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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第九回 殺人未遂事件
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「婦婦」

 完全に玉砕した糸川久太郎は、急に体重が二倍になったような顔をして喫茶店を出た。


 何が悪かったのか。何がいけなかったのか。当たって砕けろをやって砕けて文句も言えないはずなのに、愚痴ばかりが頭の中を駆け巡る。



 プレゼントを持って行かなかったからなのか。



 それとも単に野川拓海と言う人物の信仰を変えるには弱かったと言うのか。


 それほど物欲のない野川に対してプレゼントをうんぬん言うのはお門違いだし、信仰とか言うほどには野川が凝り固まっている訳でもない。後に私が取材した際に出会った彼女は実に真面目であると共に話も面白く外の世界への興味も深く、いい指導者になりそうだと思わせる人物だった。




 もし糸川久太郎に責めがあったとすれば、勉強不足だったと言う事だろう。


婦婦ふふ……婦婦ふふ……婦婦ふふ……)


 頭の中を巡る二文字。字面だけならば笑っているようにしか見えないが、内心ではその二文字の力に押し潰されていた。



 糸川久太郎は、女性だけの町に対して関心のある方ではなかった。


 

 学校の授業でも女性だけの町についてやっていない訳ではないが、それでも私などが書いた本が大ベストセラーになる程度には女性だけの町の存在は遠かった。この前クイズ番組を見ていると「婦婦」についての認知度は14%に過ぎず、その件に関して私がコメントを求められた事もなかった。


 女性だけの町の存在を知った所で、九割九分の人間は関わる事はない。それこそ多くの人間は「女性たちが集まって勝手になんか始めている」で終わってしまっているし、観光とか行ってみようとしても「野生生物や性転換者ですら立ち入り禁止」と言う分厚い壁を知って諦められる。最近第二の女性だけの町が出来てそちらに関心が移っているのもあるが、現状「女性だけの町」の価値はその程度だった。

 もっとも現代の女性だけの町の住民は、女性だけの町の価値を喧伝する事を好まない。と言うか好んで喧伝していたのがJF党の支持者であった事もあり現在では女性だけの町の広告は創始時の十分の一、第三次大戦直前の五分の一程度に留まっている。その一方で第二の女性だけの町の宣伝は増えているが、それは話が違うのでここまでとしておく。

「婦婦」がいわゆる同性カップルとどう違うのかについては女性だけの町も見解を示していないのでわからない。わかるのは、行政が使うきちんとした名称であり社会の仕組みの一つとなっている事だけ。と言うより実にシステマティックなそれであり良い意味で機械的だった。


 なお子どもだけを得て外の世界へと向かうと言う闇ビジネスが発生する可能性が存在するのではないかと言う指摘もあるが、「産婦人科」の調査により女性だけの町に来て一定期間の歳月を過ごしていない場合の審査は厳格を極めておりそうそう「子どもを産む」事は出来ない。例えば移住者に実質的無許可で出産が認められるのは単身の場合十年かかり、移住者同士で婦婦となった場合でも六年かかる。女性だけの町生まれの住民と婦婦となった場合は短縮されるが、それとてケースにはよるが最低でも三年はかかるらしい。







「畜生!」


 糸川久太郎がようやく声を発したのは、帰宅してから十五分も後だった。


 夢破れたその背中は年齢からすれば有り得ないほどの哀愁が漂い、必死に起こされた体で冷蔵庫のドアを開けるがこんな時に限ってと言うべきかアルコールなど一本もない。元々酒など飲まない久太郎は辛うじて入っていたオレンジジュースをがぶ飲みするが、そんなんで気持ちが収まる訳もない。


「なんでだよ、何が悪いんだよ……女性だけの町に住んでいたから、男を受け入れるなんてできないのか……男から、徹底的に逃げるための……!」


 普段からは考えられないような言葉を口から吐き出し、アルコールもないのに顔を赤らめて行く。

 スマートと言うより瘦せ型と言った方がふさわしい細腕までも赤くなり出し、スマートフォンを叩きもせずに空になったペットボトルをゴミ箱に叩き付ける。ペットボトルの回収日が昨日であった事など構う事なく、乱雑に服を脱ぎ捨てて風呂を点ける。


 やがて下着姿になると、なぜかまだ排尿以外に使った事のない部分が活発化した。

 野生とは全く遠い所で生きて来たはずだったのに、急にホモサピエンスから猿人になって行く。


 今更好き勝手に利用してくれたなとかは思わない。

 だがああいう風に自分の思いを受け止める心がなかった事を踏まえて野川拓海の事を思い返していると、その肉体がやけに魅惑的に思えて来る。

 そっち方面にはそれほど努力しているように見えないのに、まるで最初からそうなるように作られているかのように輝いて見えて来る。


 本来なら忘れるべきはずなのに。なぜか頭の中をずっとめぐり続ける。


 風呂に入って汗水流し、水道水を一杯飲んでもちっとも消えない。



 糸川久太郎はこの日、それから何も食べなかったにも関わらず数年ぶりに下着を湿らせた。

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