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拙者と推しと、ラブソング。  作者: 文遠ぶん
第3章 アニヲタ魔族と、ホントのココロ。
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第25話 鎚の名は。

 諸々の予想などを語り合っているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。魔族といえど、腹が減ってはなんとやら。一人ではまだ身支度も辛そうなアスイール殿のため、今晩は我が家で食卓を囲むことになった。


「手伝うわよ、ガル」

「なんのなんの。先週ご出産されたばかりの女性をキッチンに立たせるわけにはいかぬでござるよ」

「何言ってんのよ。そんなキズ、三時間で塞がったわ。退院までのご飯は美味しくいただいてきたけどね」


 イタズラっぽく言い、めでたく母となった同胞──キティリア殿が拙者のとなりに立つ。ふと何かに気づいたようにこちらを見上げた美女は、長いまつ毛をぱちぱちさせて言った。


「こうしてあんたを見上げるの、久しぶりだわ。それが今の自然な幻影なのよね?」

「そうでござる。お手間かけましたが無事、元の身体を取り戻しましたぞ」


 自然な幻影とはこれまた奇妙なワードでござったが、拙者は肯定した。エプロンの紐を締めた硬い腰をぱしんと叩き、ダイエットの師範は破顔する。


「やったわね! これで胸張って、カノンちゃんに告白できるじゃない」

「そう……で、ござるな」

「何? なんかあったの。あったのね、早く言いなさい」

「早っ。い、いや、たいしたことでは……」

「大したことやらかしたわけね。さっさと吐きなさい」

「無情すぎませぬか、裁判官殿!?」


 この流れに持ち込まれると、拙者には為す術もない。しかし仲間たちには色々と世話になっていることも事実でござる。現状を報告する義務があると思えば、拙者は諦めのため息を落とすしかなかった。


「……酒を入れながらご相談させていただいても、良いでござろうか」

「いーわよいーわよ、今日は呑みましょ! アスだって何本か飲めば、すぐ元気になるわ──よ?」

「? どうなされた、キティ殿」


 ニラを洗っていた美女が固まるのを見、拙者は首を傾げた。そして次の瞬間、疑問は悲鳴に変わる。


「あくりょーたいさーーんッ!!」

「どわぁっ!? な、痛っ、ていうかつめたっ!?」


 なんとキティリア殿が、濡れたニラでばしばしと拙者を叩きはじめたのでござった。何もうこのお人、すでに呑んでいるでござるか!?拙者は慄きつつ、容赦なくふりかぶった美女の手首を掴んでその乱心を鎮めた。


「食べ物で遊ぶんじゃありませんでござる! 一体、なにが」

「だってあんた、『魅了術』にかかってたんだもの。だから祓ってあげたのよ」

「ニラで?」

「すごい形相でそんな感じの動きをする人間、テレビで見たから。別に、眼力だけでできるけど」


 得意げに言ったあと、美女はニラを刻みはじめた。え、それ引き続きレバニラに使うおつもりで?──ではなく。


「み、魅了術というと、サキュバスやインキュバスたちが得意とする、あの?」

「そうね。異性にしかかからないし、見破れるのは術者と同性の術師のみっていう小賢しい魔術よ。どこのオンナにやられたの?」

「いや……。まったく記憶にございませぬが」


 平手が飛んでくるかもしれないと怯えつつ正直に申告するも、キティリア殿は予想していたことだったのかため息をつく。


「でしょうね、自分で気づくのは至難の業だわ。まああんた、最近はその見た目で街をうろうろすることもあるんでしょ。ひっそり誰かに執着されても不自然じゃないわ」

「そういうものでござるか」

「そ。アスやメラゴに、防衛術を習いなさいな。あの二人に日頃まとわりついてる呪いの数ときたら、もうゾッとするわ……。あたしはそういう好意や悪意に晒されるのがイヤで、家庭に入ったのもあるのよね」

「キティ殿は良い眼をお持ちですからなあ」


 こちらの世界の人間にも、多少の魔力は宿る。拙者はそうでもないが、元々が魔力の結集体である『幻妖』族のキティリア殿には色々と視えてしまうらしい。拙者はエプロンに包まれたマッチョぼでぃを見下ろし、恐々と言った。


