何某という引退勇者の異世界思い出話
あー色々あった。
そりゃあもう色々あった。
最初からか?いいけどちょっと長くなるぞ。
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趣味の野球観戦中だった。
呑みながら馴染みのおっちゃんとのおしゃべりに夢中になってたばかりにファールボールが頭を直撃。
当たりどころが悪かったんだろうな…後々考えればだけど多分それで人生を終えた。
覚えてるのは視界の隅、やけにゆっくり迫る白球。
飛び散るビールの飛沫、頭抱えながら目をぎゅっと閉じたおっちゃんの顔。
そして右側頭部への衝撃。
薄れていく意識の中最後に見えたのはやっぱりおっちゃんの顔。
目尻のシワ、少し飛び出た白混じりの鼻毛、目立つ毛穴、流れる汗…あれ、あんまり思い出したくないなこれ。
そういえば6回裏2アウト2・3塁までしか見られなかったあの試合の結果を知りたいんだけど。
えーっと確か七月の市民球場で…
え?シニアリーグの練習試合結果なんて知らない?そりゃそうか。
そのビカビカ光った便利そうな魔法デバイスでも調べられないの?
それスキル?普通のスマホとは違うっぽいが…
ゲーミングスマホスキルって言うのか…第一から第十五世界までのことなら大体調べられる…
はーすごいな、しかしなぜ七色に光って…ダンジョンとかで目立ちすぎじゃない?大丈夫?
検索しても試合結果出てこない?流石にか…
まあ君たちはくれぐれもファールボールの行方にはご注意ください。
シニアは硬式ボールだからな、まじで気をつけて。
そのあと…意識が覚醒したのがここ。
そうだな、結構広めの畳の部屋にこたつ布団の取り払われた大きめのこたつ机。
ここはいつもこうだ。
今は大分暖かくなってきたからただの机状態だけどもちろん冬は普通にこたつになるぞ。
こたつ机の前、まさにこの場所に今と同じ用にあぐらをかいて俺は座ってた。
もっともその時点ではよく分かってなくて…
白いTシャツに生成りのハーフパンツとか履いてる格好だったかな。
感覚的にはついさっきまで着てたはずのレプリカユニフォームは着てなかった。
うん、割と殺風景な部屋ではあるな。
そこの押入れと…そっちの掛け軸とか壺とか飾るような『例のスペース』があって…
いや当時から掛け軸も壺もなかったけどな…てかあのスペースいる?
それっぽいからモルアポで拾った脇差し飾ってみたらあいつにはあんまり良い顔されなかったな。
『なにもない』が『ある』のが良いんだとさ。
え?それってつまりどういうこと?って聞いたら何故か耳真っ赤にして逃げられたけど。
三日くらいそのネタで擦ってたらマジギレされたから言うのやめた…
今は猫のお気に入りの場所になってるから結局何も置いてないままだな。
モルアポ?ああモール・ア・ポーのダンジョン。
そうそう、踏破したよ。
結構初期じゃないか?こっちきて3ヶ月とか…
え、復活してんの?あのダンジョン。
最高難易度で踏破不可?君らでもダメなの?
攻略法…って言っても俺たちの踏破方法はなあ。
魔女のババa、やべ、探知された!
魔女の!美しい!お姉様が!最下層のボス部屋探知して三次元的に方向と距離測定…ふぅ。
あとは俺がそっちめがけて直線高熱量魔法パンチぶち込むだけだからな…
かかる時間はラスボスにぶち込んだ魔法でできた穴の移動時間だけど1時間かかってなかったような…
罠とかそういうのは全部…先頭を行くジジイが踏み潰すと言うか弾き飛ばすと言うか…
いやスキルじゃなくて筋肉だとさ。筋肉はすべてを解決するらしい。
いやそんな顔するなよ、分かってるって…なんかごめん…
ちょっと特殊なやり方だから最終層のお宝以外は結構スルーしてると思うんだけど、脇差しは最終層にあったんだよな。
見る?これがそう。
え?ちょちょちょ、何?なんて?ゆっくりもう一回お願い。
月影桜嵐風焔霧幻轟裂…ふにゃふにゃ刀?
ごめん覚えられない。
強いの?
え、最強クラス。
魔王どころか魔根源の喉元にも届く?
