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「女性だけの町」の外側から  作者: ウィザード・T
第八回 一流の女
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どこに出しても恥ずかしくない女

「性欲から来る恐怖心があるのかもしれませんが、それは男だけからの問題なのでしょうか」



 拓海は休憩室にてブラックコーヒーを飲みながら、康江に話す。

 

 第一次大戦を起こした連中は、と言うか今でも女性だけの町に住まうような連中は女から男への性欲を無視している、と言うか意図的になかった事にしていると言う指摘をされていた。実際最初はそうだったらしいが、第二次大戦中に女が女をレイプすると言う事件の発生により女性の性欲をも見つめ直さねばならないと言う自覚を得、さらにイデオロギーを変質させた。


 —————女性にも性欲があり、それを発露させようとするのはちっとも恥ずべき事ではない。むしろ、それに付き合った上で過ごすべきではないか、と。



「とは言え、こちらとてあまり大きな事は言えません。それこそ今の高田さんは違いますけど、外の世界で好まれるような露出過多で、と言うより華美な装束を身にまとった現実的にあり得ない顔面や体型を持った存在を殴り付ける商売が女性だけの町にはあります」

「それっていわゆる萌え系って奴」

「その言葉も町を出る間際に教わりました。かつてその手の存在によりひどく心痛を覚えた住民たちが、女性だけの町を作り移り住んだとも学びました。現状の人口を見るように極めて少数でしたが」

「そんな事言っちゃっていいの」


 随分と偏狭で野蛮にも思える商売だが、それが何十年と存続できる程度には需要のある商売でもある。

 そしてそれこそが彼女たちが世から孤立した理由である事も、自分たちがノイジーマイノリティに過ぎない事も認めていた。

「我々は、奥底で拗ねていたと言う思いがあるのかもしれません。男が自分たちに向かずこのような存在にばかり目を奪われるのが頭に来て、こんな物がなくなれば自分たちの方を向いてくれるのにと言う」

「それ取り上げた方が憎まれるだけじゃないの」

「はい。ですけど、それでもまだ心底から嫌悪感が抜けているかと言うと怪しい面はあります」

「それって」

「ですから、女として、いや人間として完璧になるべきであると言うのが女性だけの町での教育方針です」


 しかしそれでも、女性だけの町は原点回帰への思いを捨てる事は出来ない。いわゆる萌えキャラを殴り飛ばすようなアングラな商売が生きているのが何よりの事実であり、女性だけの町を作り上げんとした存在の情念を未だ浄化しきれない現実がそこにあった。完璧な人間になると言うのも

「少しでも隙を見せればオトコに付け込まれる」

 と言う、消極的である上に攻撃的なそれであり、最終的に女性だけの町の本来の目的である「女性にとって不都合な存在」の完全排除へとつなげる戦争の変形だった。



「ですがそれが成功したか否かなど、何千年と経たねばわかりません。そうして実際に時間をかけてようやく成功したとして、後に何が残るのか。その事も私はわかりません。どう思いますか」

「わからないわね、そんな先の事は」

「そうですよね。ですからとりあえず女性は男性に頼らずとも生きられるのだと言う事を世の中に示さねばならないと言うのが現在の女性だけの町の目的です。あるいはいずれ、男性との取引さえもなくなるかもしれません。もっとも、今の女性だけの町には穀物や魚介類の収穫出来る場はあっても建築物を作る資材を採取できる場もないので無理かもしれませんけど。そして、女性にとってそれがいいのか悪いのかもわかりませんけど」


 逆にそれさえあれば出来てしまうかもしれない—————だけの力があるかどうかはまだ本人でさえもわからない。

 女性がもし本当に、女性だけの力で立ち上がって生きて行けるようになった場合、男性はどうなるのか。果たしてその根源にある思惑通り、その女性たちに迎合するように「不快な存在」を捨てて迎合するのか。それともなお自分の「利益」にしがみ付き、その女性たちを切り捨てて寛容で従順な女性や自立できない女性たちを取り込んで繁栄しようとするのか。それはまだわからないし、前者と後者どっちが女性にとって本当に幸せなのかさえわからない。


「じゃあなたはどうしてここに」

「見たいんです、女性にとって何がいいのか悪いのか。男も女も、外の世界にどんな存在がいるのか」

「だから……」

「そうです。決して他者を仲間外れにせず、困っている人間にはすぐ手を差し伸べ、そして相手の個性を認め合う。その三原則を私たちは小学校時代から叩きこまれます。

 ですが女性だけの町を含め、世の中にはその余裕のない人間もたくさんいる。彼女たちをすぐ蔑むような真似をせず、相手の事を知った上で判断せよ。それもまた教わりますし自分だって極力そうするつもりです」


 拓海の言葉に、淀みはない。口だけでなく顔もまた輝き、新社会人とか言う次元を超えた未来の重職者の重みがあった。


「大変な役目請け負っちゃったかもねー」

「すみません、少し熱くなりすぎまして」

「いいの。私も七年もここにいて最近だれちゃって、ああ苦いわ」


 康江もまた、笑顔を作りコーヒーを口に運ぶ。砂糖の入った甘いコーヒーのはずなのに、なぜか少し苦かったらしい。

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