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拙者と推しと、ラブソング。  作者: 文遠ぶん
第2章 アニヲタ魔族と恋の応援団
17/54

第17話 はしゃぐ推し以上の栄養はない

『初陣』に相応しき澄んだ冬空を、拙者は信じられない気持ちで見上げる。


「ガルシさん、ガルシさんっ!! 見てください、あそこ! キャッツーくん!」

「……」


 来てしまった。あまりにもあっさりと。


「写真撮っていいですか? わ、顔が大きくてカメラに入らない、ふふっ!」


 やけに目が死んでいるテーマパークの代表キャラ着ぐるみに抱きつき、カメラの位置に迷っている花月殿。拙者はその微笑ましい絵面に頬を緩めた。ちなみに今日は、そこに垂れ下がる駄肉など一切ない。


「ちょ、見た!? あそこの外人マッチョやば」

「バッキバキなのにカチューシャかわいいかよー。いいもん見たわ」


 おそろいのネコ耳をつけた制服姿のJKが、まったく潜めきれていない声で拙者への所感をささやきあっている。国外の観光客も多いこの場所であれ、やはり二メートル近くある巨漢がイヌ耳カチューシャをつけて仁王立ちしてる姿は目立つでござろうな。


「すみません、ガルシさん。写真、ブレブレですけど撮れました。ありがとうございます」

「いえいえ。意外でした、花月殿がキャッツーくんのファンだったとは」

「こ……子供っぽいですよね。自覚はあるんですけど」


 苦笑して傾いた黒髪の上で、ネコ耳カチューシャについた鈴がリンと鳴る。この商品を企画してくださった御仁に、今すぐ北海道産のカニとか贈りたい。今日の花月殿はずっと屋外にいることを想定してか、セーターにコートという厚着。拙者の腕しか入らなそうな細いジーンズにより、しっかりと両足は守られている。良いことでござる。


「カチューシャ、痛くないですか? ドグオくんの、小さいハットがついていてかっこ可愛いですね」

「はは。こんな大男がつけていても、そう見えますか」

「はい! ガルシさんは大きいですけど、獰猛には見えないので。むしろ、最終進化したドグオくんにちょっと似ています」


 サラッと出されたキャラクターの闇が深そうな設定にツッコみたい気持ちはある。だが先に、拙者の正直な心情を吐露しても構わないでござろうか。


(真名…………呼びすぎいいいいいい‼︎)


 たぶんこれが小説とかであればたった八百字くらいの進み具合でござろうに、その中でもすでに四回。駅前で待ち合わせたあとからの回数で言えば、とうに十回は越えているでござろう。弾むような声で真名を呼ばれると、ヘソのあたりがむずむずする。


「ガルシさん、どのアトラクションに乗りたいですか?」

「せ──自分は、どれでも。花月殿がお好きなものをお選びください」

「わかりました。じゃあ、一番近い『カチコミバザール』エリアの……」


 パンフレットを真剣に読み込みつつ歩き出す花月殿。あっ、そんな不注意な状態では、また──!


「っきゃ!?」

「花月殿!」


 綺麗に整備された橋の上だというのに予想通り、細い体ががくんと倒れ込みそうになる。拙者は最近のトレーニングで鍛えた反射神経(当社比)でもって飛び出したが、目の前で彼女はしっかりとバランスを取り戻した。


「っと。セーフ!」

「よ、よかった……。大丈夫ですか?」

「はい! なんと今日は、一度もコケてないんですよ。自慢にはならないでしょうけど、私にとっては快挙なんです」


 誇らしく言う花月殿を見、拙者の胸はチクリと痛んだ。ここで「貴女は呪われているのです」などと言ったら、さすがに音信不通コースまっしぐらのはず。せめて拙者の真名の加護──と呼べるかはわからないが──が、きちんと仕事をするといいのでござるが。


「あ……すごい列。どうしましょう」

「どこに行ってもこのようなものではないでしょうか。これがいいなら、並びましょう」

「そうですね」


 アトラクションを内包する建物からはみ出した列に並びつつ、拙者はそっと周囲に視線を巡らせた。失礼、と断ってパーカーのポケットからスマホを取り出す。ロック解除と共にメッセージが流れ込んできた。


