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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第八回 一流の女
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野川拓海の快楽

 野川拓海のプライベートは、まったく静かだった。



 女性だけの町からやって来た女性たちが外の世界で何をするかと言うアンケートによると、一番寄る事の多い場所は書店である。それも古本屋が多く、多くの住民たちがそこにあふれている煽情的とも捉えられるような書籍の存在に目を白黒させた。観光客などはお土産としてその本を買って帰ろうとするようだが、外の世界の多くの漫画などがいわゆる18禁とされる事が多い以上なかなかうまく行かないらしい。


 拓海も一度だけ行った事があるが、何も買わずに帰って来た。

 元々コンビニやスーパーに行けばその手の存在とのコラボ商品など山とあるが、彼女は意図的なのかそうでないのかその手の商品を手に取らない。

「そういうキャラが施設にて暴力行為を受けている施設の存在を知っています」

「っ…」

 休み時間にその手のキャラを見た際にそう彼女が口にした際には既知であった梶原保美さえも眉をひそめ、高田康江や和賀正美に所長と言った面子は思わず口を抑えた。

 女性だけの町の負の側面でもあり、認めねばならない現実から逃げる事はしないと言う覚悟。ある意味最大の敵であり、そして外の世界で暮らすための最大の障壁—————と言われている存在。

 そのような存在を好むような男性から逃れるべく女性だけの町を作ろうとしたと言うのがいわゆる第一次大戦の始まりであると共に、その手の存在には負けまいと女性たちを動かした第二次大戦の戦勝の糧となり、そしてJF党がそれらの存在に対してより厳しく接するべきであるとして叶わず起こしたテロ事件こと第三次大戦と、女性だけの町を語るに当たってどうしても逃れようのない存在。

 清く正しくをどんなに気取ろうともどうしても存在してしまう負の一面であり、それ以上に安全弁となっている存在でもあった。







「政治制度の改定と議員数の減少に伴う、コスト削減の割合、その際に生まれてしまう落選議員及び関係者の行く先……」


 私物のPCのキーボードを叩きながら、事務所とは全く違う数字ばかり見ている。その上で現在の女性だけの町における二大政党こと民権党と女性党の政策を見比べ、大量に生ずる落選議員たちの処遇をどう考えているかについてデータをまとめようとしている。


 休日だと言うのに、彼女は家に籠ってそんな事ばかりをしていた。買い物と言っても近所のスーパーとかコンビニばかりで、ワードローブの中身を増やすような事はしない。元から給与の半分を貯金しているから毎月の生活に余裕はないが、それでも他にする事はあったはずなのにほとんどの場合やっていたのはこんなある意味での勉強だった。


 あと数年すれば退社して女性だけの町に戻り、議員か誠心治安管理社の幹部になる事が決まっている。だがその頃にはあるいは、議員の数が減っているかもしれない。元から直接民主主義的な面のあった開拓時代からの名残で人口比からして議員数があまりにも多く削減運動は起きていたが、第三次大戦により吹っ飛んでからは削減の際に二大政党以外の立候補を認めないと言う強硬案やその前に半数交代にすべきだと言う案が採用され議員削減は後回しになっていた。

 女性だけの町の現在の人口比で行けば本来の議員の数は四〇人となる。それはすなわち現行の二〇〇人から一六〇人の失職者を生むと言う訳でありパッと見は支出を削れそうに見えるが、元から議員歳費などが外の世界に比べ高くない上にその議員たち本人や秘書などの職員の就職先となるとなかなかに難儀である。

 

 だが、彼女はそれが楽しかった。別に稼ぐための仕事が嫌な訳ではないが、やはり故郷について考えているのが楽しい。拓海自身いわゆる無党派層だが、それでも故郷の町の選挙と言う名の運命を決める戦いには興味がありまくりだった。なおこちらに住民票を移してからは未だに選挙はないが、その際には政党や候補者を調べるぐらいの事はやってみるつもりでいる。


(楽しみ、ですか……私はこれ以上の趣味はないつもりなのですが……あるいはそういう才能を持っているのが、外の世界の皆様なのかもしれません……)

  

 拓海自身、男性を嫌う気もないが好きになる気もない。オンナもオトコも、悪い事をすれば嫌いになりいい事をすれば好きになる。そういう先生からの教えを素直に飲み込んで来た優等生であり、その上で真面目な人間であった。

 外の世界の誘惑の多さは、何も自分たち女性を食い物にするような悪質なそればかりではない。女性だけの町ではなあなあこそが正義とされるようなそれでも、最初から最後までやり抜いて勝負を決する事を是とする。その先の争いが過熱して人間関係を壊したりしないかと気になっていたが、少なくともそういう感じはなかった。もちろん拓海自身はそれらに加わる事なく、見るだけであり最後まで付き合う事も好まなかった。

 あるいは自分たちが実につまらないのかもしれないと思いもしたが、それでも結局のところはお互いの問題に過ぎないのではないかと言うありきたりかもしれないがもっともな結論を出し、その上でさらに自分なりに一歩進みもした。


 そんな彼女のやはり私物のスマホが鳴る事は、ない。

 いや、なかったはずだった。



 もしその時充電中でなければ。



 電源を切っていなければ。



 彼女の運命は、もう少しだけ変わったかもしれない。

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