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拙者と推しと、ラブソング。  作者: 文遠ぶん
第3章 アニヲタ魔族と、ホントのココロ。
25/54

第23話 やらかしはなぜか重なるもの

(拙者の阿呆……)


 そんな罵りを自分に向けるのは、もう何百回目になるでござろう。友人の出産お祝いに行ったはずが、どこかの金髪マッチョが『やらかした』おかげでとんでもないオチがついてしまった。


(どうしてあのような、大胆な行動を……。男に無理に迫られることなど、粘着されていたカノン殿にとって恐怖以外のなんでもないでござろうに)


 しかしどんなにやらかしても、誰も精神と⚪︎の部屋を貸してはくださらない。後悔に苛まれる拙者を置いて日は進み、あっという間に二月の第一週が終わった。


 ミスを連発しながらもなんとか仕事を片付けて用意した、平日の休み。緊張でずっと無心に部屋の掃除を続けていた拙者は、ピィンポォーン……という地獄の呼び鈴(インターホン)の音を聞き、ぎこちなく玄関へ向かった。


「こんにちは、牙琉くん。今日もお世話になります」

「いらっしゃいでござる、カノン殿」

「……」


 こちらを探るような、硬い表情のお顔。ああやっぱり、拙者が『ガルシ』から何か聞き及んでないかを心配しているのでござるな。よし、ここは「男兄弟というのはお互いの失敗談などを打ち明けたりしないものだ」という前提で、明るい雰囲気作りを──


「ばあっ! ボクもいるよ、牙琉ぴょん!」

「おわぁっ!? なっ……ユノ殿!?」


 玄関ドアの影から飛び出してきた人物に、拙者は図らずしもコミカルなリアクションをしてしまう。ラフなショートパンツ姿の人気声優は、これまた童顔によく似合うキャップをクイと持ち上げ、拙者を不思議そうに見上げた。


「あれ、あんま驚かないね? 初めて会うファンのひとって大体、変な声上げて真っ赤になっちゃうんだけどな」

「!」


 しまった、と拙者は心中で青くなる。すでにガルシの姿では幾度か顔を合わせている故に、薄味な反応になってしまっていたか。この場合の最適解は、『ぶ、ぶひゅうう!? だだだ、大天使ユノっちが我が城に降臨召されたと!? お待ちくだされ、このような腐海に入れば三分で肺が以下略』でござろうに。


「せ、拙者も兄から色々と話を。しかし『牙琉ぴょん』というのは……?」

「カノンちゃんからキミのこと、よく聞くからさー。なんかもう親しみ持っちゃってるっていうか? あはっ」

「ちょっと、ユノ! ごめんね牙琉くん。ユノがどうしても、編集作業を見てみたいって言うから」

「左様でしたか。何、拙者は全然構いませぬぞ」


 この答えを聞き、カノン殿の顔に安堵が広がる。そしてそれは、拙者にしても同じでござった。報連相をマメにしてくれる彼女が、予告なしで連れを伴ってきた──それはきっと、彼女なりの「明るい雰囲気づくり」のための準備なのでござろう。ならば拙者も、その舞台に上がるまで。


「ユノ殿、お飲み物はいかがいたしまする?」

「わー、カフェみたい! んじゃコーヒー、ブラックで」

「承知。カノン殿はいつものアールグレイで良いですかな」

「あ、うん。ありがとう」


 お湯をカップに注いで温めていた拙者の耳に、ぼすんっという騒音が届く。見ると、ベッドの上にごろりと横になっている芸能人の姿があった。


「へえ、『いつもの』だって。カノンちゃん、通い慣れてるんだあ」

「変な深読みしないの。もう」


 ヒィ、ただの安物シングルであった我が寝台が急に国宝級の家具へと!?細く長い足をぱたぱたさせてうつ伏せになっているユノ殿を気にしつつ、拙者はなるべく急いで飲み物の支度を終えた。


「で、では拙者、作業をしておりますので……。ごゆるりと」

「ちょっと、そんなの来たイミないじゃん。ボクにも画面、見せて」


 PCがある作業机はベッドからそう遠くないので、端に腰掛ければ画面を覗くことはできる。いつもはカノン殿が座っているその場所でこちらの作業を見ていたユノ殿だったが、すぐにじれったそうに立ち上がった。


「あーもう、やっぱ横からじゃ見にくいや。よっと」

「ほわぁ!?」


 マウスを握る手を押し退け細い体をするりと入り込ませたのは、なんと拙者と机の間──ぷにょぷにょヲタクの膝の上であった。ショートパンツ越しでも柔らかな太ももが……いや詳細を実況しようものなら拙者、全国の戦友ともたちにチャーシューのみじん切りにされるでござろう。


