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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第九回 殺人未遂事件
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ファーストコンタクト

「い、糸川って言います!」

「野川です」


 シンクロ事件の次の日、やはり同じ食堂で同じ昼食を取っていた野川に向かって糸川は深く頭を下げた。

 昨日より少しだけ身なりも整え、背筋を伸ばして頭を深く下げる。拓海もまた淡々と頭を下げる。背筋を伸ばし丁重に答える姿は好感を持てるそれであり、糸川以外にも多くの男女が野川の方を向いた。


 彼女は少しだけ目を丸くしながらもゆっくりと座り、自分の左斜め前に座った糸川に一瞥をくれながら次の発言を待った。


「あの、女性だけの町から来たそうですけど、この辺りってどうですか」

「一応本とかでは学びましたけど、いろいろ違う事が多すぎて。でも楽しいですよ、いろいろ大変な事も多いですけど」

「そうですか、刺激的な事が多いから大変だって聞きますけど」

「そうですね、女性だけの町だって一応エンタメはあるんですけどね」


 一応エンタメはある、と言う女性だけの町の定番の自虐ネタ。


 実際女性だけの町のエンタメ産業のレベルがと言う話は頻出を通り越して公然の事実となっており、私は女性だけの町から非難されないエンタメは三流だと言うブラックジョークも聞き及んでいる。実際私の本は非難されていないので、たぶん三流なのだろう。


「えっと、糸川さんは子どもの頃どんなのがお好きでしたか」

「ああはい、やっぱり定番ものでしたね」


 糸川が並べたアニメやゲーム、漫画などはほぼ同年代の児童が男女問わず触れて来た通過儀礼のようなそれであり、逆に触れないと異端の烙印を押されるそれだった。それらが近年になり原点回帰と言う名の過激化に走っているとも言われているが、それでも間違いなく原作要素であり避けたり隠したりしようとしてもできない紛れもない本当の中身だった。

「やっぱり皆さんお好きなんですか」

「ですね」

 そしてそれらの事を、野川は紙の上でしか知らない。いやこちらに来てからテレビなどで見てはいるが、半ば仕事としてであり心底から楽しめてなどはいない。だいたいそれらの物を楽しむのには別の意味で年齢制限と言う物があり、彼女たちのようにそれを通過しないで成人してしまった存在からすれば子どもっぽいとさえ思えない。


 さらに言えば糸川は女性だけの町内でのJF党による騒乱の時期を幼稚園児として迎えた年代であり、その時に発生した「第三次大戦」をきっかけに外の世界の表現はより一層過激化していた。アイディアがないので過去あったそれをほじくり返してと言うか墓から掘り起こしているだけとも言われもしたが、それでもウケが悪い訳ではなかったからその流れは止んでいない。


「でもまあ今となっては何をやったか細かい話を覚えていないんですけどね、もしいずれパパになったらまた触れる事になるでしょうし、まあそんな日が来るか分かりませんけど」

「そうですか、ドドラちゃんみたいな物なんですかね」

「ドドラちゃん?」

「ああ、私たちの町のキャラクターです。私の姉も大好きでしたよ」

「あ、ああそうでしたね」




 そしてドドラちゃんと言う女性だけの町の子ども向け番組を代表するキャラクターもまた、外の世界でそこそこの知名度があった。いわゆる子ども向け人形劇はだいたい数年単位で変わるが、ドドラちゃんはそれこそ女性だけの町が出来てからずっと変わっていない。

 ドドラちゃんもまたいわゆるキャラクタービジネスの一環として外の世界でも売り出されているが、現状では「女性だけの町出身」と言うブランドだけの存在であり、本来波及すべきはずの子どもではなく私の様ないささか悪趣味な研究家気取りに主に売れている。それでも撤退する事がないぐらいには市場はあったが、女性だけの町から出て来た住民の多くはドドラちゃんのデザインの受けの悪さに不可解な気持ちになる事があるのが通過儀礼らしい。


 とにかく、話の糸口をつかんだ二人は言葉を交わす。


 それぞれの勤める会社と、それらの景気や社内での立場。


 そして目の前の料理の味。




 皿を空にするタイミングは糸川の方が少しだけ早かったものの、ほぼ同時。


「ありがとうございました」


 感謝の言葉を片や大きな声で響かせながら大きく頭を下げる糸川と、片や必要最小限の音量で口にしセルフサービスの責務を果たした先でようやく頭を動かす野川。


 その場にいた人間の九割を笑顔にしたやり取りと共に、その日の昼休みは終わった。

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