カップル誕生
そんな野川拓海と糸川久太郎の接点は、食堂しかなかった。
野川は週に二度か三度だったが、糸川は平日になると毎日その食堂に入っていた。
弁当と外食のどっちが食費を抑えられるのかは時と場合によるとしか言えないが、それでも野川は他の費用を削ってまで入っていた。
で、メニューを注文する度に野川の存在を見つけようと首を振り、いないとなるとため息を吐いて料理を口に運んだ。
そして野川の存在を見つけると、許可を願い出て側の席に座ろうとする。和賀や梶原のような同僚と一緒の時もあれば、二人きりの時もある。
そんな奇跡を求めてガチャを回す糸川であったが、その糸川に課金する人間が一人いた。
「ほらほら早く早く、空いてるから空いてるから」
「ああ、はい…」
白い頭巾とエプロンが似合う食堂の主人は実に見た目通りの性格であり、ひと月もしない内にいかにも情けない糸川が必死にガチャを引く姿を見て愛おしくなったらしい。
他の壮健そうなお客様を半ば後回しにして、セルフサービスのはずなのにいつもの肉野菜炒め物定食を野川のテーブルの隣に置く。好物なのかと問われるとバランスがいいのでとか言うテンプレートな回答を返し、決して焦らず一口一口運んで行く。
そんな習い性となる事を狙うかのような仕草は傍目から見ていて実にほほえましく、背中を押すには十分すぎた。
「ああ糸川さん」
「の、野川さん、どうも……今日はカレーですか」
その日の野川の注文はカレーライスだった。カレーは糸川も嫌いではなかったが、この食堂では頼んだ事がなかった。
「はい。食べたくなったので」
「そうですか。僕もカレーは好きですけどバランスが…」
「私だっていまだにキウイフルーツとか食べられませんから」
「体質…じゃないんですね」
「苗木を持ち込むと罰金刑で四文字にされるんです」
「うわあ…」
四文字と言う隠語を口にする程度には、野川も心を許していた。
実際キウイと松の苗木を女性だけの町に持ち込んだ「へくいし」なる女性は罰金刑にこそならなかったが数日間教育を受けさせられ、その事がきっかけとなり誠心治安管理社の中枢から左遷させられた。四文字名を付けられる事により町内でのプライバシーはある程度守られるがそれでも故意でないにせよ前科者として扱われるのは当然だが不都合である。
その程度には不自由な町から来た彼女は、未だにその拘束を自ら解こうとしていない。
その事を糸山がどの程度哀れんだかはわからないが、尚更野川と親しくしたいと思わせるには十分だった。
「あの、今度この町の…えっと図書館とか本屋でも行きませんか?」
「えっと…」
「す、すみません!唐突過ぎました!」
行先の選択こそ渋いと言うかピント外れ気味だし恋愛感情と言うより親切心に類するそれだったが、明らかなデートのお誘い。
野川から反応されてあわてて頭を下げた糸川の顔は真っ赤になっており、発言前の倍の速度で料理を掻き込み出した。
あわててのどに詰まりそうになったので水を飲み干したが、顔の赤みが取れる訳ではない。給水器からコップに水を入れて直飲みしてもなお、糸川の心臓は激しく脈を打っていた。
「いえ、その…」
「あの、ありがとうございます。私の事が心配で……」
「いえ、はい……いろいろ不便な事も…ってああ、野川さんならもう調べてますよね、申し訳ありませんでした!」
「いえいえ、私だってまだこの世界に慣れていませんのでいろいろ知らなきゃいけない事はありますし、と言うか知りたいですし……」
糸川が相手がそこまでの事をしていないはずはないと気付くと同時に野川もまた糸川の言葉の誠意を感じ、同じように顔を赤くした。
誰一人として、笑わない者のいない幸せで平和な風景。女性経験のない糸川久太郎と男性経験のない野川拓海と言う、ある意味割れ鍋に綴じ蓋めいた初々しいカップル候補の誕生に、口だけ妬きたそうな者はいても心底からの不安を抱きそうな者は誰もいない。
「でもその、気持ちはありがたいんですがちょっと唐突すぎるかと……」
「そ、そうですね…」
「とりあえずこちらを……」
そんな二人の中で、動いたのは野川だった。
糸川に自分のスマホを向け、メールアドレスを見せる。
その意味がすぐ分かった糸川も同じように自分のスマホのメルアドを見せ付け、すぐさま動かした。
「今日はこれまでって事で、またいつかお会いできる時があれば……」
「そ、その時はよろしくお願いいたします!」
こうして糸川久太郎と野川拓海は、メールアドレスの交換と言う形でつながったのである。