「あは! 牙琉ぴょんクッション、ぷよぷよしてて座り心地さいきょー」

「ちょ、ユノ殿!」

「あれっ。ボク重いかな?」

「い、いやそうではござらん、がっ……!」


 首を捻って拙者を見上げるそのポーズは、完璧に可愛く決まっている。いつぞやの駅では拙者のことを、『アレ』呼ばわりなさっていたはず。もしやカノン殿から話を聞くうちに、印象補正がかかったのでござろうか。


「……」


 そんな思いで、ちらとカノン殿を見る。ベッドの上でもいつもより少し遠い位置に腰掛けている彼女は、なんとも複雑な表情をしているように見えた。友人の奔放な振る舞いを注意すべきか、たしかに作業を見るにはうってつけの場所なので口出しせずにいるべきか──そんなことを迷っておられるのかも。


「ふんふん。おー、やっぱいいセンスしてるねえ牙琉ぴょん」

「!」


 真剣な顔をし、動画素材が並ぶ編集画面を見つめる美少女。拙者は純粋に緊張を高めつつ、次の言葉を待った。


「編集上手いひとって、画面上も綺麗だよね。タイムライン見ればわかる。トランジションはそう多くないけど、的確なポイントに設置されてるね。すごいや」

「こっ……光栄でござる!」

「わ、挙動軽い! なんのシーケンスプリセット使ってるの? あ、企業秘密かなあ」

「まさかまさか。お待ちくだされ、今お見せしまする」


 編集方面の知識を持っているというのは本当であったらしい。制作する上で拙者がこだわったポイントに次々と気づいては褒めてくださるので、拙者はすっかり舞い上がってしまっていた。


「あっ、なるほど! ここであの定番エフェクトを使わない意味、わかったよ」

「おお、さすがですな! さらに拙者としては、もうひとつ狙いが──」


 背後の机上にあるコーヒーは、口をつけられないまますっかり冷めている。しかしそんな時間が流れてもなお、拙者とユノ殿は編集についての意見交換に花を咲かせていた。


 やがてユノ殿はぐっと背を伸ばし、満ち足りたような声を上げた。


「はーっ! ふふ、声優なのに喋り疲れちゃったよ」

「申し訳ござらん。しばし休憩されますか」

「ん、そうしよ」


 乗ってきた時と同じように身軽な動作で拙者の膝を飛び降り、ユノ殿はベッドに飛び込んだ。入れ替わるように腰を上げたカノン殿が、持ってきた紙袋を手に取って言う。


「二人とも、お疲れ様。お菓子買ってきてるから、開けるね」

「すまぬでござる、カノン殿。専門的な話ばかりして」

「ううん、全然! むしろありがとう。私のMV、大事に作ってくれたんだって伝わってきたよ」


 菓子の詰め合わせを開けつつ、カノン殿は微笑んだ。照れて言葉が出ない拙者に代わって答えたのは、丸めた布団を抱き枕がわりにしている美少女でござった。そ、それ、拙者のデイリー布団……。


「ほんとほんと。これ片手間の仕事じゃないよ、カノンちゃん。ガチのガチ編集だもん。いいねー、愛されてるぅ」

「えっ!? ちょっと、ユノ──」

「ところでカノンちゃんてさ。牙琉ぴょんのこと、好きなの?」


 静寂。まるで世間話の延長のように飛び出したその話題でござったが、当然拙者もカノン殿も目を点にするしかなかった。しばらくその状態が続くと、ベッド上であぐらをかいた質問主が肩を揺らして笑った。


「もー、この質問に即答できるひとっていないわけ? 難しくないでしょ」

「ゆっユノ、だって、いきなりそんなこと言われたって」

「そそ、そうでござるぞユノ殿! 拙者たちは──」

「ごめんごめん、困らせちゃった。()()()シンガーと編集者の間に、変なフラグ立てちゃうのはよくないよね」

「!」


 ベッドの向こうにある窓から入る逆光の中、少女はにこりと愛想よく微笑む。机を囲んで床に座っている拙者とカノン殿を交互に見下ろす様は、さながら小さな皇帝のようでもござった。


「カノンちゃんは牙琉ぴょんのお兄さんが好きなんだもんね。牙琉ぴょんはあくまでも、成り行きでプロデュースに関わっただけ」

「ユノ……?」

「じゃあボクが彼を連れて行っても、問題ないよね?」

「っ!?」


 息を呑む音は、同時であったように思う。何やら話が思わぬ方向へ進んでいると気づきながらも、拙者は声が出なかった。


「今度フォースターズプロで、ボクの新しいMVを撮ることが決まってね。タイトルはここじゃ言えないけど、全世界同時上映の大作アニメに使われる主題歌になる予定だよ」


 透けるように光るストロベリーブロンドが囲む顔の中、またあの大きな瞳が挑戦的に輝いている。


「ハリウッドの映像技術も取り入れるから、海外からもたくさん人が入る。牙琉ぴょん、そのチームで編集やってみない?」

「ふぁ……ええええ!? 拙者が」


 予想外の申し出に拙者は仰天するが、オファー主であるMVの主演は真面目な顔をして言った。


「ボクとしてはガチガチの3Dで固めるんじゃなくて、日本のアニメ技術をしっかり入れてほしくてね。ヲタクでアニメ文化に精通してる編集者、探してたんだあ。で、今日がっつり牙琉ぴょんに惚れちゃったってワケ」

