につけるような……やり方が」

「変な例え方するな、クソ魔族!」

「ぐぇ」


 不機嫌な声で言い、勇者は拙者の肩を蹴る。魔族姿の拙者が普通に痛いと感じるほどにするどいその蹴りはたしかに、声優業をしている女性のものではないでござろう。


「まあ、この世界の人間は濃い魔力をまとうことに不慣れだ。センサーになった人間には、そうだな……少しだけ、()()()が生じるかもしれない」

「不都合、ですと!? カノン殿は、その影響で……たくさんの、怪我をしたのでござるぞ……! 親友ではなかったと」

「普段は誰にも視えないし、命に関わるほどの影響はなかっただろう? むしろ魔族を討つという大義のために役立てたことを、光栄に思ったほうがいいくらいだ。キャッツーランドではボクが様子を見に行ったから、少し顕著に影響が出たかもしれないが」

「ッ!!」


 煮えるような感情が身体の奥から噴き出し、拙者はフローリングに手をついて上体を起こそうとした。しかし猫よりも素早く飛び降りた勇者が、黒い鞭のようにタイツの脚をしならせる。小さな爪先が、拙者の腹を深く抉った。


「ぐッ!」

「危ない、もうボクの支配を解きかけたか。さすがお前()四天王ということだな」

「仲間……アスイール殿を襲ったのも、あなたでござるか」

「そうだ。宣戦布告と小手調べのつもりだったが、あれはなかなかの戦いだったよ」


 よくぞ訊いてくれたとばかりに弾んだ声に、拙者は小さな犯人を睨みつける。ようやく口の自由は戻ってきたものの、やはり身体は言うことを聞かない。勇者はふたたび足で拙者を床に縫いつけると続けた。


「けれどあの不健康そうな人間を使ったのは、貴様らにとっても嬉しいことだったろう?」

「な……!」

「魔族のくせにあの魔術師め、うまくことを収めたものだ。そのまま吹き飛ばしてくれてもよかったのに」

「あ、あの者は行いこそ間違っておりましたが、カノン殿の──『らぶ♡ぎぶ』のファンですぞ!? なにより、あなたが守るべき民では」

「いいや、違う」


 恐ろしいほどに、その声は冷え切っていた。思わず言葉を失った拙者を見下ろし、ストロベリーブロンドの中にある顔が歪む。


「ボクはカノンちゃんが感じた恐怖を『センサー』によって知り、あの男に辿り着いた。でも奴は言ったんだ。もうカノンちゃんのファンは辞めた──と」

「!」


 それはアスイール殿から聞いた情報とも一致していた。拙者とのあの出会いがあったからか、自然と興味が移ったからかは知らぬ。それでもあのワカメ髪のヲタがすでにカノン殿の脅威ではないことは明白でござろう。


「アイツ、『もう花月みぞれは推してないんで』とか、あっさり言うんだ。人間はみんなそう。都合よく持ち上げて、飽きたり必要がなくなったらすぐ捨てる。向こうでも、こちらでも……それは同じなんだって、絶望したよ」

「ユノ殿……?」


 機械的にそう喋った美少女は、拙者を見ているようで見ていなかった。蒼い目に浮かぶのは魅了のための妖しい光でも、正義を執行する者が燃やす炎でもない。ただただ虚ろな──そして寂しそうな暗闇であった。


 しかしその闇は次の瞬間、ぎらついた刃物のように危険なものへと転じる。


「そんな罰当たりなクズでも、殺さなかったのはボクの勇者としての慈悲だ。今回は『伝令役』を与えることで、許してやることにしたんだよ」

「慈悲を与えたのは、拙者の友でござろう……! それに他の会社員の皆さまも、巻き込まれる寸前だったと」

「うるさいッ!」


 すばやく振り上げた足が、ギロチンのように拙者の腹に落ちる。さすがに一瞬息が止まった。


「かは……っ!」

「あまりボクを煽るな、デカブツ。お前をここで殺すわけにはいかないんだ」

「な……?」

「お前はエサだ。他の四天王──ひいては、魔王ルーワイをおびき寄せるためのな」

「!?」


 痛みと驚愕に襲われている拙者にずいと顔を寄せ、勇者は毒々しい笑みを浮かべた。どう見てもヒーローには見えぬ顔を睨み返し、拙者は掠れた声で問う。


「魔王が……ルーワイが、まだ……生きている、と?」

「脳みそまで筋肉が詰まっているのか、貴様は? ボクという存在を前にして、どうしてその可能性に思い至らない」


 皮肉めいた笑みを浮かべる美少女──いや、『勇者』。


 強靭な魂と魔力を持つ存在が、この世界に『転生』することが可能というなら──拙者たち魔族の頂点に立つあの男に、できないはずがない。


 もちろん勇者のケースはただの幸運で、魔王はすでに魂ごと散った可能性だってある。しかし確信に近い不安が、部屋着の背に嫌な汗を滲ませた。


 拙者は若干震える声で話題を逸らす。もっと大事な話があるでござろう、ガルシ!


