送別会は三月二十三日
その年の二月は、暖冬だった。
暖冬と言う事は春が近いと言う事でもあり、野川拓海が外の世界で仕事を終えるまで近いと言う事でもある。
実際、野川が勤めている建築事務所では野川の送別会の日程も既に三月二十三日に決められていた。
そこには和賀・梶原・高田と言った女性たちだけでなく所長まで参加するなどかなりの人数が参加する事が決まっており、わずか一年の間に野川がいかに同僚たちの心をつかんでいたかわかる話である。
「にしてもここまでやってくれるなんて」
「あなたと一緒にいて楽しかったわ」
「と言うか新しいスマホ買ったんですね」
「新しくないわよ、安かったから衝動買いした古いの。でもこれはこれで使えるけどね。って言うか女性だけの町だとああいうありふれた居酒屋がセレブって言うか富裕層が通う店だなんて、本当面白い話ね」
特に真摯だったのが和賀正美であり、野川に合わせ男性の少なくそれでいていかにも居酒屋な店を選び、さらにそこから徒歩で拓海の家に帰る事の出来る場所を選択した。
教育係だったはずの高田もたった一年どころか三ヶ月で教える事がなくなっちゃったと苦笑いしながらも野川の成長を喜んでおり、梶原もいずれ女性だけの町へ行きたいと野川に言っていた。その上でいかにもな洒落たレストランや喫茶店と言った施設があまり繁栄していない現状には驚いてもいたし、過当競争と聞かされて納得もしていた。
実際野川の同僚であった第二次産業従事者が仕事終わりにそういう店に入って行く事はなく、それこそ居酒屋でグラスを突き合せて騒ぐのが日常茶飯事だった。そんな夫は待たれる女房に角を出して待ち構えられているとか言うかもしれないが、そんな女性はかなり減っているらしい。目立たなくなっただけかもしれないが、それでも以前のように飲み歩きやすくなったとも言われている。それでいて断りやすくなったとも言うから理想的な話かもしれないが、それはそれで物足りないと感じる人間が多いのも厄介だとも聞いている。
「うちのカミさんもさ、女だけの町が女を守ってくれる町じゃないって分かってから妙におとなしくてさ、土木建築なんてオトコのオシゴトがハードルこそ高いにせよ富裕層だってわかってからさ、そんな所から遠いとこにいるはずの俺にさえも寛容でな、その分宝石は増えてるけどな」
編集長にもそう言われた。それを男にとってやりやすくなってると見るか女にとってやりやすくなっていると見るかは個人的見解の問題だが、少なくとも女性だけの町がああいう形で完成を見た事は紛れもない現実であり、ある意味で逃げ道を塞ぐ話であった。なればこそ第二の女性だけの町が出来た訳でもあるが、それらを知った所でそれを受け入れるか否かは別問題である。
Q:女性だけの町が出来た事によるデメリットは何か。
A:「女性だけの町」についてあれこれ想像する余地が失われた事。
と言うのは汎用性の高いジョークの一種だが、実際女性だけの町の創設が女性たちの夢を壊したのは事実だった。
いかにも女性だけの町を望んでいたような女性たちが求めていたきらきらしい所は影を潜め、むしろ泥臭さが闊歩する町。
そうさせたのは一体誰か。
その答えは、女性だけの町が民主主義と言う政治形態を取っている以上「住民たち」でしかない。
住民たちがゼロから町を切り開いた結果、そのような答えを出してしまった。
電磁バリアに、遺伝子操作の賜物とでも言うべき女しか産まれない「出産」システム。都市計画に、「雄花」すら排除した徹底的な選別。
そして男の力を借りないために自らの手でやると言う事をそれら以上に徹底した結果が、今の女性だけの町である。
その今の女性だけの町が生み出した傑作候補の一人が、野川拓海だった。
井の中の蛙になりやすい閉鎖的環境にありながら外の世界にも高い適応力を持ちながらぶれる事もなく、決して必要以上に恐れを抱く事もない。
多くの人間に去る事を惜しまれる彼女の送別会の日は、近づいていた。