『こちらとの距離は気にするな。パーク内ならどこにいても、オレの魔力範囲内だ』


 今日の「アシスト」役であるアスイール殿からのメッセージ。デートにお母さんがついてきているような小っ恥ずかしい状況でござるが、この姿を保つためなので仕方がない。


 待ち列が建物内に入る。凝った飾りに夢中になっている花月殿を確認し、拙者は手早く返信をしたためた。


『感謝でござる。そちらは何しておりまする?』

『メラゴは乗り物に乗りたいって言うし、キティは限定スイーツを食べるって言って聞かない。オレはシーズンショーが観たい。いや死んでも観る』


 悲喜こもごもが詰まった返信に、思わず苦笑が漏れる。今日のデートを聞きつけ、今や四天王全員がこのパークに参上している状況でござった。しかし無下にはできない。アニメプリント服しか持っていない拙者のため、キティ殿はこのオサレな無地パーカーを見繕ってくださっていた。リーダーは万一の事態のための護衛という言い分でござったが、単純に面白イベントに便乗してきただけにも思える。


『今日こそネコが世界一の人気者であることを証明したるわい! だニャン』

『おんどりゃあ、イヌの天下舐めくさりおって! だワン』


 イヌとネコ一家による激しい対峙を描いた謎の任侠アニメが、壁のスクリーンいっぱいに映し出されている。目を輝かせる花月殿の横顔を盗み見ながら、拙者は太い腕を組んで通路の壁に背を預けた。


(そもそも、デートかと言えば……どうでござろうな)


 いきなり『ガルシ』からこのパークへ行こうとお誘いしたわけではない。いつもの『牙琉』がまず仕事で招待パスポートをもらったといい、花月殿にお声掛けしたのだった。それもMVのPVが十万を達成したことへのお祝い、という名目で。


『その、よければ……パークに「兄」もご一緒して構わないでござるか?』

『えっ? ガルシさんも!?』

『珍しいことに、どこか一日予定を空けられそうなのでござる。兄もちゃんと花月殿に挨拶したいと申しておりましたので、三人でパーっとお祝い&息抜きということで』

『ぜひお願いします! よかった。これでようやく、ちゃんとお礼できる……うれしい』


 あの時の笑顔と、今の花月殿のはしゃぎっぷりはリンクしている。彼女は本当に、『ガルシ』に会うことを楽しみにしてくれていたのでござろう。もちろん『牙琉』のほうは、体調不良で行けなくなったとドタキャン済みだ。このからくりにより、状況だけで言えば二人きりのデートは成立しているのでござるが──


「……東野さん、大丈夫でしょうか」

「っ!?」


 タイムリーすぎるその発言に、拙者はカチューシャがずれそうなほど飛び上がることになった。それに気づいた花月殿が笑顔を引っ込め、急いで拙者の目の前にやってくる。


「え、良くないんですか!? じゃあ帰りましょう! やっぱり、具合が悪い一人暮らしの方を置いてくるなんて──」

「だだ、大丈夫! 大丈夫です。寝てれば治るヤツなので」

「でも真冬ですし、変な流行病だったら……!」


 真剣に心配するその顔を見下ろし、拙者は奇妙な心地になった。嬉しいような、申し訳ないような。しかし本当に飛んで帰りそうな花月殿を引き止めるため、拙者は覚悟を決めて言った。


「──弟には黙っておくように言われましたが、彼はただの食べ過ぎです。昨日、焼き肉丼を三杯おかわりしたからでしょう」

「そ、そうでしたか……。病気じゃないなら、よかった」


 すまんでござる、もうひとりの拙者。いやどちらも拙者でござるけども。


「招待パスの期限は今日までですし、楽しみましょう。弟も、自分やあなたにそうしてほしいと言っていました」

「……わかりました。あとでお土産、たくさん買いますね」


 ようやく納得したらしい美女であったが、彼女はしばらく考え込むように黙る。じりじりと進んでいく列の先は相変わらず果てしなく、乗り口はまだ見えない。まずいでござるぞ、なにか気の利いた会話を──。


「ガルシさん」

「! な……なんでしょうか」


 不意打ちの真名呼び。しかし拙者がその響きに酔いしれるよりも早く、花月殿は真剣な顔でこちらを見上げた。



「どうして──好きになってくれたんですか」


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