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拙者と推しと、ラブソング。  作者: 文遠ぶん
第2章 アニヲタ魔族と恋の応援団
22/54

間話② 大晦日の大決戦

 大晦日、深夜二十三時半。拙者は短い足を最大限に動かし、夜道を駆けていた。金髪の下の丸顔に浮かぶのは、戦士に相応しき厳しい表情(個人の評価でござる)。


(やはりこの戦、一筋縄ではいかぬでござるな……!)


 拙者は薄くにじんだ汗を拭い、次なる舞台を目指す。どの店舗も早くに営業を終了し、街は奇妙な静けさに包まれていた。きっと多くのご家庭は蕎麦の用意などをしつつ、お茶の間でぬくぬくとテレビを観ているであろう時分。そんな年越し間際にアニヲタ魔族の拙者が外を駆け回っている理由は、たったひとつでござった。


(『年越しだよ!らぶ♡ぎぶ☆オールスターであけおめ!くじ』──あまりにも手強い……手強すぎるッ!!)


 『らぶ♡ぎぶ』の魔法少女たちの活躍は今でも続いており、現在は『らぶ♡ぎぶ3rd:対決!?マカロン帝国』というシリーズが放映されている。魔法少女たちの数も実に十五人とその数を増やし、少女たちから大きなお友達にまで愛されるアニメとして名高い。


 そして公式からその驚くべき発表がなされたのは、たった一週間前のこと。なんと大晦日、全国のコンビニにてとあるグッズが一斉発売されるとの報せでござった。


『歴代魔法少女たちが勢揃い! 「年越しだよ!らぶ♡ぎぶ☆オールスターであけおめ!くじ」──あなたの魔法少女に、会いに来てっ♡』(CV:星城ユノ)


 拙者はその公式サイトをしばらく眺めた後、神妙にラグに正座し、部屋のもっとも低い位置から公式様を崇め奉ったものでござる。なんという神の恵み。あまりにも豪華すぎるお年玉。乾いた砂漠に降り注ぐレインオブゴッド。同志たちが集う『Z』のタイムラインでの熱狂はすさまじく、反応がない者は衝撃が強すぎて死んだのではないかと疑いがかかった。


「はあ、はあっ……ま、間に合うか……!?」


 好きなアニメのグッズが発売されるのは、もちろん喜ばしいことでござる。しかしここまで拙者が狂喜乱舞する理由はもちろん、今回のラインナップが『オールスター』であるという点にあった。これまでのシーズンで活躍した魔法少女たち──つまり初代魔法少女のひとりにして我が推し、『蒼波ラムネ』たんもその対象に含まれるのでござる!


(初代コースターと集合アクスタは奇跡的に手に入れた。残るは最難関──A賞のラムネたん単体フィギュアでござるが……)


 いわゆる上位賞と呼ばれるその位置に我が推しが降臨しているのは、ファンとして誇らしい。しかし推しをお迎えできる確率はわずか一パーセントほど。運良く他の賞が出続けくじの数が少なくなっていればその確率は上がるものの、皆考えることは同じでござろう。


 しかも今回は購入制限まである。最終的には、くじの女神に微笑んでいただくしかない──拙者、女神の類から非常に恨まれる存在でござるが。


「いらっしゃいませー」


 初詣に向かうご家族やカップルたちが買い出しをするためか、コンビニ店内は混み合っていた。そして拙者は、つぶらな瞳を珍しくするどく光らせる。


(いる、でござるな)


 まっすぐにレジへ斬り込む者。くじの半券を握りしめ、商品棚の陰で涙を流す者。興奮した顔でスマホを高速連打している者。拙者の同志にして今宵はライバルである『らぶ♡ぎぶ』ファンたちが、狭い店内で火花を散らしていた。まさに戦場。


