「あきらめんなよ!」
「すいません、本当です……」
口調こそ温かくかつ冷静だが、内容はあまりにも残酷だった。
「それでは…!」
「私は三月いっぱいで、いや実際にはもう少し早く女性だけの町へと帰ります」
「もう少し早くっていつですか!」
「具体的な日にちはまだですけど……」
話を少し濁すように言うが、それでも野川拓海と言う存在がほどなくして糸川久太郎と別の世界へと向かうのは確実だった。
「なぜです!僕に何か不満でもあったんですか!」
「何もありません」
「じゃなんでなんですか!他の男の人に何かされたんですか!」
「それもありません」
「じゃあ何なんですか!」
「私は元々、女性だけの町の重職者となるために外の世界に来ました。糸川さんには大変申し訳ありませんけど、最初から長くても二年の予定だったんです」
女性だけの町から「追放される」女性がどんな物か、糸川とて知らなかった訳でもない。
女性だけの町と言う狭いコミュニティの中で自分の限界を感じたり、居場所を見つけられずにいたり、オトコと言う未知の存在に憧れたり、あるいはより過激な「女性だけの町」を求めたり、様々な理由がある。
「糸川さんには本当に感謝しています。あと二ヶ月ほどですけど、女性だけの町に帰ってもあなたの事は忘れませんから。またいつかお会いいたしましょう」
「研修、と言うかお勉強……」
通話が切れて動けなくなった自分の口からわずかに出た言葉が全てを表している事に気付いた糸川は、そのままベッドにへたり込んだ。
確かにそうだ。
あれほど「外の文化」を取り入れる事に熱心だったのも、仕事場でも真面目だったらしいのも女性だけの町の将来を担うためのそれだと考えれば実に合点が行く。
井の中の蛙大海を知らずにならぬように、外の世界を見る。実にごもっともな教育の方針であり、それこそ可愛い子には旅をさせよではないか。
無言で「女性だけの町 追放 出戻り」と言うワードを検索エンジンに突っ込み、セキュリティソフトに引っかからないサイトを三日間何も食べていないか様に漁る。
「女性だけの町から追放された女性が女性だけの町に戻るまでの期間(単位は%、「高齢追放(60歳以上の女性は自由に女性だけの町から出る事が出来る)」は除く)
~1ヶ月未満 24.7
1ヶ月~6ヶ月未満 4.5
6ヶ月~1年未満 26.0
1年~3年未満 27.9
3年以上 4.3
戻らず 12.6」
「女性だけの町から追放された女性が女性だけの町に戻った理由(複数回答可、単位は%)
男性から差別を受けた 20.9
わいせつ物の蔓延に辟易した 28.1
望郷の念に駆られた 35.9
自分の能力が通じないと思った 18.4
最初からその予定だった 59.7
家族その他からの要請があった 42.7
なんとなく 9.0
答えない 16.4」
そこで出たデータと言う名の食事は、実に苦かった。
半年から3年以内に女性だけの町に出戻る女性が54%、そして出戻る女性の一番の理由が「予定通り」。
あらゆる意味で、ありふれた存在。「女性だけの町」の住民らしい存在。
そんな人間に、自分は惚れていたと言うのか。
いや、考えてみればあれほどの存在が女性だけの町で大事にされない訳もない。それこそ英才教育を受けた人材であり当初からそのためにここにいただけなのか。
すっかり打ちひしがれた糸川は着替えもしないまま、目を閉じて眠りに就いてしまった。スーツは乱れ、頬には涙の跡が伝う。
どう考えても、失恋者のそれだった。
「え?何ですか?」
次の日仕事へと向かった糸川であったが、午前中だけでそう六回も聞き返すほどに集中力を欠き、昼食も摂ろうとしない。
「どうしたんだよ一体」
「え?」
「どうしたんだって聞いてるんだよ!」
「あ、ああはい、今何時でしたっけ」
昼休みになってもこの有様の存在を流石に無視できなかった上司により強引にあんパンと牛乳を口に突っ込まれるが、それでも糸川は動かない。
「どうしたんだよ一体」
「え、特に、何も……」
「特に何もじゃないだろ、会社に来た後それだけで精魂尽き果てたかのようにボーっとしてさ!」
「え、あ、ハイ!」
「やっと気合入ったのかよ……もしかしてあれか、女にフラれでもしたのか」
「フラれてませんよ!あくまでもあと二ヶ月で帰るって言ってるだけで!」
「馬鹿野郎!」
そしてようやく言葉を引きずり出した糸川に対し、字面と机を叩く音に似つかわしくない温かい柔らかい空気が投げ付けられる。
「あのな、まだ二ヶ月あるって事だろ!いくら女性だけの町から来たからってさ、二度と出て来ないだなんて決まってねえだろ!」
「え、っと……」
「あきらめんなよ!もう一回言うけどまだ二ヶ月あるんだよ!今からでも言うべきだろうが、と言うかお前ら付き合ってるんだろ!」
「ええその、古本屋や図書館を回ったぐらいで、あとレンタルビデオ店とか……」
「ずいぶんと知的なお嬢さんじゃねえかよ!逃す手はねえぞ!俺が…いややっぱ見知らぬ男は駄目か、とにかく行って来い、印象を植え付けた奴の勝ちだ!」
机を叩くのと同じ勢いで背中を叩かれた糸川がそのまま倒れ込むと上司は深くため息を吐きながら糸川を起こし、それから絶対にやれと三度言い聞かせた。