「ほっ……!?」

「もちろん報酬も出るよ。この部屋の機材一式、買い替えられるくらいのね」


 うぐ、と拙者の心はぐらついた。腕もそうだが、そもそも動画編集には高いスペックの機材が求められる。たしかに今以上の高みを目指すとなれば、資金は必要かもしれないと思い始めていた頃だったのでござる。


「ね、いいとこしかないハナシでしょ? しかもボクのマンション、フォースターズプロの近くなんだ。チームに入ったら毎日通うことになるし、しばらくうちで暮らさない?」

「なっ!? ゆ、ユノ殿、それはさすがに」

「夜の時間ある時、『らぶ♡ぎぶ』の好きなシーンの再演、やってあげるよ♡」

「!?」

「ほかにも色々できるよ。牙琉ぴょんがやってほしいこと……なんでも、ね?」

「そ、そん……な」


 あざとい角度で顔を傾ける美少女を、拙者は穴が開くほど見つめた。なにやら息苦しい。驚きすぎて、呼吸さえ忘れてしまったのでござろうか──


「ご、ごめん! 私、帰るね、牙琉くん」

「カノン殿!?」

「バイト、欠員が出たみたいで。今日週末だから、混むでしょう。行かなきゃ」


 そう早口で言い、鞄を抱えて立ち上がるシンガー。慌てて続こうとした拙者を、カラータイツに包まれた細い足が阻む。驚いて足の持ち主である美少女を見た一瞬の間に、カノン殿は玄関へと向かう。


(何故……そんな嘘を)


 今日は週末ではなく水曜。バイト先からの連絡を見た様子もない。どう見ても咄嗟に捻り出した、不器用すぎる嘘でござった。


「カノン殿!」

「あーりゃりゃ。べつにこっちの活動を完全にやめろとは言ってないんだけど、ちょっとショックだったかなあ。いいよ、ボクがちゃんと話しておく」


 ひょいとベッドを降りた少女はそう宣言し、拙者にちらと振り向いてウインクした。


「さっきの話、考えといてね。また迎えにくるから」

「ユノ殿! 拙者は──」


 拙者の言葉には反応せず、ひらひらと手を振って人気声優は廊下へと消える。


(……っ、情けない)


 気を抜いたからか、『牙琉』の幻影が解けていた。拙者は熊のように強靭な身体で、しかし叱られた子供のごとく背を丸め、ベッドに腰掛ける。


(拙者が追いかけるべき場面であったはずなのに)


 ドラマでもアニメでも、幾度となく履修したシーン。傷ついたヒロインを追いかけてその手を掴み、自分の想いを熱くぶつける主人公。しかもその勇気ある行動は大抵、幸せな結末を掴み取るものでござった。


(しかし、拙者は……)


 夢にあふれる純真な女性をずっと騙している魔族ヴィラン。そんなぴったりな呼称が浮かび、拙者はひとり自嘲する。うむ、これはあまりメンタルの調子がよろしくない。少し頭を冷やすべきでござろうな。


「よし、今日はチートデイにするでござる! 久々に千キロカロリーラーメンをキメて──」


 空元気な発言をしつつ立ち上がったところで、魔族の耳が奇妙な音を聞きつける。どん、どん……とスローペースで繰り返される、ノックらしき音でござった。


「ま、まさか──!」


 ローテーブルをやや蹴飛ばしつつ拙者は部屋を駆け抜け、玄関へと急ぐ。


「カノン殿っ!」


 ドアを開け放つと同時にそう叫ぶが、見えたのは暮れゆく街の風景だけでござった。驚いて左右を見回す拙者に、やけに低い位置から声がかかる。


「……よお。ガル」

「! あ、アス殿っ!? どうしたでござる、そのお体は」


 アパートの通路に背を預けるようにして座り込んでいたのは、血まみれのサラリーマンだった。血に染まったシャツの襟元から、千切れかけたネクタイがだらりとぶら下がっている。


「アポなしで来ちまって、悪ぃが……四天王を全員、集めてくれ。緊急事態だ」

「な──」


 助け起こそうとした拙者を真剣な目で見上げ、同胞は告げる。



「『勇者』が、現れた」



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