めちゃくちゃ早口で喋るじゃん…わかったわかったちょっと怖い…
いいよこれあげるよ。
あーいいのいいの、俺精霊魔法乗せた体術メインで武器は使わないしどうせ飾る場所ないし。
話逸れちゃったな。
で、見ての通り障子窓開けると向こうには縁側、玉砂利、なんかそれっぽい木。
良い感じの庭が見えるでしょ。
総じて古き良き日本人が想像する田舎の家、おばあちゃんちって感じ。
いや俺のばあちゃんちは都内のマンションだから全然違うんだけど。
うん、超フローリング、バリアフリー。
でもなんとなく田舎って聞いたら想像しちゃう景色がここ。
それくらいから徐々に意識が鮮明になってきて五感が働き出した。
季節は多分夏真っ盛りをちょっと過ぎたくらい。
庭の方から心地よい風が吹き込んでて、聞こえてくるのはうるさいくらいのンホー!ンホー!の大合唱。
そうそう、ンホンホ蝉。
ミンミン鳴けよな、なんだよンホンホって。
異世界だからしょうがないか…本当にしょうがないのか?
不思議と不快じゃないんだけど最後オ”ホォ!でシメるのは未だに笑っちゃうな。
みじかい蝉生を全力のオホ声ってそれでいいのか蝉。
あーそうだな、アンアン蝉の方も大概だよな…教育に悪すぎるだろ。
え?君、ンホンホ蝉のモノマネが得意?脇差しのお礼に?
いや大丈夫だから…女の子がやるもんじゃないでしょうが、やめときなさい。
んでぼーっと庭眺めながら頭整理してたら…
トントントンって軽い足音が聞こえて庭とは反対のそこの襖が結構な勢いで開けられた。
振り向いて見ると廊下に立ってたのがせんべい咥えてお茶乗せたお盆抱えたあいつ。
うん、和服。
和服以外着てるの見たこと…ないな。
和服 or 全裸しか知らない。
着痩せするタイプだから脱ぐと結構…
なんでもないぞー!お茶となんかお茶請けも頼むー!
えーっと、あいつが和服の裾乱して完全に襖を足で開けましたみたいなポーズで固まってた。
俺?その時はまだテンパってるし多分あ、どもーお邪魔してますーみたいな感じで会釈したんじゃないかな。
あいつはすすすっと机に近づいて一旦お盆置いてせんべいもお盆に置いて…
スッとやけにキレイな姿勢で正座してから俺を見て第一声。
『えー…まじかぁ…』
そう、それがあの女神、便所の女神様との初対面。
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どう?ヌルぺぺ漬けは。
結構お茶に合わない?
そうそう、最初は忌避感すごいんだけど慣れるといけるんだよなー。
えーっとどこまで…そうそう、女神様。
君たちは別ルートなんだっけ?
確か召喚だよね?
はーそれはまた…召喚技術持ってるというとユグマリカ?ゼノクリア?
ユグマリカか…絶食皇帝のゼノクリアよりはマシかもしれないな。
気軽に断食強制してくるんだよなあの皇帝…
思想信条の押し付けはあんまりねえ…
ユグマリカの幽霊女王の方がまだ実質的な被害は少ないんじゃないかな。
え?そうか、気づいたら部屋の隅でじっとこっち見てるのもなかなかキツいかあ。
あとなんか常に体から液体が滴ってる?
