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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第九回 殺人未遂事件
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とんとん拍子?

 もちろん、メルアドの交換ぐらいで進む物ではない。

 建築業と言っても糸川の会社との取引はまるでなく、同じ食堂を利用するのでなければ縁などなかったはずの仲だ。


 さらに言えば、糸川はあまりにもこちらから迫り過ぎたとばかりに野川に連絡を取ろうとしない。もちろん仕事中にそんな事をするわけもなく、休み時間も食堂に言っても話をしようとせず料理を掻き込むだけ。


「今度の土曜日、駅前の喫茶店にでも行きませんか?」


 そんなお誘いを野川からされて、ようやく動き出せる程度には足の重い青年。


 と言うかメニューさえもなかなか決められず、野川のお願いでキウイの入ったフルーツパフェをようやく選択する。野川はブラックコーヒーだったが、結局ガムシロップを二杯突っ込んでいる。


「あのそれで、この辺りの本ってどれぐらい読みましたか?」

「一応オフィスにあるそれとか、同僚の梶原さんや高田さんが持って来てくれた本とかは読んでますけど、正直面白いんですけど表現がわからない事も多くて」

「それってやっぱり小説ですか」

「小説です。よく言われるんですよね、女性だけの町に漫画はないって」

 女性だけの町に漫画はないと言うのは自嘲の定番文句だが、実際には「三大人気漫画」を始めとして漫画は存在するしいわゆる新聞4コマ及びそれをまとめたような「新作」漫画はある。だが絵はともかくネタは古めかしく、漫画に生まれた時から慣れているような人間ならば一瞥するだけで見流してしまう事もある程度でしかなく、外の世界では掲載されるかさえ怪しいレベルらしい。

 それらの漫画は外の世界でも発売されているが「女性だけの町」と言う枕詞ありきの市場でしかなく、女性だけの町で行われるツアーの一環で観光客たちが三種類の絵本と共に買って来る話も多く現状市場が広がる事はない。


「そしてそれに不満を抱いてないって言うとものすごく憐みの目で見られるんです、って学びましたけどね」

「学びました、ですか……」

「小学校の段階で外の世界における三種の神器を学びます。その三種の神器の暴走により乱れた世界から逃げ出してユートピアを作った、と言う焼き直しのそのまた焼き直しのような安っぽい漫画は山とあるんですけどね」


 その三種の神器が何を意味するかは読者の想像にお任せするが、とにかくそんな形で生まれた新たな存在が女性だけの町で湧き上がっては新たなストーリーになっているように、人間が創作する事はやめられない。漫画家と言う存在自体が仕事として成り立たない女性だけの町においてはともかく、「元々人々に恩恵を為すために作られた存在が逆に人々に牙を剥く」というストーリーは、枚挙に暇がない。







「ネタバレは大変なマナー違反なのでできませんが、できる限りの事は教えますよ」


 そんな二人が古書店へと「デート」に向かったのは、初めて出会ってから二か月後の事だ。

 古書店と言うのはそれこそ色とりどりの空間であり、主力商品の漫画本などはカラフルな背表紙を輝かせてお客様の目を引こうとし、その上に市価よりもずっと安いと言うそれを武器に手に取ってもらおうとアピールしている。拓海は糸川の作品についての説明を聞きながら、売り上げに正比例して流れる比率も高い大人気作のそれを何冊かかごに放り込む。


「一応存在はあるんですが」

「存在はある、と」

「ええ、厳格な選定が行われていて、と言うか一か所でも違反すると見なしたそれがあるとほとんど排除されます」

「その結果」

「適当ですけどここにある99%の漫画は女性だけの町に入りません」


 サラっと表現規制の厳しさを口にする拓海であったが、糸川はひるんだりしない。

 そんな存在だからこそ救いたい、教えたい。確かに真面目ではあるけどその真面目をただ堅苦しい方向に持って行くのではなくどうにかして真摯に受け止めた上で楽しんでもらいたい。


 実は高卒を機にそれほど漫画を読まなくなった糸川だったが今度のデートに備え付け焼き刃気味ながら知識を仕入れ、質問に対応できるようにしていた。

 拓海も拓海で、一冊一冊手に取りながら糸川や店員に聞き、それ相応に迷惑をかけながらも楽しんでいた。



 結局、一店に一時間二十分滞在した二人は十三冊の漫画本を買い、二人で八百円ずつ出し合った。


「八百円も出してくれるなんて」

「いえいえ、本当は全額出したいくらいです」

「全部私の希望ですから」


 割り勘と言う形で終わった意地であるかのように十三冊の古本を持つ糸川の腕は、きらびやかに輝いていた。

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