「勝敗?何それ?」
本編最終節です。今後の予定は後書きを参照ください。
「……あーあ!」
反省でもなければ、恐怖でもない。
その下手人は、ただただ自分の失敗を確信しただけだった。
「和賀、さん……」
和賀、正美。
野川拓海が頼りにしていた先輩の一人であり、上司であった存在。
「これで少しはわかったでしょ、外の男なんてこんなもんだって」
「はあ?」
「あんなひょろそうな男でも一皮むけば性欲と暴力欲の固まり、女が安心して外を歩ける世界など永遠に来ないって事」
「はあ……」
嬉しそうに話す和賀に対し、野川は相槌を打つ事しかできない。和賀の笑顔は勝ち誇ったように輝き、野川を魅了しようとしていた。
「大体ね、あなたは正直うざいのよ。女性だけの町から来たってみんなにチヤホヤされて、それでいて浮かれ上がってなんていませんよってアピールしちゃって。それで休みになっても遊び歩かずに勉強ばっかり、たまにどっかに出かけてもあんたの言う所の外の世界のお勉強ばっかり。本当にそんな事の何が楽しい訳?」
「楽しくて楽しくてたまりませんでしたけど」
「少しは苦しいとか怖いとか思わなかった訳、こんなに筋骨隆々な、女を組み敷く事なんか簡単に出来そうな男に囲まれて」
「全然思いませんでしたけど」
「もうこれ以上演技しなくてもいいのよ、ねえ?」
「演技?そう言えば女性だけの町でのドラマはつまらなかったですね、こっちに来てそう感じましたよ」
一年近く付き合って来た和賀正美と言う人物の印象を覆すかのような言葉の連続にも、野川は全く動揺しない。
その場にいた他の全員が和賀を軽蔑の視線で見ていると言うのに全くぶれる事もなくただただ喋り倒さんとする和賀と、それを素直に受け止める野川だけが特異性を増して行く。
「……あのね、私はね、教えたかったの。あなたみたいに教科書ばかりでオトコの怖さを分かった気になっているオンナに。
特にあの糸川久太郎とかってオトコ。ああいうのってまともな女に興味なんかなくて絶対部屋中にあんたが言うとこのアングラ施設に出て来るようなキャラを飾りまくってるような異常者よ。
あと他にもたまたま出会わなかったみたいだけどデブでおしゃれにまるで無関心でんなもん買うならアニメのDVDを買う方がいいとか言っちゃうような奴なんてこの世界には山と居るのよ。そういう存在を排除、と言うか粛清するために女性だけの町を作ったはずのに実に残念ね、連中はしぶとく生き残ってまた数を増やしているわ。本当、無駄よね、何もかも無駄。私たち女は永遠にああいう連中に苦しめ垂れるのよね、ああ可哀想可哀想」
「別に好みなんて人それぞれだと思いますけど、もちろん嫌いなのも」
そして和賀からしてみれば渾身の一撃だったはずの言葉をも、野川は受け流した。
「和賀さん……」
「あんたもあんたよ、梶原。どうしてそんなに甘い顔が出来るの?高田、あんただって似たようなもんよ、よくもまあそんな存在を唯々諾々と受け入れて、正直あんた野川が来るまでこの事務所で一番モテてたんじゃないの」
二人の上下関係、と言うか勝敗が明らかな事を悟った梶原が制止しようとするが和賀は聞かない。梶原に適当に噛み付くと今度は高田にまで喧嘩を売り、その上で男たちではなく野川を睨みつける。
「何が悪かったんです?」
「何が悪かった?その面の皮の厚さよ。万人に媚びる八方美人をやっときながらちっともその事を恥じようともしない、女性だけの町のエリートとか言うのはそういう才能がないとなれない訳?まあこっちだってそんな世渡り上手が出世するのは変わりゃしないけどね、あーやだやだ」
厚顔無恥とか言う言葉が野川拓海から最も縁遠いそれである事はこの場にいる誰もが知っているはずなのに、その全ての声を無視するかのように勝ち誇る。相手に何を期待しているのか誰もわからないまま針ばかりが動き、誰もが誰かの次の言葉を待っていた。
「と言うかさ、もう一回言うけどこれでわかったでしょ、オトコなんて結局ああいうもんなの、感謝して欲しいくらいだわ、改めて理解する事が出来て!」
「男でも女でも、怖い人間は怖いですけど」
「あーあ、そこまでしてマウント取りしたいのかしら……本物には敵わないわね」
そして誰も言わないんなら私がもう一回口火を切ってやるとばかりに飛び込んだ和賀であったが、その一撃こそ藪蛇であった事を証明するかのように野川は必殺の一撃で切り返して来た。もっとも本人にそんな気はない自然なそれである事は言うまでもなくその分だけ余計に打撃は重かったが、その一撃を食わされた上でなお和賀の悪あがきは止まなかった。
「ってかね、あんたらのせいよ!少しでも不満を言えばすぐそっちへ行けって!あんたらのせいで私たちは余計に暮らしにくくなったの!嫌な奴は目を背ければいいんだよとばかりにどんどんと世界はオトコにおもねって、オンナの意見はないがしろにされ、その挙句女性だけの町は男性的な第二次産業やゴミ処理の様な汚い仕事が大手を振って歩くような町に成り下がり、女性の行き場は余計に減ったわ!しかも出産と言う女性にしかできないはずの役目まで女性だけの町のせいで失われて、私のような女は八方塞がりどころか十六方、いや三十二方塞がりよ!その時はまだ小学校高学年のお子ちゃまだった私は第三次大戦って奴を見てうわーって思ってたけど、今思うとJF党が勝ってれば良かったって思うわ!そうすれば女性だけの町は本当に女性だけの町になってたのに!ああ悔しい!」
全てを絞り出すかのような長文かつ早口の叫び声が、むなしく響き渡る。
女性だけの町の副作用と、勝手に抱いた期待を勝手に裏切られると言う二十年前のような光景。その挙句テロ事件をも肯定しかねないほどに頭を熱くするその姿はとてつもなく醜悪であり、野川にはまるでかの「第一次大戦」を敗北せしめた殺人未遂犯のように見えていた。
「ああ、やっとそういう顔になったのね。そうよ、それが見たかったの。わかったでしょ、女性だけの町のせいで私の様なまともな女は不幸になったの。オトコが怖いでしょ?そうでしょ?言わなくてもいいわよ、顔に書いてあるから。いいじゃない、どんどんオトコは恐ろしい存在だって広めて。楽しみに待ってるから」
「……」
「アッハッハッハ、勝ったわ、勝ったのよ!女性だけの町から来た女に!私は勝ったのよ!アーッハッハッハ!」
自分の知っている「最も醜悪なる人間」に伍する存在を見せ付けられて辟易している野川に構う事なく、和賀正美は笑う。笑いながらパトカーに押し込まれて行く。
「本当、ごめんなさい…」
「いいんです。女性だけの町にもああいう人はいますので…われただとか言いましたけど」
「われただ、ねえ……」
四文字名で呼ぶと言う、野川拓海の目一杯の憎悪表現が和賀正美の耳に届く事はない。
ただ自分だけが争っていた人間が確実な敗者となったと言う現実を残し、野川拓海は女性だけの町へと帰って行った。
7月3日にショートショート更新、7月5日から戦国霊武者伝のエピローグ、7月9日から当作のエピローグとなります。
7月4日と7月8日はお休みを下さい。