いやあの液体すごいのよ、女王汁って言うんだけど、小指の先くらいの量ひと舐めで二時間くらい透明化できる。
ジジイがダースでストックしてたなあ。
何に使ってたかはその…うん、前科は三犯あるとだけ…
まあ俺は直でここに来ちゃったわけ。
うん、神とはいえ意識もしてないのに管轄世界から転生者を呼び出すなんて普通ありえないらしいね。
ところがだ。
俺が転生してきたのがえーっと…第八世界、つまり地球で言う2011年だったわけ。
ちょうどその前年に便所の女神様称える歌が流行っててさあ。
意図せず信仰心がとんでもない量集まっちゃって本人も気づかないうちに神様パワーがすごいことになってたんだとさ。
神算すると配信100万ダウンロードで通常の100万倍、年末のなんとか大賞ゴールドディスク獲得で更に1億倍。
もうわけわかんないよね。
そんな状態でふとあー魔王倒して~とか考えちゃったもんだからなんか適正のある俺が呼ばれちゃったみたい。
うん、知っての通り結局あいつが魔王倒したんだけどね。
俺たちがダンジョン攻略だの人助けだのしてる間に、女神の体がそれこそゲーミング神様と言ってもいいくらいビカビカ光りだしてさ。
あの歌随分ロングセラーになったらしいからなあ。
あれこれいけるんじゃね?って感じで魔王の家行って出てきたところにハァ!ってなんか波動の超パワー的なもので一撃。
ウッキウキで魔王が溜め込んでた資産奪って帰ってきた。
どこの強盗だよって感じだけど…闇バイト?え、なにそういうの最近の日本で流行ってんの?こっわ…
別に女神はバールの様なものでこじ開けたわけじゃないぞ。
普通にチャイム鳴らして出てきたところをハァ!らしい。
そうそう、先代魔王はイドアンにある高級住宅街のタワマン住みだった。
ダークタワー・キャッスル四号館3001号室だったかな。
ロビーは幽霊女王の女王汁で透明化して無関係の住民にくっついて突破したって。
最上階占有のペントハウスだったんだけどペントハウスの屋根と言うか屋上ごとね…ハァ!って…
うーん便所の女神なんてもともとドマイナーだから顔知らなかったんじゃないかなあ。
あのーすいません下の住人ですがゴキブリが出ちゃってぇとかなんとか言って開けてもらったらしいよ。
普段ゴキブリなんて猫と一緒に追い回してるのにな…
ていうかなんでこの世界のゴキブリは20センチ超えてんだよ。
いや、わかるよ、俺も初めて見た時は悲鳴あげたもん。
下層にも被害多少出たらしいけどそこは『どうせ億ション住みなんて全員反社だろ』みたいな世論で特に問題にはならなかったな。
うん、偏見は良くないと思うけど実際あそこは四天王と十二魔将と極悪二十四柱が入居してたからね。
あいつら今デリバリーの会社はじめたって聞いたなあ。
倒された先代魔王の部下なんてそんなもんなんだってさ。
で、俺たち勇者一行がその汚名…いや名誉を被せられ…被せ…?なんて言えばいいんだこれ…
とりあえず俺たちがやったことにされてめでたしめでたし。
俺たちでも普通に倒せてたレベルらしいからいいんじゃないかな。
あんまり細かいことは気にするな。
そうそう一応魔根源にも会いに行ったよ。
あいつは普通にそれっぽいダンジョンに居るのな。
いつも通り直線掘削かましたらめちゃくちゃキレてた。
昭和の番長みたいな…あ、分かる?おじいちゃんの持ってる漫画で見た?
そうそう、そんな感じのやつでさ。
小一時間殴り合ったあとサムズアップして俺とお前はもう”ダチ”だぜみたいなこと言われた。
勇者とダチになっちゃダメなんじゃないかなあと思ったけどちょうど夕飯の時間だったしそのまま帰ったよ。
俺って夕飯はちゃんと家で食べるタイプなんだよね。
え?魔根源倒したらもう魔王は生まれないから自分たちが召喚されることも無かった?
いやーあいつなんか死なないらしいよ。
正確には死んでも八秒くらいで復活するんだとさ。
そもそもなんかこの世界、第三世界が存在するための基礎インフラみたいな扱いらしい。
んー例えば海が干上がったら多分生命絶滅するし、地下のマグマが消えたら星どうにかなっちゃうでしょ?
魔根源も何かしらそういう感じでこの世界の地球が存続するための役割持ってるんだってさ。
本人はよく分からんって笑ってたけど。
え?そんな情報黒の知書に載ってない…?
情報が更新されてれば対策方針も変わって自分たちが召喚されない可能性もあった?
そんなバカな、あれは歴代勇者が魔王倒すごとにアップデートされてるから俺たちの最新情報も…
いやいやちゃんとメールで報告したって!
そういうのは魔女がちゃんとやってるから…2年くらい前だろ、まだ履歴あるんじゃないか?
ちょっと待ってな。
…もしもし?あ、魔女?オレオレ、うんそう、いや詐欺じゃねえよ。
ていうか海の向こうから位置探知して激圧天罰ラッシュSUPER降らせようとすんなよ、怖いだろ。
ババアじゃない?いやーでももう八百歳超えてババアじゃないのは無理が…
俺の嫁の方がババア?はぁー?まだピチピチの大体四千歳なんですけどー?
