糸川久太郎
糸川久太郎。
懲役八年の刑を受け、受刑者となった男性。
彼の事を愚かな犯罪者と言う者もいれば、あまりにも悲しい存在であると言う者もいる。
女性経験など全くない彼が、初めて見初めた女性。
それがよりにもよって野川拓海であった事が、災難であり不運だったと言えるかもしれない。
女性だけの町の出身者が、男性と婚姻する事はそれなりにある。
女性だけの中で生きて来たから男性と言う異物に興味を引かれるのか、それとも生まれた時から男性と言う存在に嫌悪感を抱くように教育されているから恋愛などもってのほかとなるのかと言う議論が大学に籍を置くような学者様から益体もないネット掲示板で匿名の何様か分からない人間たちまで行われていたが、少なくとも女性だけの町が生まれてからのいわゆるネイティブ世代を見る限り前者の方が優勢である。
女性だけの町から外の世界に出る事を「追放」と呼び、もう二度と帰って来ないかもしれないと言う事でいわゆる生前葬を行うビジネスまである。その生前葬の後でも戻って来るかは本人の自由であり、家族や友人のための自己満足ビジネスでもあったのも事実だ。と言うか、女性だけの町へ戻る事を前提で追放されるとか言う字面だけ見れば意味不明な話も多く、女性だけの町を「追放されて」外の世界で死んだ話はまだ両手両足の指の合計ぐらいしかない。
そして、犯罪に巻き込まれたケースは野川拓海のそれがまだ二例目だった。さらに言えば初例は元住民が立ち寄っていたレストランのオーナーシェフに横恋慕した女性が店舗に放火したと言う物であり、全くの巻き添えであった。女性だけの町の住民が主軸となったのは彼女が初例であった。
いわゆる「第三次大戦」が終わってから十五年以上経って、ようやく初例である。
※※※※※※
Q:男性の方にお伺いいたします。仕事場などで出会った女性が女性だけの町から来た女性と知った場合、仲良くしたいと思いますか?
A:女性だけの町出身だと知ったからこそ積極的に仲良くしたい 19.3(%)
女性だけの町出身とか無関係に仲良くしたい 17.3
女性だけの町出身だからこそあまり仲良くしたくない 43.4
何とも言えない 17.0
無回答 2.0
※※※※※※
これはやや古いアンケートだが、それでも女性だけの町出身と言う存在がどうしても敷居の高い存在である事を示すには十分だった。
※※※※※※
Q:女性だけの町出身者のイメージとしてプラスのそれに当てはまる物を一つ選んでください(複数回答可)。
A:理性的である 77.8(%)
貞淑である 40.3
自立的である 39.1
好奇心旺盛である 18.6
スタイルが良い 12.9
プラスのイメージはない 2.3
わからない 12.9
Q:女性だけの町出身者のイメージとしてマイナスのそれに当てはまる物を一つ選んでください。
A:過干渉 89.6(%)
どことなく近寄りにくい 86.5
過剰反応されそう 77.9
色気がない 13.1
理性的に過ぎる 10.6
マイナスのイメージはない 1.9
わからない 6.5
※※※※※※
そしてそれ以上に女性だけの町出身者のマイナスイメージとして染み付いているのが、男性が少しでも触れようとすると派手に迫って来ると言う暑苦しい、と言うか自分たちが黙々と楽しんでいる趣味嗜好を自分たちのために理論武装して全て奪い尽くそうと欲する恐ろしいイメージだった。
第一次大戦の時に植え付けられ、第二次大戦時にそれらへの負の感情をエネルギーとしてほとんど自分たちの手だけで町を作り上げたと言う現実。それを塗り替えるには四十年と言う時間は十分なはずであったが、どうも第三次大戦で吹っ飛んだらしい。
「JF党はそれこそ、第一次大戦の続きをやる気だったと思います」
それこそ第一次大戦のやり直しをするように徹底的に訴え続け、外の世界のフケンゼンな存在を取り除こうとしたのかもしれない。だがそれが叶わなかった結果勝手に絶望したJF党員たちは同じ女性でありながら手ぬるいやり方しか取れない仲間たちを襲い、第一次大戦を起こした人間たちの過激さと独善性をまざまざと見せ付けてしまった。同時にJF党を合法的に押しとどめた女性だけの町の二大政党の評価も大きく上がったが、それでもJF党を第一党にしてしまった住民と言う名の民主主義における最大の権力者の評価は下がり、女性だけの町の住人のイメージは悪化した。
思想の自由の弱点は、思想の自由を否定する思想にも自由を与えねばならない事であると言ったのは誰か忘れたが、JF党と言う思想信条の自由からかけ離れた存在が同時に女性だけの町の原点とでも言うべき負の一面を全て固めたような存在であると言う事実が、女性だけの町の住民のイメージに黒い影を落としていた。
さらに言えばプラスのイメージも「自立的」と言う女性だけの町が中心にしていたはずのそれより「理性的」の方が大幅に勝り、過剰に理性的な一面をよく思わぬ男性まで一定数存在するのも事実だった。
そんな中で女性だけの町出身の女性が男性と婚姻したと言うのは、その理性的な面に異性ではなく人間としての魅力を感じたか、強いと思われていた女性が弱い面を見せ付けたかのどちらかだった。
そして野川拓海には、少なくとも後者の一面はなかった。