「もう影響はないでござるか」

「効果を発したあとの残りカスっぽかったわよ。最近、なんだか異様にムラムラすることってなかった? 力ずくでも誰かをモノにしたい的な衝動とか」

「若い男に投げるには、あまりに残酷な質問ではござらんか──……あ」

「え」


 リズムよくニラの上で踊っていた包丁が、ぴたりと動きを止める。やがてその刃先が、ゆっくりと拙者へ向けられた。


「あんた……まさか術に当てられて、カノンちゃんを」

「ままま待つでござるッ! キティ殿の想像しているような大事には至って」

「でもなんかあったんでしょ‼︎ 言いなさい!」


 大声を聞きつけてやってきたメラゴ殿により、拙者は自宅のキッチンで乱切り処刑される悲劇を免れた。しかしその騒ぎがきっかけで結局、拙者は先日『ガルシ』として起こした失態を洗いざらい仲間たちに話すことになる。


「なんだ? つまりガル、お前……花月にフられたってことなのか」

「アス、早合点はよくないぞ。まだ彼女に正式に告白したわけじゃないんだろう、ガルシ? 玉砕呑み会の計画は、そのあとでも遅くないさ」

「フォローしつつ傷口に塩酸ぶっこむのやめていただけませぬか、リーダー」


 拙者が白目になってそう呟くと、メラゴ殿は頬の魔力紋をぽりと掻いた。半分自棄な気持ちになった拙者は、女性経験が豊富である男前俳優に問う。


「メラゴ殿のご経験からして、その……。やはりそんな迫り方をしたからにはこの先、関係の復旧は難しいと思いまするか?」

「俺に訊かず、彼女に連絡してみればわかるんじゃないか? 自分のことを嫌いになったかどうか、訊いてみればいい」

「……。嫌いになったと言われたら、どうするのでござる」

「謝れ。そして、それでも自分は好きだと伝えたらいい」


 かっこいいでござるなあ、と素直に思う。だから自分も他の仲間たちも、彼についていくのでござるが。しかし今は少しだけ、その実直さが妬ましかった。


「まあともかくだ。四天王として、これからの行動について方針を決めておこう」


 恋路の舵はみずから取れということでござろうか。リーダーはパンと手を打ち、拙者たちを見回した。


「この平和な世界でも荒ごとには関わりたくないが、勇者が俺たちに敵意を抱いているのなら仕方ない。我々四天王は『勇者』に対し、厳戒態勢を敷く」


 男の一人暮らし部屋が、途端に軍部司令室のように見えてくる。魔界でもこうして四人で額を寄せ合い、魔王の無茶難題をどうクリアしていくかを協議しましたな。少し懐かしいでござる。


「具体的にはどうすんだよ、リーダー殿?」

「城にいた頃のようにできれば全員が固まっていることが望ましいが、それぞれの生活をもつ今となっては難しい。だから各自、十分に警戒してくれ」

「……。それから?」

「何かあったら連絡を入れろ。すぐに駆けつける」

「どうやって? 戦闘時にスマホ開く余裕はねえだろ」

「それについては、アスイールから提案があるだろう」

「ハァ。細かいとこは結局オレ任せじゃねーか。変わんねえなお前は」

「うむ。頼んだ!」


 からりとした笑顔でサムズアップするリーダーに、怪我人は包帯頭を抱えた。このやりとりもお馴染みのもの。皆、結局はアスえもん頼りでござる。


「そうだな……たしかに、緊急用の連絡手段は決めておいたほうがいい。ガル、なるべく似た形をした小さなものを四つ、用意できるか」

「御意。しばしお待ちを」


 数分後、拙者はクローゼットの片隅からご注文の品を発掘してくる。四センチほどのカプセルトイで、凶悪な顔をした猫のフィギュアでござった。しかもちょうど、各々のカラバリが揃っている。


「条件的にはマッチしてるが、いいのか?」

「あと二十個ほどあるので、構わぬでござるよ」

「……。じゃ、もらうぜ。少し待ってろ」


 四つのフィギュアを布団の上に並べ、アスイール殿は手をかざした。コンタクトを外した彼の瞳が、本来の水色に輝いている。何か魔術を行使しているのでござろう。かちゃ、と一瞬フィギュアたちが跳ねたように見えた。