しかも本人が詳しく覚えてないから俺達が出会ったその日が新しい誕生日だね♪って決めたんですけどー?
うるせえばーかばーか!悔しかったら男見つけてみろ!
やたら顔は良いのに毎回1週間持たないのはなんでなんですかねー?
おいだから超長距離探知魔法やめろって!あっこれオメガエクスプロードポヨンじゃねえか!
さっきまで快晴だったのに暗雲立ち込めてんぞ!
詠唱やめてください!
こっちも聖光腹痛波でカウンターできるんだからな!
うるせえ抑止力だこのやろう!
はい、わかりましたすいません、悪口を言ったのはこちらが先です。
でもできれば言葉の刃には言葉でですね…
うっ…体重は確かに増えたけど…メタボリックヒーローってのはさすがに刺しすぎじゃない?
まだ血圧は正常だよ!腹囲そこまでいってねえよ!
分かったやめやめ!終わり!ごめんなさい!
…いやそんなことは良いんだよ。
ちょっと聞くんだけど黒の知書のアプデってさあ、魔根源の件最後にメールしたよな?
うん、うん…だよなぁ、履歴まだ残ってんだろ?送信履歴ちゃんとある?えー…
え?未開封返信があった?ふーん、ま、返信来てるんなら大丈夫じゃね?
なんて?
undelivered mail returned to sender
Oh my...やっべ。
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すいませんでした。
俺たちが無能勇者でした。
どうせ話の展開ありきで突然ご都合主義的にやたらと頭が弱くなる類の勇者なんです俺たち。
五体投地、これが最大級の謝意です。
もちろん分かってます。
誠意ってなにかね?って話ですよね?
誠意、それは金もしくは類する金目のもの。
お任せください。
ダンジョンでかき集めた武具、始祖魔導書、精霊とかが残したオーパーツ、多少じめじめしてる匂い立つレアアイテム、どれでもお好きにお持ちください。
あ、これなんか良いっすよ、魔王の肩たたき券。
当代の魔王の肩をたたいて引退させるチケットっす。
ええ、もちろん討伐成功扱いで勇者ミッションクリアっす。
第八世界への帰還?
はい、それはもう余裕で。
ていうかその押し入れから帰れますんで、はい。
え?見ます?
ほらこれ魔紋ゲート。
ええ、俺も数年に一回は帰ってばあちゃんとかに会ってますよ。
早く曾孫の顔見たいってうるさくて…
あーこれ自分のいた時代+こっちに居た時間に強制的に通じるんで大丈夫っすよ。
俺だと2011年を基準にこっちに居た時間なんで…いまだと2015年くらいに戻りますね。
当代さんたちだと…えーっと2032年?おー未来だ。
こっちにはまだ半年でしょう?じゃあまだ全然2032年っすよ。
居なかった空白の時間とかは認識阻害が自動的に世界単位でかかるらしいんでめんどくさいことにはならないっす。
自分なんか死んでるはずなのに大丈夫だったんで!
あーちなみにずっと読んでる漫画が数年ごとに帰っても全然続き出ないんすけど…
2015年だと32巻まで出てて…
え?2032年で41巻?マジで?…仕事しろ!
あ、もう怒ってない?
許してもらえる?喋り方も普通で良いと?
いや~当代の勇者様たちの懐は俺が調整ミスって星貫通させかけた掘削孔より深く広いですねえ!
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あ、メール、魔女からだわ。
まじごめんって伝えてって。
なんか超長距離魔法も使うらしい。
あー文字雲出てるな。
『ご』…『め』…『ん』…『ぬ』…あ、書き直した、『ね』
いや本当申し訳ない。
なんだかんだこっちの世界も楽しかった?そうか、それは良かった。
うん、スキルとかはあっち戻っても使えるぞ。
ただ不在に対する認識阻害と違って普通に存在しない技術と見られるからそこは気をつけて。
俺も一回謎の研究所に連れていかれたし。
そうそう、地球貫通しかけたのはあっちの世界の話。
捕まってた研究所でぶっ放したからネバダ州辺りから直線で空いたはず。
一応そのあとこっちの官憲に追われてたジジイを一時的にあっちに逃亡させる代償に埋め戻しさせたけどね。
あの人土魔法使えるから埋め戻しとか畑作業は得意なんだよね。
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で、何の話してたっけ?
