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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第八回 一流の女
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「和賀正美」

 そんな訳で高田康江の指導を受けながら野川拓海は職場に馴染み出し、男性社員から適度に距離を置かれながらも務めていた。

「キウイフルーツもなかったの」

「まあそうですね」

 もう一人の女子社員である梶原保美もまた、康江ほどではないが一緒に話していた。

 徹底した男性への対抗、女性の地位向上のための女性自身の人間としての向上。そのために行われた、徹底した教育の数々。その話を聞かされた保美は、苦笑いを繰り返しながらも仲良くなって行った。


「でもそれってひどくつまらなさそうに見えるけど」

「つまらなさそう、それもよく言われます。人の事を言うには自分がまず人に言われないようにしなきゃいけない。女とか男とか以前に、立派な人間でなくてはならないと言われました」

「…やっぱり、こういう漫画とかは嫌いなの」

「好きでも嫌いでもありません。大嫌いとか、根絶しようとしているとか言われたら否定をする気もありませんけど」

「そうなの。そこはやっぱりそうなのかなって」

「でもそれをやって喜ぶのはまだ圧倒的少数であり自分たちだけの浅はかな欲望である事はわかっているつもりです。私たちは極めて特異な存在である事を自覚せねばなりません。何せ、女性だけの町には男性なんていないんですから」


 つまらなそうと言いながらも、そんな冗談を言えるほどにはつまらなくない人間。時には脂ぎった中年オヤジやこの職場には似合わなさそうな貧弱なお坊ちゃんっぽい男もおり、それらが「女性だけの町」にて最も嫌悪される男性なんでしょうと言う保美の問いにも拓海は外見だけで他者を判断する悪癖こそ悪しき人間の特異手段ですのでと言う、少しばかり棘はあったものの許容範囲内の言葉を返す。



「二人とも、おしゃべりはそこまでにして」

「はい」



 そんな野川拓海・高田康江・梶原保美の上司が、和賀正美と言う女性だった。


 この建築事務所の会計管理者に当たる役職を得た彼女は、もうここに十年間勤めていた。毎日往復一時間かけ、朝から晩まで仕事をして現在の中古マンションに住んでいる。

 職歴は、ただ一つだけ。一応大学時代にアルバイトはしていたが、後はこの事務所以外働く場所を知らないような女性。


「野川さん。いくらあなたが女性だけの町から来たと言っても、ここではただの社員ですから」

「はい」

「なれば良いのです。しっかりと書類をお願いします。もちろん梶原さんも」

「わかりました」


 所長を除けば三番目か四番目ぐらいに長くいる彼女は、テキパキと指示を出す。指示が終わると自分の机に戻りキーボードを叩く姿は、確かにできる人間のそれだった。

 そしてこんな男臭い職場にいるはずなのに、彼女だけどこか違った世界にいた。

 スーツは明るい紫色、上も下も露出は最小限でネクタイをきっちり締め、ハイヒールも赤く輝く。顔にはU字型の眼鏡が輝き、髪の毛は薄茶色のポニーテール。

 



 何より、香水。


 打ちっぱなしとでも言うべき灰色だらけの壁に保護色めいたデスクと青い機材のあふれる事務所の中で、やたら支配的な香り。もっともそれほど強い訳でもないが、拓海の鼻をくすぐる程度には力はあった。  


「どうしたのです」

「いえ、珍しいなと」

「そう言えば拓海さんってこれが初めてのお仕事の経験ですか」

「そうです」

「これは失礼しました」


 その香水を物珍しそうに嗅ぐ拓海に違和感を覚えた正美が手を止めそうになるのをこらえていた。

 まるで全く未知のそれに出会ったと言わんばかりの、女性だけの町に生まれ、女性しかいない中で過ごして来たはずの彼女の初々しい反応。


 その結果がどうなるか、一部の男性社員は見えていた。


「野川さん、個人的には期待しているんです」

「期待ですか?」

「この職場の空気を入れ替えてくれるんじゃないかと」

「窓でも開けますか」

「違います!」


 意外とギャグセンスのある所を見せていた拓海の返答に他の社員たちは苦笑したが、正美はすぐにそれが天然ボケだと気付いて口調を荒げた。

「私が言っているのは、この職場の全体の環境です。その点あなたにはかなり期待しているんです」

「私はただの新入社員です」

「あなたはこの世界の事を知らない。だけどそれがいい。世界を変えるのは三つの者と言う事をご存知ですか」

「三つの者?」

「若者、よそ者、馬鹿者です。少なくともあなたは馬鹿ではありませんがあと二つは間違いなく当てはまっていますから」

「そうですか」

「いいですか?何か違和感があると思ったら何でも私に言うんですよ、ああ康江さんや保美さんにでもいいですから」

「はい」

「では手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」


 深く頭を下げる拓海に納得するかのように、正美は彼女から離れた。

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