「出来たぞ。それぞれにオレの魔力を少しずつ込めて、リンクさせた」

「おおお」

「勇者から襲撃を受けた際は、こいつに魔力を込めろ。他のフィギュアはそれを感知し、持ち主に伝える。肌身離さず持ち歩けよ」


 それぞれが自分好みのカラーのフィギュアを手に取り、しっかりとうなずく。また彼に継続行使させる魔術を増やしてしまうが、こればかりは頼るしかないでござろう。


「それからな、ガル……。お前には、渡すものがある」

「な、なんでござろう」


 少し声のトーンを落とした魔術師に、拙者の緊張も高まる。彼は長い指で宙に小さな四角を描いた。わずかに発光するその線の中から、ころりと何かが転がり出てくる。まさにその様子は──


「どーこーでーもーカプセルトイ~!」

「なんだそりゃ、変な声出すな。ほらよ。長年預かってたが、返すぜ」

「!」


 それはまさしく、先ほどお渡しした品物と同じような小型玩具でござった。彼の魔術の叡智を詰め込んでいるという、秘密の亜空間──そんな個人銀行になにか預けていたでござろうかと拙者は首を捻ったが、受け取った瞬間に表情を凍りつかせる。


「……『ギガウノス』」


 数百年ぶりに口にした、その名前。手の上に乗った小さな黒い鎚の中で、どくどくと魔力が渦巻くのを感じた。精巧に作られた玩具ではない。小さくなってはいるがこれはかつて、拙者が手にしていた武具そのものでござった。


「えーっ!? ガルシの戦鎚せんついじゃない! かわいいサイズになっちゃって、どうしたのよこれ」


 横から覗き込んできたキティリア殿が感動の声を上げるも、拙者は硬い表情で手の上の小さな鎚を見つめ続けていた。わずかに手が震え、端からぽろりと小さな武具が転がり落ちる。


「──っと。ほら、大事に持っておけよガルシ。お前にしか扱えないんだ」

「でも、メラゴ……拙者は」


 素早くキャッチしたトイを渡してくるリーダーに、拙者は狼狽した声を上げた。しかし彼の瞳は穏やかながら、それ以外の選択を許さぬといった厳しさをたたえている。


「……」


 本当は今すぐにでも窓の外へ放り出したい。そんな衝動と戦っている拙者を見上げ、アスイール殿は静かに説明する。


「お前の専用武器──『魔雷の戦鎚(ギガウノス)』。四天王に任命されると同時に魔王から与えられた、地と雷を統べる鎚だ」

「は、はは。今聞くと少し華がないというか……ぶっちゃけ、ビミョーな設定ですなあ!」

「──ガルシ」


 静かな声で真名を呼ばれ、拙者の大きな身体がびくりと縮こまる。恐る恐る呼び主を見たが、兄貴分は意外なほど優しい表情をしていた。それがまた、拙者には堪えたのでござるが。


「お前がソイツを二度と握るつもりがねえのはわかってる。だが今回は、()()()とは違う。時代はおろか、世界さえもな」

「アスイール……」

「だから、お前も変わればいい」


 たった数センチほどの大きさしかないその鎚が、妙に重く感じる。いや、みずからの身体の一部のように扱えるこの鎚に、重みなどない。それは、過去に犯した拙者の『罪』の重さでござった。


「今の『ガルシ』として、武器を振るえ。ただ壊すんじゃなく──今度は、大事なやつらを護るためにだ」

「!」

「なあアス、俺の太刀も出してくれ!」

「あたしの扇もよ!」

「お前らのはねえよ。オレの杖もな。『理の歪み』に巻き込まれて、どこかへ流されちまった。ガルのはたまたま、ずっと保管してただけだ」

「「えええ~~」」

「今度、なんかそれっぽいモン持ってこい。最低限の加工はしてやる」


 ブーイングに揺れる部屋の中、拙者はひとり小さな鎚を見る。


(護るため、などと……今さら、どの口が言えよう)


 再会を喜ぶかのごとく脈打つ、強大な魔力。それを封じるようにぎゅっと拳に握り込み、拙者はトイを部屋着のポケットへと落としたのでござった。

 


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