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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第一回  露出時代
9/96

威張りくさった女と言われて

さてこちらの第一章は明日終わりです。明後日から再び「戦国霊武者伝」です。

「威張り、くさった……?」

「そう、威張りくさってるって言われたの」


 コーヒーを半分も飲まないままで喫茶店を出て、置き去りにしていた息子の面倒を見て過ごす事数時間余り。

 今日の事について何も語らなかった事については無言で抱きしめ、安心を与えて早めに寝かせる事とする。


 そして帰って来た夫に対し、スーパーで買って来た魚を焼いてワンカップと一緒に出した。珍しく値引きシールの付いてないそれに舌鼓を打つ夫に対し、今日喫茶店でかけられた言葉を吐き出した。


「確かに親ってのは、子どもを導くものだ。だが何から何までできるわけじゃない。いずれあの子は俺たちの下を離れる。そうなると大事なのは同世代の仲間たちとのつながりだ。それを一朝一夕で築くのなんてとても無理だからな、現在のためにも必要だと俺は思うけどな」

「でも私にはどうしても即物的で時間の浪費に見えちゃうのよね。それなら数年先に実るような果実の種を蒔いた方がいいように思えて仕方がなくて」

「確かにそう見えるかもしれないけど、うちに去年入って来た子が子どもの時のゲームとかアニメを全く知らない子で話が全然進まなくて、一年で営業から会計に移されてすっかりふさぎ込んじゃっててさ、入社当時は明るい子だったのに今じゃほとんど上司以外と話をしなくなっちゃってさ」

「そう……」


 夫の言葉は、実に残酷だった。

 おそらくは詰め込み教育を受け一流企業か中央官庁に勤めるように仕込まれた存在。同年代の子たちとまともに遊ぶ事もなく、必死に教科書と向き合いながら勝ち抜いて来た結果がそれと言うのはあまりにも切なくて悲しい。まだ辞めていないのは幸いだが、もしこんな運命になると知っていたら近所の子どもたちともっと遊ばせていたのにと両親たちも嘆くだろう。


 いや、もしかして。


「他じゃダメなの?」

「もちろんスポーツとかに活路を求めるのは悪くないが、本人が積極的にやりたいと言うのとお前の逃避のためにやらせるのは違うぞ。言っとくが子どもは後者の目的だって案外簡単に見抜くからな、話変わるがお前箱根駅伝って知ってるか?」

「知ってるけど」

「案外その手の趣味の人間が多いらしいぞ」


 子どもっぽいアニメではなく、いかにも美少女美少女したそれ。そんな物に二十歳前後の、同年代の中では極めて優秀なアスリート集団がはまり込んでいる。と言うか夫の会社はその箱根駅伝で活躍したようなランナーを受け入れる陸上部があり、最近ではそういう人間も社内にあふれていると言う。

「……」

「おいどうした!」

「いや、何でもないわ…そう、そうなのね…私知らなかったわ…」


 逃避先すらも、逃避先にならない。

 覚悟を決めるしかない、現実。



 いや、逃げる道がない訳でもない。


「あの子は…」

「大丈夫だよ。大丈夫だって。駄目ならば俺が言う。まさかお前言っても分からないと思うのか」

「そんな事はないけど」

「まあありきたりだけどさ、人生は楽じゃないんだよ。お互いまだまだ中間点だろ、これからもまだまだ嫌な思いもしなきゃいけないんだよ…ああ追い打ちをかける気もないけどな」


 人生山あり谷あり。それはどこでどんな人生を歩もうが変わらないはずだ。

 それが人生である事はこの年になればわかるつもりだが、それでも自己責任と言うある意味もっとも厳しく、かつもっとも緩いワードでは手に負えない事態となると運命を呪いたくもなった。


 逃げようがない運命をまさか子供向けアニメなどで感じたくはなかったが、それでも自分が向き合わねばならない課題の一つであるのは事実だった。


 あるいは、あの町の住民は、この課題から逃げた人なのかもしれない。

 そう考えると情けないと思うと同時に、うらやましくもなれた。


「あなた……」

「どうしたんだよ」

「最近ちょっと体たるんじゃったから、少しトレーニングでもしたいなって」

「それはいいけどさ、やりすぎて体壊すとか本末転倒なのはダメだぞ」

「わかってるから」



 もしこの先、強大な敵を前にして耐えられなくなってしまったら。

 

 最悪、離婚の二文字を突き付けられるかもしれない。


 ただでさえ虐待とかを疑われている手前、親権すら怪しいかもしれない。


 そんな状況でどう生きるか。


 一応前務めていた会社に復帰する事も出来なくはないが、それとて給与は知れている。養育費でも払わされようもんならそれこそこれまでの人生で最悪の窮乏生活に突入しかねない。


 そんなこの世でトップクラスにみっともない本音を抱え込みながら、その言葉に反するように夫が口を付けた酒を呑んだ。



 —————あまりにも美味しくて、余計に悲しくなった。

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