アドバンテージの消失
メールアドレスに続き電話番号、そしてLINEの交換。
デートは古本屋のそれっきりだったが、その一件から二人の仲は着実に進んだ。
「で、このキャラクターは…」
「ああそれはですね、…という名前で…」
恋人同士と言うより教師と生徒っぽい会話を交わす二人。
野川拓海は生まれて初めて触れた刺激物の咀嚼を願い、糸川久太郎はしっかりとその要求にこたえる。
女性だけの町の良くも悪くも無害な存在に慣れていた拓海からしてみれば、現実的ではない漫画内のキャラクターたち。
それは女性だけの町に生まれていない人間たちにとってトップクラスのアドバンテージであり、男たちの甲斐性の一つだった。
かつて「第一次大戦」の際に女性たちを支持した男性の中にそれらのアドバンテージを持たず孤独な幼少時代、と言うか成人時代を送ったそれがかなりの数いたと言う根拠のない情報があるが、私の取材した限りではその手の男性の数はいなかった訳ではないが多かったとは思わない。
あるいはその流れで自分たちの味方をしてくれるセーギノミカタサマを演じて彼女らの心をつかみたかったんじゃねえのとか言う下衆の勘繰りもあったが、実際にそんな女性と寝ようとした話があったかどうかはわからない。
ちなみにその第一次大戦の最中に横行したのが原作無断改変であり、これこそ本来子どもたちに見せるにふさわしい○○だと大々的に流行りのコンテンツを勝手に変えてしまう行いが横行し、文字通りのタダ乗りだと揶揄された。現在の原作者至上主義はここから来ていると言われているが、実際そうやってたやすく人気コンテンツを自分色に染め上げるのはある種の世界征服であり、悪の軍団のオシゴトだった。
いずれにせよそんな集団の集まりが女性だけの町を作り上げた結果いい意味で変質して現在のそれになった訳だが、その末裔がどうしてそんな教育を施せるのかと言う疑心暗鬼は今でも絶えないし、実際アングラ施設を見るようにある種の弾圧的行為は今でも町内にて存在している。だがそんなのは私のように女性だけの町を食い物にしている連中がいる以上ある意味どっちもどっちであり、責める資格など何もないのだ。
そして野川拓海は、とても頭が良かった。
私が数週間かけてまとめた理屈を瞬時に理解できる程度に回転が速く、そして記憶力も優れていた。
さらに勤勉であり、糸川から聞いた情報や自分で調べていた情報を瞬時にメモしてまとめていた。その結果彼女の私物のPCにはたくさんの漫画のキャラのデータがごっそりと入っていた。
野川拓海はいわゆる生え抜き世代であり、成人してから移民したような人間ではない。と言うかその「両親」も十歳にもならない内に親に連れられてやって来たような存在でしかなく、第二次大戦の参加者ではあるがそれゆえに教育の程度と限界をわきまえており毛嫌いする様な人間ではなかった。
さらに言えば、好奇心も旺盛だった。
彼女はあの日からネットで調べるばかりではなく自ら買った本を読み、さらに適当に選んだせいで空白になっているエピソードを探すべく他の中古書店にも足を運んだりもした。
もちろんその過程で糸川を誘う事もあったが、荷物持ちにこそされないし財布の中身を開く事もない代わりに彼女が手に入れるそれについてアドバイスをする事もなかった。
その後は喫茶店やファミリーレストランなどで食事を摂る事は多かったが、ことごとく割り勘。
と言うか、拓海が頼むメニューのが高い事も多いので実質拓海のおごり。
恋人同士と言うより友人同士、と言うか師弟関係のまま。
「あの、それで…今日の服は…」
「あまり堅いのもどうかと思ってなるべくカジュアルな服を選んだんですけど、と言うかああいうとこって言葉は悪いですけど古、本屋ですから。と言うかこれがこっちでは有名なアニメのそれですか」
良くも悪くも特徴のないコストパフォーマンス第一主義の洋服。
デート向きのそれではない服を着ながら漫画と、ついでに買って来たアニメのDVDのそれについての話をする二人は、どう見ても洒落たカップルには見えない。
いや洒落たカップルではなく、いかにもその手の代物を好みそうなカップル。一部の男性に取りある意味で理想の女性であり、もしサークルに放り込めばあっと言う間にちやほやされそうなほどの花。
違いはその対象が好むと言うか受け入れようとしているのが万人向けと言うか子ども向け、下手すれば未就学児でも可と言うそれである事ぐらい。まるで別世界から来たようなある種のお上りさんがその手の趣味に目覚めてしまったかのような感じであり、自分なりの一張羅を着込んで来た糸川は野川以上に浮いていた。




