正々堂々と
その時から毎日のようにその食堂に通い詰めた糸川が次に野川と出会ったのは、ちょうど一週間後だった。
「お久しぶりです」
「…あ、糸川さん…」
野川の周りにいた和賀正美を含む同僚やその他の女性たちは糸川の存在に少し反応したようであり、その彼女たちの反応に引きずられるように野川の反応も遅れた。
野川が右手を振り糸川を招き入れるが、糸川はアジフライ定食を持ったまま所在なげにうろつく。
糸川が女性に囲まれたのはそれこそ小学校時代にテストで100点を連発して勉強を教えてくれと頼まれた時以来であり、ただでさえ仕事場以外で女性と話すのもこの前の野川を除けば大学で二度ほど参加した合コンだけ。もちろん女性に声をかけられたとか言う話もない。
「和賀さん、ちょっと呼んでいいですか」
「ああいいわよ、こっちいらっしゃい」
珍しく大衆食堂に来ていた野川の上司の寛容な言葉もあり、糸川はようやく腰を下ろせた。
もっとも糸川と野川は席にして五席離れており、テーブルで言えば右上の角と左下の角である。相席とか言うにはあまりにも乱暴すぎる関係ではあるが、とにかく糸川と野川は一週間ぶりに同じテーブルで食事を共にできたのだ。
「でもやっぱり、女性だけの町の人って男性は苦手なんでしょう?」
「苦手と言うより…未知ゆえに警戒してしまうと言うのが正解です」
「一応知識はあるんでしょう」
「知識と言うより、対処法ですね」
高田康江と梶原保美と野川の同僚の女性のよると、彼女は自分自身の男性への恐怖心を知らない故の警戒であり、また膂力の差ゆえの不安もそれに加わっているらしい。
建築会社の事務所と言う職場である以上男性、それも膂力のある男性が多い事に対する不安はないのかと言う誰もが考える問いに対しても彼女は
「そういう存在は女性だけの町にとって憧れであり嫉妬はしても憎悪はありません」
と言っている。
「でも実際僕の様なひょろい方が警戒されてるんでしょう」
「それは…そうです」
その上で糸川はそんな事を言い出し、そして野川も首を縦に振る。
女性だけの町を表すジョークに曰く、
「女性だけの町に入町を許されるオスの生き物は三種類しかない。
一:種牛
二:種豚
三:体脂肪率ひとケタの男性」
と言うのがある。
女性だけの町に集まるような人間は別に男性嫌悪者ではなく、ただいかにも筋骨隆々とした男らしい男だけを求めているのだと言う揶揄の意を込めたジョークであり、また四種類目としてアングラ施設に使われているキャラを知らないと言うのもある。
要するに、アングラ施設で使われているようなそれを好まなければ男であろうと構わないと言う話であり、それらを好みそうな要素を持った男だけを排除したかったのだと言う揚げ足取りだ。もっともそれらへの強烈な嫌悪感が町を作ったのは紛れもない事実であり、現在でもその手の存在に物理的暴力を加えると言うアングラビジネスが成り立っている以上しょうがない話ではある。
「やはり、そうですよね……」
「でもね、その手の男性でも趣味嗜好と言うのはわからない物です。以前誠心治安管理社の肝入りの書店を建築する際に設計図の交渉を頼んだ好青年風の男性がそういうキャラのキーホルダーを持ち歩いているのを見つけた時には心底失望したと先輩からうかがいました。他にも世間的に言って美男子に当たる芸能人がそういう悪趣味を隠す事なくアピールしている様を見ると男は顔ではないと言う事を思い知らされますね。まあ私は気にしてないですけど」
世に言う残念なイケメンとか言う人種の事かもしれない。
その後その男性は交渉役を外されたらしいが、それでもほんの少しのキーホルダーでさえも気にする人間は気にするらしい。ちなみにそれをやったのがその男性の彼女だと聞かされて女性だけの町の担当者は深くため息を吐き、その後女性だけの町を離れたとも聞いているが真偽は定かではない。
いずれにしても、いかにもその手の趣味趣向を持っていそうな存在を警戒するように教育されていると言うのは不正解でもあり、また男性全般を警戒しているかと言うのもまたしかりで、要するに自分たちの領域に無断で侵入して来る存在を警戒せよと教えているのだと女性だけの町の教師は言っていた。
もちろんこれは女だけでなく男でも通じる真理だが、その真理を真面目に守っている人間ほど理性的であると言うプラス以上に堅苦しいと言うマイナスのイメージもある。と言うか女性だけの町でもこういう女性は婦婦の「夫」側になりやすいとか言う話もあり、結局セックス的な女は集められてもジェンダー的なそれはできないと言われる事もある。