 拙者はくじの女神様への供物としていくつかの菓子類を携え、疲れ切っている店員さんを見上げた。


「『らぶ♡ぎぶ』くじを三回、お願いします」

「おひとりさま三回までですけど、いーですかぁ」

「はい」


 掲示されたくじの残り表から、まだA賞は出ていないことは確認済み。他の賞も半分ほど引かれており、当たる確率は格段に高くなっている。拙者の胸が高鳴った。そしてそれは、一分後に見事心停止へと変わった。


「ぜ、全滅……」


 コースター、コースター、コースター。一人暮らしの男になんという仕打ちでござるか、女神殿。もしや供物のスイーツがお気に召さなかった系でござろうか。拙者、腹踊りでもなんでも致しますので、どうかお慈悲ををを……!


「えーっと……A賞?」

「お、当たりっすね。おめでとうござまーす。フィギュアの、青いほうか……袋に入れるんで、お待ちくださぁい」

「!?」


 背後から聞こえたそのやりとりに、拙者は首を折りそうな勢いで振り向いた。バカな、次の挑戦者がラムネたんを引き当てたとな!?ぐぬぬ、ゆ、許すまじ──!!


 見ても凹むだけとは承知しながらも、拙者はできるかぎりのジト目をプレゼンツするべく賞品を受け取っている幸運者を確認する。なんと女性でござった。


 見覚えのある紺のダウンに、細くしなやかな足。フードから黒の長いストレートヘアをこぼしたその美女は、拙者を見て破顔した。


「『ラムネ』、当たっちゃったよ! 牙琉くん」

「かっ……花月殿おおお!?」





「まさか同じ店内にいらしたとは。お声掛けしてくだされば良いものを」

「ふふ、ごめんなさい。あんまり真剣な顔してくじを引いてたから、つい。でも私も、ずっと真後ろに並んでたんだよ?」

「左様でござったか。それは拙者も、失礼し申した」


 ぺこりと頭を下げた拙者の頭上から、涼やかな笑い声が落ちる。二人揃って温かいドリンクを免罪符に、少しだけコンビニの敷地の隅に居残りさせてもらっていた。


「それにしても、くじを引きながらここまで来るなんてびっくりしちゃった。牙琉くんのお家から結構遠いのに」

「はは、お恥ずかしい……。どこの店舗でも、見事に運に見放されましてな。同志たちの情報で、このあたりの店舗はまだ在庫があると耳にしたのでござる」

「そうなんだ。じゃあ私、運が良かったんだね」


 袋に入ったフィギュアの箱を見、花月殿が大きな黒目を瞬かせる。拙者は背のリュックを下ろして開けつつ、美女に熱弁を振るった。


「運が良いなどというレベルの話ではございませぬぞ! 拙者はこれまでに四回挑みましたが、結果はこの通り」

「わ、すごいコースターの数! お家にどれだけお友達が来ても大丈夫だね」

「そうですなあ──ではなく! 一発で引き当てたのがA賞、しかも『中の人』ご本人なのですぞ!? 拙者、あまりの奇跡に震えておりまする」


 ぶるぶると震える拙者を見、花月殿は面白そうに微笑んだ。できるならコンビニ内の同志たちに、『ラムネたん』その人が目の前にいると伝えてやりたい。もちろん、そんな暴挙には出ませぬが。


「私、こういう運は昔から結構良くて。今日もバイト先の年末福引で、温泉割引券が当たったし」

「おお、おめでとうございまする」

「先週の忘年会でも、ビンゴ大会でゲーム機が当たったよ」

「す、すごいですな!? 今度うちでやりましょうぞ」

「うん! おすすめのカセット? 教えてね」

「ずいぶんソースが古いでござるが、お任せあれ」


 ほええ、こんなに運が強いお人であったとは。いやしかし、清廉潔白に生きている彼女のことでござるから、運命の女神様のご判断も甘くなろうというもの。そしてそれは拙者も同じ。にこにことしている推しを見ると、頬が溶けてしまいそうになる。