魔根源まで話したからもう特にないか。
え?英語?
俺?なんか言ったっけ?
さっきのもう一回発音してほしい?
あーいいけど…
undelivered mail returned to sender
めちゃくちゃネイティブ?
それはどうも。
いや、俺は日本人。
一時期ちょっとだけ英語スクールに通ってたけど発音綺麗になったのはこっちに来てからだな。
これが死活問題なのよ…
まず先にも言った通り俺のスキルは精霊魔法を乗せた体術。
で、精霊ってのがこいつ。
見えた?
そうそうマヨネーズのパッケージに書いてそうな天使とビリケンさん足して2で割ったみたいな顔してるよな。
今一匹しか居ないけど条件揃えば数百匹出てくることもある。
全属性持ちなんでかなりレアらしい、嫁…女神も最初はびっくりしてたな。
おいキュピーって鳴くな、それはちょっとマズいから。
で、こいつらは言霊で動くわけ。
知っての通り俺達は謎パワーでこっちの世界の言葉もわかるけど、実際のところは元の地球とは違う言語だよな?
こいつらからすればどうもこっちの言葉は気持ちよくないらしい。
色々試した結果、一番力引き出せるのが元の地球の言語、それも英語、Englishだったんだ。
ところがだ…
見てろよ?簡単な水魔法乗せてパンチを出したいとする…
ウォーター
…
な?見たか?
肩すくめて両手上に向けて目ん玉クリクリさせて口とがらせて完全にパードゥン?って顔してんだろ。
めちゃくちゃ腹立つ?完全に同感だ。
浅草で道聞いてきた外国人思い出すな。
日本にくるなら翻訳機使うなり最低限の挨拶覚えてくるなり努力をしろよと言いたい。
何がパードゥン?だ。
次、見てろ。
Water
シッ!
ほら今度はちゃんと乗ったろ?
あ、やべ、ヌルぺぺ漬けが水浸しに…
大丈夫大丈夫、乾けば全然風味変わらず食べられるから。
こんな風にこいつらはNativeEnglishじゃないと反応しないわけで猛練習を余儀なくされたと。
魔女が始祖魔法の発動条件よりめんどくさそうって言ってたなあ…
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晩飯、食べてくよな?
いやいやいいんだ、遠慮しなくて。
ここに殴り込み以外のちゃんとした客が来るのってあんまりないからな。
女神も嬉しがってる。
今日は朝採れ新鮮モジモジ蛙のスカイハイ煮込みらしいぞ。
大好物?それは良かった。
殴り込み?
うーん月2くらいであるかなあ。
一応天界だから普通の人間は君たちレベルじゃないと来れないんだけど、先代魔王の四天王は結構来るな。
そういえば今朝も来てたな…
シャァー!とかなんとか叫びながらモジモジ蛙を俺にぶつけて…
あれ?もしかしてただの食材デリバリーか?
いただきます。
好きなだけおかわりしてくれ。
君たちは酒より…ちょっと待ってな。
…これとかどうだ?あっちのコーラ。
そうかそうか、良かったよ。
そこまで喜んでもらえて何よりだ。
とりあえずさっさと魔王の肩たたいてしまえば行き来自由だからな。
おいおい泣くことはないだろ…
お、なんだ?今度は踊るのか?
2032年の流行り?
嬉しい時のダンス、∑世代で流行ってる?
へぇ~∑ってなんだ…親はZ世代…?Zとは一体…あっちはなにがどうなってるんだ…
って、おいおい、大丈夫か?
思いっきり机にスネぶつけたな…
ああ、頼む、今カエデが治癒魔法使ってくれるからな。
どうだ?