「そ、そうだと、しても……! 拙者たちはもう、無関係でござる」

「何だと?」

「我々は誰一人として、この世界の人間を傷つけたりは、しておりませぬ……! 事実、ルーワイ魔王軍は……もうとっくに、瓦解しているのでござ」

「──それがどうした?」


 黒タイツの爪先が、ぐいと拙者の顎を持ち上げる。下がった踵が喉を圧迫し、拙者は牙を携えた口を開けて喘いだ。妙に空気が薄い。あ、これマズいでござる。


「貴様らは『魔族』で、ボクは『勇者』だ。それ以上の理由があるか」

「は……!」

「家の中で見つけた害虫に、手加減する者はいまい? ボクと貴様らは、戦う運命。無辜むこの民に犠牲を出したくなければ、仲間たちの居場所を言え」


 首にかかる重みが増す。天井のダウンライトの光がブレて見える。拙者は自分の牙で口内を噛み切り、意識を叩き起こして答えた。


「さあ……? 知らぬで、ござるなあ」

「!」

「それこそ……数十万人のフォロワー殿に、お尋ねになると良いかと」


 新たな生活──そして一部には新たな家族を迎えた、親愛なる同胞たち。拙者を救ってくれた彼らがやっと手にしたこの平穏を壊すぐらいならば、こんなヲタの首など要らぬ。


「ハッ、格好つけぬほうが身のためだぞ、四天王。現実は、アニメのようには上手くいかない。お前も仲間たちも、ボクに無惨に殺されるんだ」

「『ユノっち』から聞きたい話では、ござらんな……」

「……くだらない。それはボクが作ったまやかしだ。『星城ユノ』なんて、この世のどこにも存在しないんだよ」


 淀みなくそう言い切る勇者。彼女がどんな顔をして言ったのか、視界がかすみはじめた拙者にはわからなかった。ただ少し、ほんの少し──声が震えていたような気がしたのでござるが。


『──い、ガルシ?』

「!?」


 聞き覚えのある声に、フェードアウトしそうになった意識が跳ねる。同時に、部屋着のポケットがもそもそと動いた。勇者の目線を追った拙者の視界の中で、小さなプラスチックのトイが立ち上がる。こいつ、動くぞ──なのでござるか!?


『なんかあったのか、ガルシ? お前から魔力の放出があったみてえだが』


 かちゃかちゃと硬質な足音を立てたカプセルトイの猫は、創造主にして呼び主にそっくりな仕草で腰に手を当てて言った。少し遠いが、このクールな声は間違いなく仲間のもの。拙者はトイに直接魔力を込めてはいないが、魔族姿になった時の変化を感じ取ったのでござろうか。


「あ、アス殿! 出てはなら──むぐっ」

「ああ、なるほど。これだな、貴様らの『絆』は。汚い魔術の匂いがする」

『!』


 凶悪な顔をした猫の黄色い目が、途端に丸くなる。クオリティすご……ではなく。仲間に危機を伝えんがため拙者は身を捩るが、口を塞ぐ小さな手はやはり規格外の力強さでござった。


「『無敵氷結のアスイール』だな。聞け──お前の仲間は預かった」

『……てめェ、『勇者』だな』

「くく。いかにも」

『なんで女の声してやがる』

「そんな些末なこと。それより、もう怪我も癒えた頃だろう? そろそろ決着をつけようじゃないか」


 勇者の手に簡単に捕まったトイは、威嚇するように短い前足を振り上げて唸った。


『ガルシに何しやがった!』

「まだ、なにも。安心しろ。以前のように、四人まとめて処理してやる」

『んだと』

「場所は無明なしあけアリーナだ。()は開けておいてやろう。必ず三人揃って来い──でなければ、仲間の命はない」


 ぎゃあぎゃあと吠えているトイを持ち上げ、勇者は小さな拳を握りしめる。あっけなく砕け散ったプラスチック片が、拙者の胸にぱらぱらと降った。


 魔族の宿敵である少女はぞっとするような笑みを浮かべ、夢あふれる数々の主人公を演じてきた声で高らかに嗤う。


「さあ、これで舞台は整った──魔族処刑ライブのスタートだ!」


 拙者の首に、魔王からも受けたことがないほど鮮やかな手刀が打ち込まれる。刈り取られる意識の中で、拙者はリアルの理不尽さを呪った。



(拙者、まさかの……ヒロインポジ……ですと……)

 


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