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拙者と推しと、ラブソング。  作者: 文遠ぶん
第3章 アニヲタ魔族と、ホントのココロ。
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第24話 スリル・レバニラ・サスペンス

「来たわよ、アス!」


 蹴破らんばかりの勢いでアパートのドアが開くと同時、荒々しい女性の大声が拙者の部屋いっぱいに響き渡った。どすどすと床を踏み鳴らして登場したのはもちろん、ピンク色の髪を振り乱したキティリア殿でござる。


 どんな交通手段を使ったにしろ、早すぎる到着。急いで欲しいとはお願いしたもののこの二人、さては闇夜にまぎれて文字通り()()()きましたな。


「さあ、今すぐ犯人の特徴を教えなさい。ぶっ殺してやるわ!!」

「出産したばかりの母親が物騒なこと、言ってんじゃねえよ……」

「そうだぞキティ。代わりに俺が行こう」


 怒れる美女のあとから姿を現した男は一見爽やかな笑顔を浮かべているが、拙者の背をぞくりと悪寒が駆ける。あ、めっちゃ怒ってるでござるなリーダー。


「メラゴ殿が行けば、災害では済みませぬぞ。皆、悔しいのはわかりまするが、落ち着くでござる。アス殿の手当は無事に済んでおりますゆえ」

「腑抜けたこと言ってんじゃないわよ、ガル! 喧嘩売られたのよ、四天王あたしらに!! すぐ買って五千倍にして返してやらなきゃ」

「ガルの言う通りだ。まずは話を聞け」


 むううとむくれる美女とひとまずは腕組みして口を結んだリーダーを見、拙者は安堵の息を落とした。根っからの戦闘員である二人にこんな狭い部屋で荒ぶられては、敷金礼金をいくら積んでも足りぬ惨劇が起こるところでござる。


「痛ッ、ったく……」


 拙者のベッドの上で身を起こそうとしたアスイール殿が、ガーゼを貼りつけた顔を歪ませる。多く出血していた傷はみずから治癒魔術で処置したと聞いたが、失血と疲労でその顔はまだ青かった。ついでに魔術の行使による反動か、髪の根本にだいぶ本来の青色が覗いている。どちらにせよ、しばらく会社はお休みしてもらわねばなるまい。


「ご無理なさらず。あとでレバニラ炒めを作りますぞ」

「んなモンですぐ血が取り戻せるか」

「食欲はござらんか」

「誰が食わないと言った」


 拙者が彼の背に大きなビーズクッションを差し込んでいると、心配したらしい仲間たちがわらわらと集まってくる。


「怪我は大丈夫そうだな、アスイール」

「これのどこが大丈夫に見えんだよ、魔鬼てめえのバカ耐久力と一緒にすんな。少なくとも、スーツをダメにされた……この物価高騰の時代に冗談じゃねえよ」

「あらぁ、だからそんな素敵な彼シャツ着てるんだ? 似合ってるわよ」


 笑みを隠そうともしない美女の指摘通り、アスイール殿を優しく包み込んでいるのは拙者のイチ押しアニメ『おとうふ大戦』のゆるイラストロンTでござった。魔術師はハァとため息を落としつつも、改めて我々を見回す。


「それで、ガルから聞いたな。オレを襲ってきたヤツのこと」


 この切り出しにはさすがのボケ二将軍も、真剣な顔をして声をひそめる。


「ああ。耳を疑ったよ、まさか『勇者』とはな」

「本当なの? あの魔王──ルーワイと戦って、相打ちになったと思われてた人間」


 勇者。拙者たちの将である魔王ルーワイに単騎で挑み、すさまじい戦いを繰り広げた男。彼と魔王の力のぶつかり合いによって生じた『理の歪み』に巻き込まれ、拙者たち四天王はこの世界に流れ着いたのでござる。


「なによ、今さら! まだ魔族のことを恨んでるってわけ」


 拙者たちにとっては魔王軍というブラック組織から解放してくれた、ある意味での恩人でもある。しかしその素性はやはり、魔族全般を討つという使命を託された人間族の希望──ということでござろうか。


「今までどこで何をしていたかは知りませぬが、拙者たちがこの都で暮らしていることを嗅ぎつけ、襲撃に至ったのですな。しかも、回りくどいやり方で」 

「は? どういうことよ、それ」

「オレを襲ってきたのは勇者本人じゃねえ。奴に操られた、一般人だ」

「!」


 キティリア殿のピンク髪が、風もないのにぶわっと膨らむ。はち切れんばかりの魔力の昂りが、びりびりと拙者まで伝わってきた。


「だからあんた、反撃できずにそんなズタボロにされたっていうの!? はっ……堕ちたモンね、『氷帝』? そこまで人間族を気遣う魔族が、どこにいるってのよ」

「はは。心配しているならそう言えばいいだろう、キティ」

「……だって!」


 ぐっと拳を握ったまま、ピンク色の頭がうなだれた。


「相手が人間だったからって前に……コイツが魔術を思い切り使えないのは、あたしたちに人間姿を与える魔術をかけ続けてるからでしょ」

「キティ殿……」

「そんなことしてなきゃ、『無敵氷結のアスイール』が負けるはずない。もし……もしあんたが、取り返しのつかないことになってたら。それはあたしたちの──!」

「もういいんだ、キティリア」


 目に涙を溜めた美女の頭をポンポンと撫で、リーダーは白い歯を見せて笑った。


「お前の心配は、ちゃんと伝わったよ。それに落ち込むには早いぞ! まだ俺たちは、全員生きてる。皆で反撃しよう」

「……うん」


 さすが最年長にしてリーダー。やはりこういう時、一番頼りになる御方でござるな。黒いライダージャケットの腕を組み、メラゴ殿は怪我人に向き直る。


「アス。操られた一般人の様子と、勇者に関する情報をまとめてくれ」

「ああ」


 長年のパートナーシップを発揮し、てきぱきと報告の場が整っていく。最も長く魔王軍を率いてきたという二人が真剣な調子になると、狭いわが部屋に緊張が満ちた。拙者もまだ、事件の詳細は耳にしていない。