ああ痛いよな…
あっちで言う鎮痛スプレー程度だから痛いもんは痛い。
そうだよなあ、こっちの世界最大のがっかりポイントは治癒魔法だよな。
つまるところ元の世界の内服薬、外科治療を魔法に置き換えただけでそこまで劇的なものじゃない。
腹痛頭痛に効く治癒魔法は痛み止めを飲んだのと同じでかけたあとしばらく安静にしてれば治る。
大怪我も痛み止めを含む治癒魔法をかけたあと安静に、傷跡は普通に数週間経たないと治らない。
致命傷は普通にやばい。
大病は早期発見が大事。
俺たちは謎パワーでやたらと頑丈な体ではあるけどそれでもなあ…
総じて科学と魔法が置き換わっただけで医療レベルは似たようなものだよな、ここ。
神様とか精霊との距離感が近いから大規模な破壊工作とかはこっちの方が上かもな。
にしても腹、減ってたんだなあ。
最近ダンジョンにこもりっぱなしでろくなもの食べてなかった?
フリーズドライに栄養バーばかり?
んー?
あーもしかして…
ダンジョン内でもデリバリー頼めるの知らない…か?
ああ…やっぱり…
俺たちは長くても数時間で帰ってたから頼む機会はなかったけど、各社が冒険者向けにデリバリーやってるんだよな…
確か四天王イーツのチラシが…カエデ、どっかになかったか?
冷蔵庫に貼ってある?分かった。
…ほらこれ。
えーっとここだ、『24時間受付・全ダンジョン全階層完全対応・出来立て熱々の真心デリバリー』
な?
どうやってってそりゃ搬入用の業者専用エレベーターがだな。
え?いやダンジョンモンスターは倒したら減るだろ?減ったら補充するだろ?
エレベーターは必要だよな?
ま、魔素…?自然発生…?いやーそれゲーム脳ってやつじゃないか?
ダンジョン以外にモンスターなんていないし自然発生なんてするのか?
ほら、カエデが知らないんだからしないと思うぞ。
どうやって発生?
普通に魔王の企業が工場で大量生産してるぞ。
モンスターデザイナーの魔族は特に高給取りらしい。
最近は神族の天下りが問題になってたり…
あいつらダンジョンに置いてる神話レベルの財宝とかの入手ルートを持ってるから一概に悪いとは言えないんだけどな…
その辺りはこの世界最大のタブーだ。
どこの世界も一緒ってことだな。
勇者が介入?
いやー無理だろ、魔族はともかく神族絡んでるし。
うわ、すごいなんとも言えない表情してるな、それどんな感情なんだ…
―――――――――――――――――
そろそろ寝るか。
ああ、良い一日だったな。
当代勇者たちの手助けになったなら何よりだ。
ヌルぺぺ漬けも好評だったし。
ん?ああ昼間のアレは魔女の詫び魔法だ。
その…報連相を忘れていたというか…
思い出すと嫌な汗をかくから勘弁してくれ…
明日?いや特に用事はないぞ。
そうだな、たまには街に出て買い物するのも良い。
色々見て回ろう。
用も無いのに巨大ショッピングモールの端から端まで歩いてやろう。
俺もちょっと運動しないと…
それくらいのがいい?
いやだめだ、その甘やかしが俺を堕落させる。
厳しくしてくれ。
ていうかお前も…
待て、落ち着け、今から走り込み?
一旦冷静になれ。
明日だ。
全ては明日からだ。
うん、それでいい。
うん。
ああ、そうだな。
こっちじゃ流行らなかったな、野球。
うん。
分かってる、大丈夫。
そういえばお前の使い魔猫は?
今日見なかったけど。
四天王イーツで遅番のバイト?
自分で稼いだ給料で買いたいものがある?
…そっか…無理はさせないようにな…
ああ。
おやすみ。
また明日。
「お前は完全に包囲されている」
低く、押し殺した声。
薄暗い路地の中程、濡れたアスファルトに跳ねる雨音。
俺は煙草をくわえ、震える手でマッチを擦る。
火が一瞬、目の前の男どもの顔を照らし出す
——国家権力の名のもとに、正義感に満ちた目。
女王汁の瓶の重みがコートの内ポケットでやけに重く感じられる。
じりじりと距離を詰めてくる影。
俺は煙を吐き出し、笑った。
「包囲か。悪くない状況だ。少なくとも、逃げ道を考えなくていい。」
男の一人が無言で制式魔導銃を抜く。
銃身が街灯の光を反射して鈍く光った瞬間、俺の頭の中で何かが弾けた。
捕まるか、逃げて女湯を覗き続けるか。
シンプルな選択だ。
俺は煙草を投げ捨て、拳を握った。
信じるのは己の筋肉。
雨が一層強さを増した。
次回、「前科四犯」
続かない。