「そこまで聞くと、今年一番のラッキー武勇伝が気になるところですな! どうでしたか、花月カノン殿。カメラに向かって一言」

「え? うーん……色々あったけど、一番はやっぱり」


 ホットコーヒーから口を離し、花月殿ははぁっと白い呼気を上げる。それらが星の少ない夜空に溶けると、彼女は拙者を見てまた笑った。


「牙琉くんとガルシさん──ふたりに会えたこと、かな」

「!」


 調子に乗って差し出していたガブリコーン(マイク型のお菓子でござる)ごと固まった拙者に構わず、美女は語る。


「ガルシさんに、トラブルから助けてもらって。牙琉くんがライブに来てくれて、私のプロデューサーになってくれて。ふたりがいてくれたから、私は今も自由に歌えてる気がするの」

「か、花月殿……!」


 その優しい語りに、拙者は眼鏡の奥の目を熱くする。尊すぎませぬか、我が推し。


「それに、おでんが食べたくなって出かけていった大晦日のコンビニで、牙琉くんにも会えたし。最近バイトが忙しくて、年末のご挨拶もできてなかったでしょう? だから私、本当に運がいい」


 満面の笑みを添え、拙者へと差し出される角ばったビニール袋。背の高い箱は、袋の口から飛び出している。ちらと見えたのは、輝く水色の髪を持つ推しの魔法少女の笑顔でござった。


「そんな私が引いた賞品だから、牙琉くんにも幸運を分けてくれるかも。招き猫じゃないけど、招きフィギュアってことで──よければ、もらってくれる?」

「え……えええええ!?!? せせ、拙者に!? ラムネたん・トゥ・ラムネたん!?」


 意味不明な感激を口走りつつ、拙者は金メダリストよりも驚愕の表情を浮かべて賞品を受け取る。数年ぶりに目にする、推しの現行グッズ。守りたい、この笑顔。


「──ね。渡したあとで卑怯なんだけど、取引をひとつ……持ちかけてもいい?」

「な、なななんなりと! 菓子コーナーの買い占めでも致しまするか!?」

「ううん、もっと簡単なこと」


 元々の目的であるおでんの催促かと思ったものの、それであればひとつというのはおかしい。拙者が目を白黒させていると、花月殿は薄いリップが煌めく唇を持ち上げて告げる。


「私のこと、名前で呼んでほしいの」

「!」

「ガルシさんもそう呼んでくれてるのに、もっとたくさん会っている牙琉くんがいつまでも『花月殿』なのは、ちょっと寂しいなって……。どうかな」

「そうで、ござったか……」


 拙者は熱くなってきた頬を夜風で冷ましつつ、ちらと彼女を見る。コーヒーに混ざって、花のような甘い香りが魔族の鼻を掠めた。


(不思議でござる。ハズレばかりを引かされた、近年いちツイてない大晦日だと思っていたのに)


 リュックの中に同じ賞品が溢れ、自分の手で推しグッズをお迎えできなかった悔しさがあっても。拙者の心は、春の陽気に満たされたように温かかった。


 どうにかこのぽかぽかの気持ちを、彼女にお返しできはしないか。拙者は覚悟を決め、手汗ごとをぎゅっと拳を握って言った。


「で、では、失礼して──……カノン殿」

「はいっ、牙琉くん! 今年はお世話になりました。改めて、来年もよろしくお願いします」

「こ……こちらこそでござる!」


 その後おでんを買い、イートインスペースで拙者たちは次のMV計画を語り合った。くじ表に「完売しました」のシールが貼られる頃に()()()殿()があくびをし、だらだらと解散となる。


「良いお年をね、牙琉くん!」


 元気よく手を振って帰路に着く美女を見送り、拙者はひとりごちる。


 拝啓、運命の女神殿。拙者、今ようやく理解し申した。

 なるほど、拙者にくじの当たりなど割り振れようはずもない。


 なぜなら拙者はすでに、SSS賞以上の幸運を引き当ててしまっていたのですから。



<間話② 大晦日の大決戦 ― 完 ―>


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