「一般人の特徴は二十代の男。ニキビ面で不健康そうな、髪がネチャついたヤツだ。ガルと同じ人種だな」

「失礼な。拙者、清潔感を大事にするヲタクでござる」

「それどころか、お前には見覚えがあると思うぜ。蛍光グリーンのダサいキャップだ」

「……あっ!? ま、まさか」


 拙者の脳裏に、カノン殿に粘着していたヲタファンの姿が浮かぶ。お主、何回拙者の脳裏に登場したら気が済むのでござるか。驚きつつもげんなりしている拙者を見上げ、アスイール殿はうなずいた。


「ああ、花月につきまとっていたって男だろう。彼女の記憶で視たツラだったから、オレも驚いた。だが本人の意思じゃない。男自体は白目を剥いて気絶していたが、身体だけが勝手に動いている様子だった」

「きっも! 本当に操り人形じゃない」

「そうだ。オレを見つけ次第攻撃するよう命令されていたんだろう。出来は悪ぃが、魔術を放ってきた」

「!」


 ベッドの端に腰掛けていたキティリア殿が、色鮮やかな爪を口に添えて目を丸くした。


「この世界の人間って、魔術使えんの!?」

「いや。どの生物も多少は魔力を持ってるモンだが、ここではオレたちの世界みたいに実用化はされてねえ。ましてや魔力の存在も知らないヤツが、『三日月の矢(クレセント・アロー)』なんて複雑な術を扱えるはずがない」

「そうね……」

「しかも場所は、会社帰りの一般人があふれる路地だ。退避させるのには手間取ったぜ。今は場所を()()()()ほど魔力もねえし、パニクって勝手に逃げ回りやがるし」


 本来のアスイール殿であれば、戦いのための別空間を創り出すことも可能でござった。しかし自然からの魔力供給がないこの世界では、稀代の魔術師である彼も力を発揮できまい。


「お前のほかに、怪我人は出たか」

「いや、狙っていたのはあくまでオレだけだったからな。目撃した奴らの記憶を少しいじったあと、人気のない場所まで引きつけながら逃げた。ガス爆発とでも思ってくれるだろう」


 その魔術は下級ながら、当たれば人間など一撃で葬り去る威力がある。犠牲者が出なかったことは奇跡と言えよう。その代わりに傷ついた友を、拙者は誇らしく思うでござる。なんだかんだ言いつつ、彼もすっかりこの世界の一員となったのかもしれませぬな。


一対一サシに持ち込めば、そう脅威じゃねえ。多少痛い思いはさせたが、男はすぐに無力化させた。だが、ソイツは意識を失っている状態でこう言い放ったんだ──」


 普段でも幽鬼のような顔をしているあの粘着男。彼が白目を剥いたまま声を発する場面を想像し、拙者は腕をさすった。魔族より怖いではござらんか。


「『勇者が必ず、穢らわしき魔族を打ち滅ぼす』──ってな」

「……なるほど」


 話を聞き終えたメラゴ殿は、太い眉を寄せてしばらく目を閉じる。その後、ベッド上の友の肩を労うように軽く叩いた。叩かれた魔術師は、痛みに涙目になり申したが。


「ご苦労だった! きっとお前以外が応戦すれば、犠牲が出ていただろう。よく粘ってくれたな」

「ってェよ……。だがまあ、ガキどものヒーローやってる男に言われるのは悪くねえな」

「はは! いっそ四天王を解散して、ヒーロー組織でも立ち上げるか?」


 呑気にそんな冗談を言ったリーダーでござったが、拙者はハイと小さく挙手してみせた。


「それでござるよ。勇者は人間を守るために修行した人間、つまりはヒーローでござろう? しかし今回の『勇者』は直接我らと対峙せず、無関係な者を巻き込んだ。その程度の魔術ではアス殿の首を取れるはずがないことも、承知のはず」

「そうね。『民の平和は、この私が守る!』とか言って突入してきた男にしちゃ、妙に投げやりだわ。でも完全に無関係かどうかはわからないわよ。ごまんと人間がいるこの街で、あんたたちが知ってる顔の男が使われたんでしょ」


 拙者とアスイール殿は顔を見合わせる。しかし答えには辿り着けなかった。


「当然、操った犯人の姿を確認するためにオレは襲撃者の記憶を視た。だがご丁寧に、そのあたりに関する記憶はごっそり消されてやがった」

「抜かりないでござるな。……ちなみにアス殿。その男、最近カノン殿の動向を追っているような記憶はなかったでござるか」


 ちゃっかり、いやここはしっかり訊いておきたい。安全にかかわる部分ですからな。しかし拙者の心配をよそに、包帯だらけのリーマンはあっさりと肩をすくめた。


「ああ、それはもう安心していい。最近は違うアニメにハマってるみたいだった。オレはその辺り全然わかんねーが、お前に死ぬほど観せられた『らぶ♡ぎぶ』じゃねえことはわかる」

「左様でしたか。となると、ますます無関係となりますが……一応、安心ですな」

「だが新しい問題も浮上した。そいつの記憶を視るかぎり、花月に呪いをかけていた節がねえんだ。無意識の部分も含めてな。つまり──」

「!」


 この言葉に、また場の空気が重くなる。拙者はやけに乾きを感じる喉をごくりと鳴らし、四天王一の頭脳を持つ男の結論を待った。



「花月を呪った犯人は、他にいる」



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