秋風の気配
四十五周年記念式典。
町外からも多数の参加者が来た一大イベント。
と言ってもこの町の最大の観光施設である記念碑を巡り町の歴史を聞くだけと言うかなり退屈なそれであり、話こそ短いが機能性第一の町にはあまり興味が湧かない。
あんな本を書いておいて相当に随分な言い草だが、それほどまでに女性だけの町と言うのは住むにはいいが訪れるには向かない町だ。
女性だけしかいないと言う特異性。その中で生まれた特異な文化。それらを楽しむならばいい。
だがその楽しむは決して文化的なそれとは言い難く、どちらかというと異世界の存在に対するあまり趣味の良くないそれ。
絵本だけでも三種類もあるような場所では何が起こっているのか、どのようにしてこの体制を守っているのかと言うそれによりヒトとカネが集まっているのは事実だ。
それ以外の山、海、川、建物などは正直欠点にはならないが美点にもならず、町としての基準を満たしたそれでしかない。最初からそう言う風に作った、と言うかそれこそ卑猥なオトコが好みそうなそれさえなくなればいいのにと言う願望で作ったから良い意味で外の世界のコラージュのような町になったとは取材と言うかこの町の伝記に載っている話だが、要するにそれがこの町の設計上の原点であり限界でもあった。
長くないのだけが取り柄のスピーチを聞き終わり、墓石を巡っては手を合わせる。その側でこの町における最大のイベントのためかやけに豪華そうな、それこそ女性たちが憧れそうな店でのディナーがある。
もちろん希望者のみだが、そこで多くの住民が美食を楽しむ。
文字通り老若女々、第一次産業も第三次産業も関係なく。
実際、料理の方は実に美味であり半ばこれ目当てな所もある。コストパフォーマンスもぶっちゃけかなり良く、それこそ惟目当てでやってもいいんじゃないかとアピールした方がいいぐらいにさえ思えた。
「あら谷川さん」
「えっ」
そんな私に声をかけて来たのは、私より少し上の一人の女性だった。
黄川田達子。
一応聞き慣れていたはずだったのに唐突な登場に私は驚き、フォークを置いて首を50度ほど振った。
黄川田達子とは一応作家同士ではあるが私はこの年になってやっとまともに食えるようになったノンフィクション作家、黄川田達子「先生」は二十代から文壇で鳴らした流行作家と文字通りの真反対の存在。
私があわてて席を立ち頭を下げると、黄川田先生も同じように頭を下げてくれた。
「谷川さんはご招待を?」
「ええまあ。黄川田先生は」
「私はね、たまたま。一応事前申請はしたけどね。まあそれとは別に、谷川さんの本って面白いわよね」
「あ、ありがとうございます…」
「でさ、私思ったの、ここに住もうって」
「えっ」
そしてそのまま、思いも寄らない言葉を続けられてしまった。
ここに住むと言うのだ。
「私が言うのも何ですけど……」
「何ですか?」
「ここは非常に暮らしやすい場所です。けど作家ってのはそれが仇になるって聞いた事がありますけど」
聞いた話でしかないが、あまりにも刺激のない環境である種の刺激物とでも言うべき小説を書くのは難しいらしい。私などはノンフィクション本だったせいか部屋にこもっていても何とかなったが、黄川田先生は全くのフィクションだ。
確かに春になれば花は咲き夏になれば日は照り秋になれば山の木は赤くなり冬になれば少しだが雪も降る町だが、良くも悪くも安定と言う二文字が似合ってしまうこの町ではそれこそ書きづらいのではないか。
それに、私と違い黄川田先生には旦那さんがいたはずだ。一流企業で現在は役員をやっている立派な旦那さんが。
「あああの人?離婚したわ。もうついてけなくなってね」
その事を聞こうとすると先生はあっけらかんとそう言った。そこまでさせるほどにこの町に魅力があったと言うのかと思いきやどうも旦那さんに魅力がなくなっていたかららしい。
「と言うか、一流企業にヘッドハンティングされて役員になったんじゃなかったでしたっけ」
「それなのそれ。私はあんなところは絶対ダメだって言ったのに、こっちの話なんかちっとも聞かないで。私はもうこんな年齢だし子どもは出来ないけど、それでも未来の子どものために何とかしたいって考えるのは至極当然の話でしょ?この町ならば子どもも出来るし、きちんと教育だってできる。真面目で誘惑に負けない、立派な子どもを作りたいの」
離婚の理由を楽しそうに語る黄川田先生の笑顔に、何か薄ら笑いものを感じたのは間違いだったのか否か。
小学生でも逮捕される程度には過酷ですよと言っても全く動揺しない黄川田先生は、この時既にもはや覚悟を決めていたのかもしれない。
食事を終え墓参りの後半戦に入った私の頬を、秋風が撫でつける。
十一月と言う事もあり遅すぎたぐらいだったが、それでも暖冬が予想されている中としてはやけに冷たく感じた。
和賀正美とやらと同じか、それ以上の存在。
しかも、おそらくそうしてやろうと言う自覚を持たない存在。
「大丈夫ですか。今でも十五年前の漫画がベストセラーとなっている町ですが」
「だからいいんです」
黄川田先生は最後に、そう言った。
とっくに完結した漫画が十五年も人気など、それこそよほどベストセラーでなければおかしい。
しかしそうでありながら外の世界ではちっともウケないそれがトップとして存在すると言う事の意味が分からないほどに、黄川田先生は麻痺してしまっているのだろうか。
まさかと思い女性だけの町を出て黄川田先生の新作を購入してみたが、筆の冴えは衰えていない。
だが少しばかり押しつけがましい所が見えてしまい、前作よりは評価を落とさざるを得ない気分になった。
「とりあえず、石ころを拾って川に投げる事から始めた——————————。」
そして、そのラスト一文に恐怖を感じたのは、私だけだろうか。
それこそ未来への障壁を石ころ一個たりとも残さず、道を徹底的に清める。
それが、自分たちの役目だと言う事か。
だがそれは未来の存在ではなく自分たちがその障壁の存在に耐えられないと言う意味でもあり、それこそ自分の弱さの証明ではないのか。
作中では成長したように描かれていた主人公が結局はちっとも変わっていない、いやむしろ逆に弱くなってしまっただけ。
そんな存在が女性だけの町で何をするのか。
私は不安でたまらなかった。
そして五年後、私はため息を吐くよりなかった。
正道党党首・黄川田達子と言う文字と、その彼女が掲げる五大政策を前にして————————————————————。
to be continued「女性だけの町」
「女性だけの町」はこちら(→https://ncode.syosetu.com/n9558ia/)をどうぞ。




